新規事業創出が企業の成長戦略に位置づけられ、「ボトムアップ」や「オープンイノベーション」といった手法に注目が集まっています。 しかし、その推進には多くの課題が存在します。 アイデアを理解できない経営者、不明確な評価基準、事業化決裁の難しさ…… これらは新規事業の起案者/推進者の多くが直面する課題です。つまるところ、新規事業の「評価」をめぐる課題だともいえます。 今回は新規事業創出のパートナーとして豊富な支援実績を持つAlphaDriveの取締役兼COOを務める古川央士氏に、評価者と起案者/推進者の双方に向けた具体的な解決策を聞きました。 適切な評価基準の設定から事業化に向けた承認を得るまでのプロセスまで、AlphaDrive流「成功の思考法」を学びます。
古川央士
株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO
青山学院大学卒。学生時代にベンチャー創業・経営。リクルート入社後は、SUUMOでUI/UX組織を立ち上げ、新規事業開発室の GM として複数の新規事業を統括。2013年に株式会社ノックダイスを創業し、飲食店やコミュニティースペースを運営。2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任、2023年から現職。延べ数千件の新規事業プランに関与。
誰が事業を正しく評価できるのか?
新規事業案の評価は、実際のところ難しいものです。もし事業の見極めが容易であれば、どの企業も新規事業を次々と成功させられるはずです。しかし、現実はそう単純ではありません。
新規事業には不確実性やリスクが伴うため、評価者がリスクを過度に避ける傾向があると、革新的なアイデアは否定されやすくなります。また、評価の基準や仕組みを整えていないことが原因で、事業の良し悪しを的確に判断できず、優れたアイデアも過小評価されることがあります。これらの理由から、新規事業の評価は得てして評価者の属人的な判断に左右されがちであるのも問題です。
では、誰が事業を正しく評価できるのでしょうか。それは顧客です。顧客は「買う」「買わない」という行動を通して、事業を評価できる唯一無二の存在です。企業内での評価者となる経営者や決裁者、あるいは外部のコンサルタントや周囲の社員からの意見は二次的なものにすぎず、絶対的な評価者にはなり得ません。
したがって、事業を評価する側も、起案する側も、社内評価だけでその成否を判断してはいけないのです。では、どうするか。それは「顧客に答えを聞きに行くこと」です。市場に出す前に顧客からの評価を得ることが最も重要であり、それをもとに社内を説得し、投資を獲得していく。この基本スタンスを常に心に留めておいてほしいです。
顧客の視点を取り入れた評価プロセスの重要性
事業開発の初期段階、特にMVP(顧客のニーズを満たす最小限のプロダクト)の構築までの段階において、評価者が陥りがちな罠があります。それは市場規模や収益性、戦略的整合性といった、時期尚早な基準で評価をしてしまうことです。
「既存事業との戦略的整合性がある」などの戦略的判断だけで大規模な投資をしても、実際にリリースしたら顧客がいないという事態に陥ることがあります。「製品やサービスを作り上げてから初めて顧客に聞く」「販売してみて反応を得る」と往々にして手遅れになります。
リソースを無駄にすることなく事業を立ち上げるには、評価者は「なぜこの事業をやりたいのか」「誰を助けたいのか」「顧客は何に困っているのか」といった問いから、顧客課題やソリューションの仮説について、起案者/推進者の理解度を見極める必要があります。
起案者/推進者は、「顧客に聞きに行くこと」から新規事業のアイデアに対する期待や要望を導き出し、それらに対して適切な解決法を提供することで、事業の成功確率を高めることができるのです。
最初に「市場性を評価」はNG。新規事業の成功を握るのは「段階」と「タイミング」
事業評価の基準には、市場性、新規性、革新性、競争優位性、困難性、実現可能性、ROI、戦略合理性など、確かに数多くの項目があります。しかし、これらすべてを一度に評価しようとするのは大きな間違いです。
企業内での事業開発は、「なだらかな山登り」ではなく「断崖絶壁に挑む崖登り」のようなものになりがちです。その断崖絶壁を形作っている理由の一つが、「新規事業は評価基準を一度に満たさなければならない」という誤解です。
大切なのは、次の2つのポイントを押さえることです。
一つ目は、段階的なアプローチ「ステージゲート」の採用です。評価のマイルストーンを適切に設定し、「まずはここまで」という具合に段階的に評価していく必要があります。適切なタイミングで、適切な問いを立て、評価をする。そうすることで「なだらかな山登り」を実現できます。
事業開発の初期段階においては、事業を推進する人材、想定顧客の特定、顧客が抱える課題の理解、その課題のソリューション検討といった項目で事業を評価することが大切です。これらの基本的な評価基準を飛ばして、いきなり高度な評価基準を適用すると、登れる山さえも登れなくなってしまいます。
二つ目は、評価のタイミングです。評価基準自体は、トレンドで大きく変わるものではありません。事業として何を見るべきかという本質は、時代が変わってもそれほど変化しません。重要なのは、どの段階で何を評価するかという「評価のマッピング」です。
言い換えれば、適切な評価とは、個々の評価項目を変えることではなく、それぞれの項目を適切なタイミングで問うことにほかなりません。評価者の評価方法と起案者/推進者の事業推進方法を、段階に応じて調整していくことが大切です。両者が適切なタイミングで、適切な観点から事業を見ることで、真に価値のある事業を育てることができるのです。評価する側も、評価される側も「なぜ今この質問をするのか」「この段階で何を示すべきか」などを常に意識して臨みたいところです。
不確実性を見越して、定性・定量で評価する
成功する企業の新規事業評価には、明確な特徴があります。それは、定量評価だけでなく定性評価もバランスよく取り入れ、事業の成長段階に応じて適切な基準を適用していることです。
特に重要なのは、新規事業の立ち上げの段階(インキュベーションフェーズ)での評価です。この段階は、アイデアが流動的でピボットも起きがちです。しかし、すでにご説明した通り、多くの企業は質問のタイミングを見誤りがちです。もしアイデアがピボットしたときに、ビジネスモデルや市場性が変化していたら、その問いは無駄になってしまいます。
この段階で評価するべきなのは、起案者/推進者の情熱や主体性、顧客課題やソリューションの仮説といった定性的な部分です。次に、MVPが進んだ段階では具体的なビジネスモデルや市場性などの定量評価も増えていきます。
その後の実証段階で、より詳細なビジネスモデル、ROIや市場規模の予測、戦略的整合性といった評価基準も増えてきます。これらの評価者だけではなく、起案者/推進者と双方で評価基準を理解しあい、共有することが成功の鍵です。
また、プロジェクトの進捗を適切に管理し、必要なリソースを適切なタイミングで投入するための「ステージゲート」を定めることも、評価と関連して大切になってきます。このアプローチにより、起案者/推進者は各段階で何を目指すべきかが明確になり、評価者も適切な基準で判断できるようになります。
もう、新規事業の芽をつぶさない!評価者と起案者/推進者が意識したい「新規事業評価」のポイント
新規事業を大きく分けると、アイデアの創出から事業を立ち上げる段階「インキュベーションフェーズ」と、事業をグロースさせる段階「アクセラレーションフェーズ」に分類できます。このパートでは各フェーズで、評価者と起案者/推進者が意識すべき重要なポイントをご紹介します。
Manager 評価者
初期は熱意がすべてWILLの強さを確認
最初のステージで大切なのは起案者/推進者の「WILL(意思)」を見極めることです。新規事業の起案者/推進者の「本気」と「情熱」を何で推し量るか。一つは、どれくらい顧客のもとを訪れたか、つまり行動量です。収益や実現可能性などは不明瞭でも問題ありません。アイデアの良し悪しで判断せず、WILLを見ることが大切です。
顧客理解の障壁をなくし脱落を未然に防ぐ
顧客の声を聞くためにアプローチする際、起案者/推進者は連絡をすることを負担に感じたり、会話に困ったりすることがあります。アプローチの段階で相当数が脱落してしまいます。評価者は顧客との対話の重要性をしっかりと伝え、具体的なステップや効果的な質問の方法をアドバイスし、手助けすることを意識しましょう。
本質的な課題に切り込めているか
ステージが少し進み、事業を検証する段階では、提案やアイデアが単なる表面的な課題に留まらず、顧客の本質的な課題や構造的な歪みを変えるところまで切り込んで考えられているかを確認することが重要です。評価者も顧客の問題がなぜ発生しているのか、その背後にある力学や要因を探る意識が大切です。
Innovator 起案者/推進者
事業推進にかける熱量を証明する
起業家の情熱は投資判断に大きな影響を与えます。「起業家の目を見て投資する」という投資家もいるほどです。事業の成功には起案者/推進者の熱量が不可欠であり、特にインキュベーションフェーズでは「なぜ、その事業をやりたいのか」という理由が明確で、内から湧き上がる使命感や原動力があるかどうかを自分に問いましょう。
顧客のもとに足を運び行動からWILLを育む
強い原体験がない場合でも、初期段階で顧客のもとに足を運び対話を重ねることで「解決したい」という強い意思が生まれ、新規事業の成功に欠かせないWILLの育成にもつながります。また、1人からしか話を聞いていないとすれば説得力に欠けますが、300人の顧客と向き合ったのなら、その熱意は本物だと評価されるはずです。
事実に基づく提案で評価者を説得する
評価者の信頼を得るためには、個人的な意見や推測に頼らず、具体的な事実や実例の提供が不可欠です。具体的には、その起案者/推進者だけが集めることのできた顧客の一次情報や仮説検証の結果が重要です。また、顧客の証言やフィードバックを提示することで、提案の信頼性を訴えやすくなります。
実証実験でリスクを抑え提案の信頼性を高める
アイデアやコンセプトを実際のプロトタイプや実証実験によって形にすることで、提案の実現性を明確に示します。例えば、製品開発の初期段階で小規模なテストを行い、顧客からの反応や使用感を確認したり、問題点を洗い出したりすることで、評価者にとってのリスクを軽減し、提案の信頼性を高めることができます。
Manager 評価者
過大な投資のリスクを段階検証で回避する
新規事業のアクセラレーションフェーズでは、ビジネスプランの段階で突然大規模な投資を行うことは危険です。「戦略合理性に優れている。いち早く事業化を!」と多額の資金を投入し、サービスを完成させたあとに顧客がいないという事態に陥りかねません。どんなにいいアイデアであっても、段階的な開発がポイントです。
「短期的成果」重視の思考を転換させる
「決裁責任者の任期中に成果を出したい」などの事情で、短期で成果を求めたくなる場合もあるでしょう。それが原因で、過大な投資に走るなどの悪手につながる可能性もあります。しかし、新規事業がすぐに成果を上げることは稀です。短期的成果にこだわらず、適切なタイミングで人員や資金を配分し、支援することが大切です。
マーケティング施策の検証が不十分
どんなに優れた新規事業でも、マーケティング戦略を誤ると失敗するケースがあります。手法の選択肢が多い中で、まだどれが最も効果的かわからない段階で、例えばテレビCMに大規模な投資をするのは無駄になる可能性が高いです。まずは、少額で複数の施策を試して、その事業に合った最適な手法を見極めることが重要です。
結果を求める前にガイドラインの設定を
アクセラレーションフェーズに入った途端、評価者はすぐに結果を求めてしまう傾向にあります。それは、事業を大玉化するにあたってのプロセスや投資額の決め方に不明瞭な点が多いからです。そこで、ステージの段階に応じた時間、人数、資金の目安を明確にし、評価者が適切に判断できるガイドラインを整えることがポイントです。
Innovator 起案者/推進者
経営者としての役割への移行
アクセラレーションフェーズでは、起案者/推進者の役割がプロジェクトリーダーから経営者へと移行します。開発、マーケティング、セールス、バックオフィスの管理など、実際の事業運営に関する責任が増えてきます。ビジネスプランを作るだけでなく、実際に事業を動かし、組織としての体制を整えることが必要です。
プロジェクトを運営するマネジメント力
経営者の能力を持つかどうかが試される場面が増えていく中で、単なる実行力にとどまらず、戦略的な意思決定能力やビジネスを持続的に成長させる経営手腕が求められます。さらに、市場の変化や事業の展開に対する柔軟な対応力も必要です。ここを乗り越えることが、事業の成功や組織の長期的な発展に向けた大きなステップとなります。
チームづくりと人材の巻き込み力
自分ができない部分を適切な人材に任せ、優秀なナンバー2を配置し、実務的なCOO業務を担当してもらうなどチームを効果的に構築する能力とリーダーシップを評価者に示すことが重要です。協力者を巻き込んでチームを構築する力が求められます。自分の弱点を補いながら、プロジェクトを進めていく体制を整えましょう。
AlphaDriveとは
AlphaDriveは「人と企業の変革ドライブカンパニー」を掲げ、新規事業開発の仕組みづくりから立ち上げまで、「実践知」を持つ経験者がハンズオンで伴走支援。膨大なケーススタディーによる「事業開発の型」と、あらゆる機能支援を組み合わせた事業グロースに強みを持つ。これまでに企業内新規事業支援社数はグループ全体で約200社。AlphaDrive単体では130社、事業化・会社化された数は140件(※2024年5月時点)を誇る。
text by Kento Hasegawa / edit by Yoko Sueyoshi
Ambitions Vol.5
「ニッポンの新規事業」
ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?