第55話:結果通知【100話で上場するビジネス小説】

YO & ASO

これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。

二次審査の結果発表から数日後。

富士山電機工業の社内は、通過チームの歓喜と落選チームの落胆、そして通過したものの条件付きとなったチームの複雑な感情が入り混じり、独特の雰囲気に包まれていた。

増井は、オフィスで二次審査の結果通知を改めて見返していた。そこには、「条件付き合格」の文字と共に、審査員からのコメントが記されていた。

「ピアノ演奏補助装置『メロディーアシスト』は、社会的意義の高い感動的なプロジェクトである。しかし現状では、量産化、コスト、発熱問題、用途の限定性など事業化に向けて克服すべき課題が多い。これらの課題を解決できる具体的な計画を、最終審査までに提示すること。」

増井は、そのコメントを何度も何度も読み返した。

(やはり、甘くはなかったか。)

彼は、二次審査のプレゼンテーションで、石井事務局長から受けた厳しい指摘を思い出し、深いため息をついた。

「増井さん、大丈夫ですか?」

心配そうに声をかけてきたのは、有田だった。

「ああ、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ。」

増井は、無理やり笑顔を作ってそう答えた。

「二次審査は、条件付きとはいえ通過できたんです。前向きに考えましょう!」

有田は明るくそう言った。

「ああ、そうだな。」

増井は、有田の言葉に少しだけ気持ちが楽になった。

「ところで、他のチームはどうなったんだ?」

「ええっと、荒川さんの『ギアーズ』も条件付きで通過したみたいです。ただ、飯島さんの『ネットワーカーズ』は…」

有田は、言葉を濁した。

「どうしたんだ? 飯島たちのチームは?」

「落選したそうです。」

有田は、恐る恐る、慎重にそう言った。

「え!? 飯島たちが、落選…?」

増井は、驚きを隠せなかった。飯島率いる「ネットワーカーズ」は、社内政治に長け経営陣からの支持も厚かった。

「どうやら、審査員たちはネットワーカーズのプロジェクトが顧客視点に欠けている点を問題視したようです。」

有田はそう説明した。

「なるほど…」

増井は、深く頷いた。石井事務局長は、二次審査のプレゼンテーションで飯島に対して「ビジネスは、社内政治で成功させるものではない。顧客の心を掴んで初めて成功と言えるのだ」と、厳しい言葉を投げかけていた。

(石井さんは、最初から見抜いていたんだ。)

増井は、石井の慧眼に改めて感心した。

二次審査の結果がそれぞれのチームに伝えられていた同じ頃。

川島は、グローバルコネクトとの業務提携契約の成功により、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。社内では彼の手腕を称える声が溢れ、役員会でも彼の功績が大きく取り上げられた。次期役員候補として常に一歩先んじていた鬼塚を追い抜いたと囁かれるほど、その評価はうなぎ登りだった。

「川島君、君の功績は大きい。今回のグローバルコネクトとの提携はまさに我が社の未来を切り開くものだ。君には今後も更なる活躍を期待しているぞ。」

社長直々の言葉に川島は高揚感を抑えきれなかった。鬼塚は明らかに焦りを感じており、社内での派閥争いは激しさを増していた。しかし、そんな川島の成功の裏で、密約の件が静かに、しかし確実に問題視され始めていた。

知財部門のベテラン社員でIT課長も兼ねる、小笠原道男は、グローバルコネクトとの契約内容を精査する中で、ある特許技術の無償提供をうたう文面に目を留めていた。

「これは、おかしい。」

小笠原は、その特許技術が、軍事転用可能な技術であることをつきとめていた。

(巧妙に隠されているが、この契約ではこの特許技術の利用を許諾してしまっている。よりによってこんな重要な技術を、しかも無償で。防衛省や関係当局と会話した形跡もないが、もしもこれを独断で進めたんだとすれば、下手すると国際的な問題の火種にもなりかねない。なぜこんなことに?)

彼は疑問を抱き、独自に調査を開始した。そして彼は、川島が本社の承認を得ずに黒崎と密約を交わし、それを巧妙に隠す社内プロセスを進行させていたことを突き止めた。

「川島、一体何を考えているんだ…?」

小笠原は、川島の行動に強い不信感と憤りを感じはじめていた。彼は会社を守るため、そして正義のためにこの件を上層部に報告することを決意した。

そしてほどなく、川島は自らのオフィスで小笠原から呼び出しの電話を受けることになった。

「川島課長、至急、知財部門まで来ていただけますか? グローバルコネクトとの契約に関してお話したいことがあります。」

小笠原の言葉に、川島は血の気が引くのを感じた。

(ま、まさか、バレたのか…?)

彼の心は、焦りでいっぱいだった。

「わ、わかりました。すぐに、伺います。」

川島は、震える声でそう答えた。

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