AI×スポーツで世界へ──大学発ベンチャーSportip・高久侑也CEOが挑む、スポーツ指導改革

Ambitions編集部

「全ての人へ可能性を最大化する指導を届ける」。そんなミッションを掲げ、スポーツ指導やリハビリ・ケアの変革に取り組む、筑波大学発のスタートアップ・Sportip。身体の動きを、スマートフォン・タブレットで撮影するだけで、個人の身体特性やバランス、動きをデータ化し、適切なトレーニングメニューをわずか“1秒”で提供するサービス「Sportip Pro」などを展開中だ。 世界最高レベルの解析精度と速度は大きな注目を集めており、2023年11月に開催された日本最大級のスタートアップカンファレンス「B Dash Camp 2023 Fall in Fukuoka」で行われたピッチコンテストで、見事優勝を果たした。 Ambitions編集部は、高久侑也CEOを独占インタビュー。起業の原体験から、Sportipが目指す日本のスポーツとウェルネスの未来について話を伺った。

高久侑也

株式会社Sportip 代表取締役CEO

筑波大学体育専門学群卒業。在学中は、体育・スポーツ経営学研究室での研究や、障害者スポーツの普及活動などに取り組む。卒業後の2018年、筑波大学発ベンチャーとして株式会社Sportipを創業。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2021に選出。

「合わないスポーツ指導」が選手寿命を縮める

──はじめに、高久さんがSportipのサービスを起案したきっかけを教えてください。

高久氏 僕自身、子どもの頃から野球をやっていたのですが、中学2年生の時に「胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん)」という病気を発症しました。これは簡単に言うと「猫背」が強くなったような病気で、巻き肩による血行障害が起こり、ボールを投げる際などに痛みや痺れが生じます。

高校では古豪と言われる野球部に入りましたが、指導者に言われるまま無理をしてトレーニングに励んだことでより悪化してしまって、競技を断念せざるを得ませんでした。

──トレーニングの仕方を間違わなければ、野球を続けられていたかもしれない。

高久氏 もしもの話は分かりません。ただ、個人の身体的特徴に合わない指導によって、選手寿命が短くなったり最大限のパフォーマンスを発揮できなくなったりすることは、あると思います。

一方で、指導にも限界があります。部活動などの現場では、一人の指導者が数十名の選手を見ることが一般的で、選手一人ひとりに合わせたトレーニングメニューを考案するのは困難です。

この問題をテクノロジーによって解決できないかと考えたのが、Sprotipの出発点です。筑波大学に進学してスポーツやヘルスケアについて学び、卒業後の2018年に会社を立ち上げました。

スポーツの複雑な動作も、素早く正確に分析

──Sportipでは主に、「Sportip Pro」と「リハケア」という2つの事業を展開されています。それぞれ、どのようなサービスなのでしょうか?

高久氏 「Sportip Pro」はスマートフォンやタブレットのカメラで撮影したモーションキャプチャーをもとに、AIによる姿勢分析・動作分析を行うアプリです。指導者をサポートするサービスとして、主にフィットネスクラブや整体・接骨院・病院のほか、専門学校の授業などで導入いただいています。

「リハケア」は、主に介護・デイサービス向けの支援アプリです。AIによる身体分析と、最新の介護保険制度やルールに則った訓練プランを自動生成し、介護業務を効率的にサポートします。

Sportip Proの使用イメージ。身体のバランスを瞬時に数値化する
Sportip Proの使用イメージ。身体のバランスを瞬時に数値化する

──AIによる姿勢分析・動作分析を行うことで、その人に合う、適切なトレーニングやケアが可能になるわけですね。

高久氏 そうですね。「Sportip Pro」では、トレーニングの効果を高めるだけでなく、怪我の予防にも活用できます。たとえば、運動中の可動域を定点でチェックし、いつもと違う動き(=異常)を検知した場合に、それをトレーニングメニューに反映させるといった使い方です。

ちなみに、スマートフォンで簡単に利用できる「Sportip Pro」とは別に、スポーツの競技者に向けた本格的なプログラムも開発しています。こちらは、野球やサッカー、バスケットボール、スケートボードなどのプロチームや競技連盟と提携する機会が増えています。

──スポーツによってはかなり複雑な動きもあると思いますが、どの程度対応できるのでしょうか?

高久氏 走ったり、ジャンプをしたりといった、どの競技にも共通する基本動作はカメラひとつで対応できますが、その他の複雑な動きについては複数台のカメラを使ってマルチアングルで撮影し、解析しています。スケートボードなどはかなり変則的な動作もありますが、それも全て高い精度で捉えられるのが私たちの強みです。

「正しさ」を実現するための地道な積み重ね

──サービスを提供する上で、最も大切にしていることを教えてください。

高久氏 特に重要視しているのは「正しさ」です。AIを活用する新サービスは、その目新しさから、最初は注目してもらえます。お客さんによっては、少しくらい分析の精度が甘くてもマーケティングツールとして興味を持ってくださることもありますが、それは私たちが本当に提供したい価値ではありません。

個々の体の特徴や動きを正しく捉え、正しく解析し、その人にとって正しい情報を届ける。その結果、運動のパフォーマンスが上がり、何より健康にスポーツを続けることができます。

──どのようにして、“正しさ”の精度を高めているのでしょうか?

高久氏 まず、AIに学習させるデータの量と質に関しては、筑波大学と連携することで創業前から担保できていました。これは大学発ベンチャーの強みです。苦労したのは、実用レベルまでのブラッシュアップです。サービスをお使いいただく現場の期待を上回る精度にまで高めていくことに時間をかけました。

たとえば、体のフォルムが分かりづらい服を着ている場合でも、肘や膝といった体の部位を正確に捉えるなど、イレギュラーな状況にも対応できなければ実用レベルとは言えません。

そこで、通常のデータ学習に加え、あえて変わった服装で学習させたり、特定の部位の動きだけを学習させたりと、さまざまな工夫を重ねました。

──限りなく完璧を追求していると。

高久氏 どのような仕事でも同じだと思いますが、完成度8割のところまで持っていくのは、意外と簡単だったりします。大変なのは、そこから10割に持っていく作業。時間と労力をかけて、地道にやっていくしかありません。しかしその部分にこそ、最も価値があると考えています。

──Sportipにはエンジニアやデザイナー、理学療法士にトレーナーと、多彩なメンバーが集まっています。これも精度向上の大きなアドバンテージになっているかと思います。改めて、チームの強みを教えてください。

高久氏 私たちは「サイエンス」と「テクノロジー」の両面に強みがあります。サイエンスの部分は理学療法士のほか、運動生理学やトレーニング科学を専門的に学んできたメンバーがいますし、テクノロジーについては機械学習における幅広いアルゴリズムを用い、正確性を担保できるエンジニアが揃っています。

日本には「サイエンスとテクノロジーが両立している企業」がとても少ない。特に、スポーツやウェルネスの分野では皆無といっていい。大学発で、豊富な研究のバックグラウンドがありつつ、高い技術を持った人材を獲得できているのはSportipの大きな特徴といえると思います。

また、社内のメンバーだけでなく、社外のネットワークも強固です。プロ野球やJリーグをはじめ、国内プロスポーツチームのトレーニング部門の要職には、必ずと言っていいほど筑波大学の出身者がいます。同じ大学出身というだけで、そうした方々とつながりやすいのも、大学発ベンチャーの大きな強みだと思います。

「栃木SCいきいき健康サッカー教室」にて動作解析AIを提供した様子 提供:株式会社Sportip
「栃木SCいきいき健康サッカー教室」にて動作解析AIを提供した様子 提供:株式会社Sportip

野心の第一歩は「子どもたちにスポーツの楽しさを広げる」こと

──現在はフィットネスジムや整体・接骨院・病院、介護・デイサービスなどへの展開がメインということですが、今後はさらに提供先を広げていくのでしょうか?

高久氏 はい。いま考えているのは、国内のスポーツ文化全体の底上げです。そのためには、子どもたちが楽しくスポーツに打ち込める環境を整えていくことが大切です。幼少期や学生時代にしっかり運動をしているかどうかが、生涯にわたってスポーツへの取り組み方に大きな影響を与えることが、すでに研究で明らかになってきています。

──子どもたちに運動の楽しさを伝えるために、Sportipではどんなアプローチを考えていますか?

高久氏 スポーツに取り組むことで、体力増強や技術向上といった成果が得られると、楽しく続けてもらえます。そのための指導の向上こそ、我々の専門領域です。私たちの技術とサービスを、発育・発達のためにカスタマイズし、全国の全ての小学校・中学校に導入できたらいいな、と。

今は文部科学省の「GIGAスクール構想※」により、生徒1人に1台ずつタブレットが配布されることが当たり前になっていますが、体育の授業や部活動でも当たり前にデジタルツールが活用される時代が、近いうちにやってくると思います。

※GIGAスクール構想

学校教育において、生徒1人1台の端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備する施策。特別な支援を必要とする子どもを含め、誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する。

──最後に伺います。高久さんのAmbition(野心)は何でしょうか?

高久氏 最終的には、世界中の健康寿命を伸ばし、少しでも多くの人が安らかに生涯を終えられる社会をつくること。幼児教育、学生スポーツ、ウェルネス、介護など、それぞれのレイヤーに最適なAI指導を届けていきたいです。

また、将来的には運動やケアの現場だけでなく、日常のあらゆる場面に私たちの技術を広げていきたいです。

たとえば、オフィスの中を歩いているだけで「歩き方がいつもと違う」「今日はちょっと姿勢が悪い」など、本人も気づかないような異変を検知してアラートを出す。そんなふうに、日常生活のなかで自然と健康意識を高められるような環境を整備していければと思っています。

text by Noriyuki Enami / photographs by Kohta Nunokawa / edit by Keita Okubo

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