全員、新規事業担当。サイレンサー野村俊介代表から学ぶ「反骨」

林亜季

広島市中心部でレモンサワーと生牡蠣が人気のバーを複数経営し、東京・神泉の人気店とのコラボで虎ノ門ヒルズにも出店。 それだけではない。沖縄のクロレラと広島産レモンを掛け合わせたサプリ、無添加のホエイプロテイン、植物由来原料のリポソーム化ビタミンCなどの新商品を続々と生み出し、フィーリングサロンの経営も手がける。 今年、植物性由来100%のチューイングガム「Tuning Gum」(チューニングガム)を自社開発し、販売開始。 また、人気のクラフトレモンサワーなどの飲料を国内外に届けるため、広島市由来町に自社工場を建てて缶アルコール飲料を開発中。 さらに、同町内でチョウザメの養殖場と卸販売を手がける会社を事業承継し、チョウザメの養殖まで始めた。 事業の幅広さに対し社員数はわずか13人、業務委託・アルバイト約20人。 自ずと「全員、新規事業担当」。広島のヘルスケアカンパニー、サイレンサーの野村俊介代表取締役CEOに話を聞いた。

野村 俊介 SHUNSUKE NOMURA

サイレンサー代表取締役CEO

「地球上全人類の健康アップデート」を掲げて2019年、広島市でサイレンサーを設立。広島産レモンサワーと生牡蠣の店「LEMON STAND HIROSHIMA」「mon-to.9」や、「八重山クロレラ」と広島産レモンを掛け合わせた「レモクロ」、無添加のグラスフェッドWPIホエイプロテイン「TAMPACK」、心身のコンディションを整えるサロン「HERO」など多様な事業を展開、ナチュラルガムや缶飲料、チョウザメの養殖など様々な新規事業に取り組む。飲食やアパレルなどの分野でアドバイザーも務める。元フラワーデザイナー、柔術家。

自分の内に向かう矢印と「圧倒的な好奇心」

私の原動力は、圧倒的な好奇心と言えます。まず、矢印が自分に向いているんです。自分と向き合って、自分がやりたいと思ったことをただ素直にやっているんです。幼い頃からずっとそうで、他の人たちは矢印が外に向いていることが多いな、と感じてきました。コロナ禍では感染予防策が連日報道されていましたが、内向きの私はいかに自身の免疫力を高めるかということに意識が向いていました。それによって行動が全然違うんですよね。

事業の面で言えば、外向きの人は「これを横展開すれば売れそうだ」とか「時代に合っているから」といったマーケティング的な視点でビジネスを始めることが多いと捉えています。最近では、社会課題を解決したいからと事業を始めるケースも増えていますね。

ですが私の場合は、自分が本当にやりたいと思ったこと、自分の内側から自然に湧き出てくること、自分自身のフィジカルが反応することを大切にして進めているんです。

「街の灯を消さない」コロナ禍の決断

「レモンサワーの店がヒットしているからそのまま多店舗展開すればいいのに、なぜ別の新規事業を始めるんだ」と言われることもありますが、あくまで自分の内側から湧き上がってくるものを大事にしているので、周囲や世間から儲かるから、と言われても動きません。社員が「この場所でこういう店をやりたい」と自分の内なる思いをぶつけてくれたら、検討します。

新しいアイデアが浮かんだときも、それが流行っているとか、ビジネス的に有利だとか、そういう基準ではなく、自分が「これだ」と思ったことだけに素直に従う。他の人から見ると革新性や独自性と見られることもありますが、自分としては当然のことなんです。

コピー的な表現や言葉でスタンスを示すのではなく、私はアクションでスタンスを表明します。例えばコロナ禍において、店を開けるか閉めるか。あいまいな態度だと周囲も迷いますから、私は店を開ける判断をしました。当局が要請する「正解」に納得がいかず、空気を読めという暗黙の圧力にも疑問を感じていました。営業停止ではなく「自粛」というあいまいな表現にも違和感がありましたね。

しかし単に反発しているわけではなく、できるだけエビデンスに基づいて冷静に判断し、行動しようと努めました。補助金が出ることで闇営業のようなことも行われていたようですが、表通りの私たちの店は、過料を払い、暴言を吐かれながらも信念を持って営業していました。広島の飲食業界では当時「街の灯を消さない」という言葉がよく使われており、私もそんな思いで行動していたんです。

マネジメント面でも同様です。もちろん、ビジネスの基本やマーケットの理解は大事ですが、自分がどう感じるか、自分がやりたいかどうか、を大事にする考え方は、社員たちにも浸透しているように感じます。最終的には自分の中から自然に出てくる「やりたい」という気持ちや「好奇心」を大事にしてほしいと思っています。それが、イノベーションの場面でも自然に強みとして表れてきます。

心身の「調律」を促す、100%植物由来のガムに挑戦

ガムについても、いつか自分たちで作ってみたいと思っていました。子供の頃からサッカーをやっていて、遠征の時に乗り物酔いや緊張を防ぐためにガムを噛んでいた思い出があります。大人になってもエチケットとして噛んでいます。咀嚼することによるリラックス効果や、集中力・判断力・記憶力の向上など、心と体が「調う」効果を少なからず感じていて、心身の「調律」を促進するようなガムを作りたいと考えるようになりました。

嗜好品ではなく、より健康的なガムの新しい形を提供したい、という強い思いで始めたプロジェクト。現在ほとんどのガムに酢酸ビニル樹脂という、石油から精製した成分が使われていますが、これまでにもあらゆるプロダクトやサービスで自然のものにこだわってきたので、ガムに使う成分も100%植物由来にこだわりました。国内初だと思います。ガムベースにはメキシコ産の常緑樹(サポディラ)の樹液(チクル)を使っています。

実際にプロジェクトを進める中で、多くの人から共感を得られるようになりました。多忙で不摂生になりがちな現代社会において、「咀嚼を通じて調和を取り戻す」というコンセプトが響いたのだと感じています。クラウドファンディングで476万円の支援をいただき、たくさんの人の力で発売に漕ぎ着けることができました。構想から開発まで8年越しの願いが叶った瞬間でした。

クラウドファンディング後にいくつかの課題が見つかりました。特に、高温多湿の環境ではガムが溶けやすくなってしまったり、咀嚼を促すガムとしては柔らかすぎたりという点。外部の食品物理学者の協力を得て、改良を進めてきました。

その後、フリーズドライ加工を施すことで柔らかすぎる問題が解決し、高温多湿の環境でも品質が保てるようになり課題がクリア。自信を持って、まずはレモンとパッションフルーツの2種類で発売開始。次にジンジャーとミント、そしてアスリート向けのソフトタイプと抹茶味が控えていて、11月には6種類を展開します。現在、メキシコから主要な原料を仕入れていますが、インドネシアとも独自の原料を作れないかと話を進めています。いつか自分たちだけのオリジナル原料が作れたらと考えています。

開発自体はかなりスピード感を持って進めてきましたが、経営者として少し遅れてしまった感覚はあります。売り上げを出さないまま資金が出ていくばかりのこの1年は、本当に大変でした。

自社工場を建てて開発中の缶飲料、チョウザメ事業も

新たに取り組んでいる事業も山ほどあります。次にリリースしたいのは広島の奥座敷、「水の聖地」と言われ全国でも珍しい3種類のホタルが生息する広島市湯来町の天然水を使った缶飲料です。この事業も土地を買って、工場を建てるところから自分たちで進めているので、なかなか大がかりなものです。

工場の構造からしっかりと設計し、湯来町の自然と調和した形で生産することにこだわっています。缶のプロジェクトは過去最大の規模と影響力を持つものだと感じています。商品の背後にあるストーリーや、私たちの価値観がこのプロジェクトには詰まっています。缶飲料のリリースは年内を予定しています。

目指すのは、同じ分野においてたとえ他の大手企業が同様の商品を安価で提供したとしても、それでも私たちの商品が選ばれる、確かな品質と特別なブランド価値。同じような商品があっても、サイレンサーのものなら少し値段が高くても、良いものだから買いたいと思ってもらえるようにするのが目標です。

そのために私たちは水にこだわっていて、素晴らしい水が手に入る土地を購入して工場を作りました。最近、水は「記憶媒体」とも言われていますが、私たちが思い描く世界観や願いを、水を通じてエンドユーザーにお届けできる面白さがあると思うんです。

体に入る「情報」を極力少なく。原材料を絞る理由

私たちの全てのプロダクトに共通する点で、なかなか真似しにくい価値として、原材料を極力少なくすることにこだわっています。例えば缶飲料なら、使用しているのは和三盆、広島レモンなどの柑橘類エキス、アルコールだけ。プロテイン商品も一般的な商品は原材料が10種類以上入っていますが、例えば抹茶味のプロテインなら私たちは抹茶、プロテイン、糖の3種類しか使っていません。

ガムについても同様で、市販のガムだと15~20種類くらいが一般的ですが、私たちはシンプルさを追求し6〜8種類の原材料で作っています。賞味期限を延ばすために化学物質を入れるのではなく、何より健康面を優先した結果です。

今は情報過多の時代ですが、体に入る「情報」も同様だと思っています。原材料が多すぎると体にとって情報が多すぎると自分自身が感じるんです。最近はそうしたことに気を配る方が増えてきているのではないでしょうか。なるべく少ない原材料で作ることで、体に余計な負担をかけない商品を目指しています。

厳選した原料で作るため、自社工場を建てた

わざわざ缶飲料の工場を建てなくてもOEMを活用すればいいじゃないかと言われますが、OEMを手掛けている企業や工場が調達できる原料を使うのが一般的で、自分たちで厳選した原料を使っていただくのが難しいんです。プロテインについてはリスクはすべてこちらで負うという条件で、特別に持ち込みを許可していただけました。

缶飲料について、OEMで飲料を作る会社に問い合わせたら、最低ロットが12万本で担保が必要と……それなら自社で工場を作れるんじゃないか、と思い始めたのがきっかけでしたね。

チョウザメの事業は、そもそも私自身がチョウザメの良質なタンパク質を魅力に感じ「やってみたい」というフィジカルの反応があったから始めたんです。仲間も「いいね」と賛同してくれました。

同じ湯来町で元々赤字だったチョウザメ事業を引き継がせてもらったのですが、なかなか大変で……多くの人がキャビアの生産を目指して始めるんですが、キャビアを取れるまでに7〜8年はかかります。その間に資金が尽きたり、稚魚が育たずに失敗したり、と、続けるのが難しいのです。飼育がうまくいかず、稚魚が死んでしまうことも少なくありません。日進月歩で、アドバイザーの方に助けてもらいながら奮闘しています。

好奇心のままに飲食店、サプリに次々挑戦、ヘルスケアカンパニーへ

もともと、私自身は広島を中心にオーダーメイドのフラワーデザイナーを12年やっていました。広島は牡蠣とともに日本一のレモン生産地ですが、オイスターバーはたくさんあるのに、広島レモンを使ったお店が意外となかったんです。お酒が好きなので、レモンサワーが浮かびました。自分が行きたいお店、作りたいお店を作りたいという思いで4坪の土地で始めたのが、広島産レモンサワーと生牡蠣の店「mon-to.9」です。最初は個人事業主でしたが、次の店舗を出す際に法人化しました。

私自身元々健康オタクで、SNSで「こんなサプリを飲んでいる」と発信していました。そんな中、中学時代の先輩がふと私のお店に来て、「野村君、昔からクロレラを飲んでるよね」と話しかけてきて、「何か一緒にやってみないか?」と誘ってくれたんです。その方がクロレラの代理店の社長でした。

そのご縁で、バイオベンチャーのユーグレナさんと、デトックス効果があるという沖縄の「八重山クロレラ」を使って新しいサプリを作ろうという話になり、広島産のレモンと掛け合わせたサプリを提案したところ「いいね」と言ってくれました。ニーズを確かめるためにクラウドファンディングで予約販売をしたところ964万円が集まり、2500個以上の予約販売ができました。結果を出せたことが大きく、一気に広まっていきました。

ヘルスケアの知識を蓄え、好奇心のままに動いたことで、自社でサプリを作る機会が巡ってきたのは幸運だと思っています。この成功体験から、さまざまな商品開発やサービス開発を進めることにつながっていますね。

空気は読まずに、本を読んでおく方がいい

日本企業は新規事業やイノベーションを生み出すことが難しいという話をよく耳にします。私たちがいろいろな新規事業に取り組むことができているのは、「自分の内なる声を信じ、空気を読まない」スタンスがあるからだと思います。私は、良くも悪くも空気を一切読まずに進めています。今の社会は「相互監視社会」とも言えますが、空気を読んで行動するよりも、空気は無視して、本を読んでおく方が良いと考えています。

新規事業を創出するには、トップダウンの形で進めることが多いですね。ボトムアップの提案にも期待してそれぞれの社員の権限を広くしていますが、なかなか新しい提案が上がってはきませんね。自由であるがゆえに、かえって不自由なのかもしれません。社員の内なる声からの提案を楽しみにしていますが、そこが今の課題です。

実際「ノムさんがやりたいことを実現するだけで精一杯です」と言われたこともあります(笑)。参謀役や、実際に推進してくれる社員たちがいなかったら、サイレンサーはとっくに潰れていたと思います。

時には互いに言い合いになることもありますが、やっぱり根本には「楽しむ」ということが大切だと思っています。100%植物由来のガムも、缶飲料も、チョウザメの事業もすべて、社員全員が未経験で、正解なんてわからない。だからこそ、社員たちには未知なる事業を進めていく際に、その時々に起こる現象をすべて楽しもう、ということだけを伝えたいです。

サイレンサーで唯一新卒として入社した女性社員は、まさに「カオス」な環境を楽しんできました。土台を設計して、試しに思いきり任せてみることで、めざましく成長しています。今は新卒2年目で東京・虎ノ門ヒルズの店の店長を任せています。

変革者を目指せ。アクションせよ

社員には優秀な人材になってほしいのではなく、「変革者」になってほしいと願っています。みんなが変革者になって、次々に「これがやりたい」と提案してくれたら、私は資金を支援して全てを任せてみたい。その積み重ねがいつかサイレンサーの土台となり、ヘルスケアという分野で一貫性を持ちながら、会社を異次元に進化させていくと信じています。

一方で気をつけていることもあります。社員の仕事ぶりに関しては、たとえ失敗してもいいから「アクションを起こし続けているか?」という点を意識しています。今までの経験を振り返ると、うまくいかなかった要因はアクションが止まってしまっていたことにあると思います。良い結果を出すために一生懸命考えた末、考えすぎて行動に移せないことも多々あります。一方で、その日できることからすぐアクションする方が、結果や成長につながりますね。

行動を起こそう、アウトプットしようと考えることで、インプットも増えます。多くのリーダーは頭を使った戦略の話をすることが多いと思いますが、やはり体の整え方、フィジカルの反応を重視することも私の経営には欠かせません。私自身、パルクールや柔術をやっていて常に体と向き合っています。柔術は最近アジア大会で3位になりました。体の素直な反応を受け止めることで、思考や心もコントロールできると感じています。

私は「チャレンジジャンキー」、挑戦を続けたい性分です。手掛けていることの規模感に対しては非常にミニマムなチームで動いているのはわかっています。今のチャレンジが実って売上規模が確かに成長し、新たな仲間を迎え入れてから、さらに次のステップに進めると感じています。そのタイミングが訪れるときが楽しみですね。

text & edit by Aki Hayashi / photographs by Takuya Sogawa

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ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?