第62話:暴かれるデータ【100話で上場するビジネス小説】

YO & ASO

これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。

「ふざけるな! なんだ、この金額は!」

荒川は、ブラックボックス・データから送られてきた請求書を睨みつけ、怒りで体が震えていた。記載されていた金額は、当初の見積もりをはるかに上回る法外なものだった。

「佐久間、どういうことだ? 説明してもらおうか!」

荒川はすぐに佐久間に電話をかけ、怒りをぶちまけた。

「荒川君。どうしたんだい? そんな剣幕で。」

電話口から聞こえてくる佐久間の声は、いつものように飄々としていた。それが、さらに荒川の怒りを煽る。

「とぼけるな! この請求金額は、一体、どういうことだ!? 最初の話と全然違うじゃないか!」

「まあまあ、落ち着いてくれよ、荒川君。需要と供給のバランスってやつさ。君のAIの精度が上がったおかげで、うちのデータの価値も上がったんだよ。当然だろう?」

佐久間は、涼しい顔でそう言った。

「ふざけるな! それは、お前が提供したあのデータの出所がちゃんと…!」

荒川は、思わずそう言いそうになった。しかし、彼は、言葉を飲み込んだ。その言葉を口に出せば自分が違法なデータを使っていることを認めてしまうことになる。

「とにかく、この金額は払えない! プロジェクト予算はもう限界だ! これ以上増額したら会社に怪しまれる…!」

荒川は必死にそう言った。

「それは困ったなぁ。じゃあ仕方ないね。データの提供はここまでにしようか。」

佐久間は冷淡にそう言った。

「ま、待て! ちょっと待て、佐久間! 頼む! もう少しだけ、待ってくれ!」

荒川は焦燥感を隠せない。AIの精度が頭打ちになっている今、ブラックボックス・データからのデータ提供がストップすればプロジェクトは完全に詰んでしまう。

「待て? なんで俺が、君のために、そんなリスクを負わなきゃいけないんだい?」

佐久間は冷たくそう言った。

「わ、わかっている! だが、頼む! 何とか…!」

荒川は言葉を詰まらせた。彼は、佐久間の言いなりになるしかなかった。

その頃、ギアーズのメンバー、吉川花子は一人、資料室の片隅でパソコンの画面を食い入るように見つめていた。画面には、複雑なコードとデータが表示されている。それは、荒川がAIの開発に使用しているデータの一部だった。

「やっぱり、おかしいわ…」

吉川は、眉間に皺を寄せながらそう呟いた。彼女は、荒川の不審な行動をきっかけに独自に調査を進めていた。インターネットでブラックボックス・データについて調べた後、彼女は社内の人脈を駆使し、情報セキュリティ部門の友人、佐藤に相談を持ちかけた。

「佐藤さん、ちょっと相談があるんだけど…。最近、うちのチームリーダーが外部のデータ分析会社からデータ提供を受けているみたいで。それがどうも怪しい会社みたいなのよ。」

吉川は佐藤にブラックボックス・データについて説明した。

「ブラックボックス・データ? それって確か、あそこは、個人情報の不正入手で何度か問題になってる会社じゃないか? で、その会社からどんなデータ提供を受けているんだ?」

「そうなの!? …それが、詳しい内容はわからないんだけど。医療系のデータなんじゃないかと思っていて…」

「医療系のデータ…? それは、ちょっとまずいなぁ…。個人情報保護法違反の可能性もあるし、コンプライアンス部門にも相談した方がいいかもしれない。」

佐藤の言葉に、吉川はさらに不安を募らせた。

佐藤のアドバイスを受け、吉川は知財部門のベテラン社員でIT課長でもある小笠原にも相談した。小笠原は、吉川から事情を聞くと、すぐに荒川がアクセスしているサーバーのログを調査してくれた。

「吉川さん、このログを見る限り、荒川さんは、ブラックボックス・データから、かなり大容量のデータを受信しているみたいだ。しかも、アクセスログを消去しようとした痕跡もある。で、気になって詳しく中身を見てみたんだけど、これは、かなりまずい。」

小笠原の言葉に、吉川の顔色が変わった。

「小笠原さん、そのデータの中身って?」

「これは、個人情報保護法違反どころの話じゃない。医療機関から流出した患者の個人情報みたい。しかも、かなりセンシティブな内容も含まれていそうだ。」

小笠原は、深刻な表情でそう言った。吉川は、その言葉を聞いて愕然とした。

(荒川さんは、そんな、違法なデータを…! だからあの短期間であんなに精度が上がったんだ)

彼女は、信じられない思いだった。しかし、証拠は、彼女の目の前にあった。

(私は、どうすれば…?)

吉川は、再び葛藤に苦しんだ。告発すれば、荒川はもちろん、プロジェクトも終わってしまうだろう。しかし、このまま黙っていることは彼女の正義感が許さなかった。

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