
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
数日後、増井と有田は、藤堂から受け取った情報をもとにR&Dセンター奥の第3ラボへと向かった。そこは、普段は使われていない薄暗く埃っぽい場所だった。
「ここが、第3ラボ?」

有田は、少し不安そうに呟いた。
増井は、藤堂から渡された暗証番号でラボの扉を開けた。ラボの中は、実験機材や書類が雑然と置かれていた。
「あった…!」
増井は、研究デスクの上にあった小さな箱を見つけた。それは、藤堂たちが開発をつないできた、幻の新冷却素材だった。
「これが藤堂さんの…?」
有田は、息を呑んでその素材を見つめた。ラボの空気は静寂と緊張感に満ちていた。増井は慎重に素材を取り出し、手の中でそっと触れてみた。それは驚くほど軽く、そしてひんやりとした感触だった。
「まるで金属とは思えない…」
増井は、その素材の不思議な質感に驚きを隠せなかった。
「かつて石井君が開発した新素材をベースに特殊な加工を施したものです。熱伝導率と放熱性に優れており、しかも柔軟性も兼ね備えています。」
藤堂は、尋ねた自宅で増井たちにそう説明していた。彼の言葉は、かつての情熱と封印された技術への誇りに満ちていた。
「増井さん、この素材を使えば発熱問題は解決できるかもしれませんね!」
有田は希望に満ちた声で言った。増井もまた、この素材がプロジェクトの未来を大きく変える可能性を感じていた。
二人は早速、この冷却素材を新型アクチュエーターに組み込んでみた。そして、動作テストを行った結果、驚くべきことが起こった。
「すごい…!すごい!」
増井は、興奮を抑えきれない様子で叫んだ。新型アクチュエーターの発熱は、劇的に改善されていた。長時間使用しても温度は安定しており動作も全く問題なかった。
「成功です! 増井さん! ついに、発熱問題を解決することができました!」
有田は喜びを爆発させた。増井もまた、安堵と達成感から深く息を吐き出した。

「藤堂さん、本当に、ありがとうございます!」
増井たちは、すぐに藤堂に電話で感謝を伝えると、すぐさま松田教授の研究室へと向かった。
「教授! 見てください! 発熱問題は、解決しました!」
増井は、興奮気味に、教授に報告した。松田教授は、増井たちが持ってきた新型アクチュエーターを、興味深そうに観察した。
「これは、素晴らしい! こんな素材を富士山電機工業が開発していたとは…!」
教授は、感嘆の声を上げた。
「これは、すごいことだ! 君たちは本当にすごいことを成し遂げたんだぞ!」
教授は、興奮を抑えきれない様子でそう言った。

増井たちは、喜びを分かち合った。彼らの夢は、今、まさに実現へと近づいていた。
しかし、その喜びも束の間、増井は再び現実へと引き戻される。彼の携帯電話に、病院から着信があったのだ。
「もしもし、増井です。」
「増井さん、お母様ですが、容態が急変しました。」
看護師の言葉に、増井は、血の気が引くのを感じた。
(お母さん…!)
彼は、電話を切るとすぐに病院へと駆け出した。彼の心は、再び不安と焦りでいっぱいになった。
希望の光が灯ったと思った矢先、新たな試練が彼を襲う。それはまるで、運命が彼を試しているかのようだった。