企業向けにNFTアート専用保険やビットコインの盗難補償、そして3Dプリンター住宅保険など、次々と世の中になかった保険を作り出す三井住友海上火災保険。仕掛け人の藤田健司氏は3つの発想の「型」を駆使して業界に新風を吹き込み続けている。これまでは守りのイメージだった保険会社が、スタートアップなどのビジネスを後押しするという攻めに転じた背景とは?
藤田健司
三井住友海上火災保険 ビジネスイノベーション戦略担当部長
1990年入社。営業推進、企業営業などを経て2016年より現職。ベンチャーキャピタル(VC)などとの協業を通じて新たなリスクソリューションを展開し、最新の保険技術を駆使してスタートアップ企業の成長を支援する。また、グループ内のVCと連携してビジネスマッチング、オープンイノベーションなどを手掛ける。一方で、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授 / Plug and Play Shibuya メンターなどを務める。
もう稼げない……東日本大震災で意識した保険業界の危機
三井住友海上火災保険の藤田氏はスタートアップ企業に関連した保険を次々と世の中に打ち出す“仕掛け人”だ。藤田氏自身の当初の“着火点”はどこにあったのか。
「営業部門のライン長をやっていた時、東日本大震災が発生しました。その時に特定の企業のみを担当していた同僚の部署が大打撃を受けたのを目の当たりにしました。昨日と同じ今日が当たり前に来るとは限らないことを改めて認識しました」
日本損害保険協会によると、2021年度の損害保険各社の売上高に相当する正味収入保険料は、自賠責保険では7729億円で、前年度に比べて8%程度減っている。藤田氏は、自動車保険関連の売上比率は今後下がる見通しで、2032年にも自動車保険料が半減すると見ている。業界は大きな転換期を迎え、自動車保険の次が見通せる新たな分野の構築が急務だった。
背水の陣で臨んだスタートアップ開拓
将来のマーケットへの不安を踏まえると、既存市場への進出ではなく、新たな市場を創り出す必要があった。まだ誰も手をつけていない分野はどこか……模索の結果「スタートアップ企業の力を借りることが最善の手」という考えに至ったという。
認可事業となる保険会社は公共性が高いことから、新商品が社会的損失をもたらした場合には行政指導が入る業界。そのため、新しい取り組みはこれまで控えられてきたという。こうした背景もあり、スタートアップとの協業がいかに社会的意義や将来性があるかについて社内の理解を得ることは困難を極めた。
暗号資産交換業者の「bitFlyer」とビットコインの盗難補償保険を2016年に世に出したことは、藤田氏にとって特に感慨深い出来事となった。当時は「マウントゴックス事件」(2014年に発生した、世界最大級の暗号資産交換業者だったマウントゴックスのサーバーがハッキングを受け、当時のレートで約470億円相当のビットコインが流出した事件)が世の中で話題となっていた。
bitFlyerのCEO・加納裕三氏から「事件によってマイナスイメージが付いてしまったビットコイン、そしてその基幹技術のブロックチェーンについて、一緒に安全性を訴求し社会に根付かせるきっかけを作りたい」と説得を受けた藤田氏。
加納CEOについて「キラキラした経歴の青年がリスクを取って起業し、ここまで真剣になれるのは何故なのか」と藤田氏は話す。
攻め、準備、守り……「型」こそが藤田健司の発想哲学
試行錯誤の末に生み出されたスタートアップ向けの新しい保険は、まさに新しい「型」が伴っている。保険はスタートアップの安心安全を担保し、信用力を付与する“武器”……藤田氏の「世のため人のため」という考え方が逆境をはねのけてきた。
藤田氏の説明によると、保険は3つの「型」に分類される。ひとつは、サービスやプロダクトの成長を加速させて、社会に受け入れられる際に求められる「攻め」の保険。スタートアップが成長フェーズに入り、事業を拡大させていく「攻め」のタイミングで必要となる。
一方、事業が加速する前の段階で必要となるのが「準備」の保険だ。スタートアップの実証実験から一緒に取り組むことで、サービスの開始前に問題点を一緒に検証することができるようになる。
このほかに、事故があった時などに保険金の支払いを行う、従来からの保険を藤田氏は「守り」の保険と位置づける。
「スタートアップが創り出す新製品・新サービスは社会の課題を解決するものであり、今後の私たちの生活に必要だからこそ開発されていると考えています。一方で、その新製品・新サービスが、今までに存在しなかったため、社会から見て安全性・信頼性などが不透明で受け入れられずに終わってしまっているのが現状です」
社会でこうした新商品・新サービスが信頼され、利用されるにはどのような保険を作ればよいのか……こうした藤田氏の固定観念にとらわれない問題意識から「攻め」と「準備」の保険は生まれた。
「新たな保険を作ることで社会の課題解決ができるのであれば、諦めずにチャレンジを続けなければいけないと思います。『捨てる神あれば拾う神あり』で、課題感を持って解決しようとしている人には必ず誰かが手を差し伸べてくれると信じています」
受け継がれる「藤田イズム」と、その着火法
藤田氏はこうした考え方から人脈作りに取り組み、あらゆる人を引き込む形で「藤田イズム」を浸透させてきた。藤田氏の取り組みは少しずつ認められ、2020年には8人の熱意のあるメンバーで専従チームを立ち上げてスタートアップをサポートする保険作りが本格化。今では、藤田氏への案件相談が社内外から絶えないという。
最近では、大阪でチームを立ち上げた社員が、スタートアップと連携して3Dプリンターで作った住宅向け保険の開発に着手するなど、新しい取り組みを加速させている。
大企業の中で熱量を伝えつづける藤田氏。最後に若いメンバーへエールを送った。
「若いメンバーには新たに未開拓の分野に漕ぎ出ることで、自己の業務が社会の課題解決に必ず直結することに気づき、喜びを感じてもらいたいです」
【私の着火法】
「先んずる」。ありったけの想像力を駆使して未来をイメージする。そして先んじて新しい手を打つ。課題感を持って未来を変えようと先んじて動く者には必ず共感をして、誰かが手を差し伸べてくれる。
「焦らず急げ」。早く動けば修正もきく。
(2023年1月20日発売の『Ambitions Vol.02』より転載)
text & edit by Masaki Nishimura / photograph by Takuya Sogawa