「地方創生」が叫ばれて10年、全国各地でさまざまな支援や取り組みが行われてきた。しかし地域の人口減少は待ったなし。消滅の未来が現実味を帯びてきたエリアもある。 地域発展の鍵は何か。「食べる通信」「ポケットマルシェ」を通して、地域と都会をつないできた雨風太陽の高橋博之氏と、地域からビジネス創出を目指すAlphaDrive REGIONの宇都宮竜司氏の対談を届ける。
高橋博之
株式会社雨風太陽 代表取締役 一般社団法人 日本食べる通信リーグ 代表理事 NPO法人 東北開墾 代表理事
岩手県花巻市出身。岩手県議会議員を2期務め、2011年の県知事選出馬を機に政界引退。2013年に東北開墾を立ち上げ「東北食べる通信」を創刊。2016年より「ポケットマルシェ」を開始。「関係人口」の提唱者として、都市と地方が共存する社会を目指す
宇都宮竜司
AlphaDrive REGION 事業責任者/地域共創事業部長 AlphaDrive高知 代表取締役
株式会社リクルートホールディングスでスタートアップ支援プログラムのコミュニティマネージャーとして300チーム以上を支援。2017年に高知県に移住し、複数の新規事業の企画・推進、経営戦略の策定等を行う。2019年、株式会社アルファドライブ高知の代表取締役に就任。2023年、地域特化型事業「AlphaDrive REGION」を立ち上げる。
地方創生の取り組みは、きれいごとだけじゃない
──まず、地方創生の活動や地域ビジネス支援にあたり、お二人が大切にされていることを教えてください。
宇都宮 当社は全国各地に拠点があり、その土地にしっかりと入り込みながらビジネス創出の伴走支援、分類で言うとコンサルティング事業を行っています。地域のプレーヤーの方々と共創する上で大切にしているのは「主人公は地域の方」という意識です。外からやってきた僕らが事業を代行し、事業主として継続し続けることは困難です。こう言うと無責任に聞こえるかもしれませんが、地域で自発的にビジネスが生まれるための支援をしたいと考えています。
高橋 本人が当事者意識を持つ、ということは大切ですよね。NPO法人から数えて10年以上全国各地で活動をしてきましたが、いまだに「うちにはこんな課題があるんだが、どうしたらいい?」という質問をいただくことがあります。わからないですよ、僕は住んでいないんだから。例えば海士町(島根県)など、地方創生の有名な事例は説明できるけれど、取り入れることができるのはスピリットであって、具体的な条件や内容はまったく異なるものです。
当社は「都市と地方をかきまぜる」ことをミッションに掲げていますが、混ぜるのはきれいごとだけじゃない。地域の人にとって耳の痛いことも伝えますし、それで怒られることもある。けれど、当事者が本気になって変わらないと、日本の地域の状況は変わらないと思います。外部の人間にできることは、当事者の心に「火をつける」こと。そして、僕はすぐに次の地域に行くので「放火魔」って言われてます(笑)。
地域が掲げるKPIは無謀?
──雨風太陽、AlphaDrive REGION、共に地域の自治体や企業、人とともに「ビジネス」という手法で地域活性化に取り組んでいます。その意義をどうお考えですか。
高橋 日本の人口は、2050年には1億人を切ります。全国すべての市町村で、今の人口や行政サービスを維持するのは、難しいと言わざるを得ない。そもそもなぜ活性化一択なのか。集落によっては今後、自ら「村おさめ」を選ぶところも出てくるでしょうし、多様な選択肢があっていい。それを住民自らが選べることが尊厳だと思います。
多くの自治体ではKPIを定住人口にしていますが、必ず人が減っていく日本で、そこに向かって努力していいのだろうか、と。だって、人を奪い合うゼロサムゲームですよね。定住人口が減っても、豊かな環境の中で幸せに暮らす方法はないだろうか。そう思うんですね。
宇都宮 私も愛媛の田舎育ちですので、危機感はとてもわかります。
高橋 そこで僕は「関係人口(※1)」という言葉を提唱しています。定住ではなくても地域に関わりを持ち続ける人を増やすことで、地域に一定の人口プールができる。そこでにぎわいが生まれ、商売が生まれる環境ができる。これを目指したい。
※1 関係人口 移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉。高橋氏が提唱した。
関係人口とはつまり、外の人とともに共創することです。よそ者に対して拒否反応がある風潮もありますが、もはやこだわっていられる時代ではありません。「地方自治体」といいますが、現在の実態は「地方“公共”体」で、公共サービスを提供することが主な活動ですよね。つまり行政は、ビジネスの専門家ではない。だからこそスキルを持つ人を外から呼び込むほうが現実的なのです。
宇都宮 私は、地域でビジネス創出に取り組む意義は「持続性」にあると考えます。価値と価値を交換し、それを継続的に行うことが、ビジネス。地域の暮らしを維持するために必要なアプローチだと思います。
一流の田舎よ、三流都会になるな。地域ビジネスの鍵は「再編集力」
──ここからより具体的に、地域でビジネスをするために必要なポイントについてお伺いします。雨風太陽さんは「食べる通信」や「ポケットマルシェ」といった事業で、地域の食と都会の人をつなぐビジネスを行ってきました。さらに昨年はインパクトIPO(※2)を果たし、旅行・教育事業などにも進出しています。成功の要因は何だとお考えですか?
※2 インパクトIPO 社会的・環境的にいい影響を与える企業の上場。雨風太陽は、NPOとして創業した企業が上場する、日本で初の例となる。
高橋 僕は、都会と田舎(地域)はもともと異なる世界観だと思っています。都会は「人がつくった空間に住む」であり、田舎は「自然や神様がつくった世界に住まわせてもらう」もの、全然違いますよね。田舎には都会にない価値があり、それがビジネスになる。しかし近年、多くの田舎が都会のまねをして「三流の都会」に転落してしまった。考えてみてくださいよ、都会の人が、自分たちの下手なコピーにお金を払いますか? 田舎の価値とは、そもそも都会の価値観では測れないものにあるはずです。「ブドウ畑で手摘みで収穫して少量のワインをつくる」なんて、都会の資本経済からみたら狂気の沙汰ですよ。だけど、それこそが求められる。田舎は都会ではなく「一流の田舎」であるべきです。
その上で、都会にはない価値を言語化し、都会に向けて値付けする。地域のビジネスには、こうした取り組みが必要です。
──AlphaDrive REGIONとして、地域のステークホルダーとの共創に取り組まれている宇都宮さんはいかがでしょうか。
宇都宮 地域の資源を認識し、生かすこと。当たり前のようですがこれを大切にしています。当社は高知の職人さんたちと一緒に商品開発を行っています。ひとつの例がこの斧(写真参照)。刃の部分は「土佐打刃物」という伝統工芸品の職人さんが手掛け、束は高知県外の現代アーティストの方がスケートボードの廃材を使って制作、カバーを地元の革職人さんが担当しました。地域の素晴らしい伝統文化ですよね。しかし、ずっと地域の中にいると、互いの存在や価値に気づかないことがあるものです。それを見つけて、コラボレーションして、現代の価値にアップデートする。今後、このアイテムは首都圏や海外の富裕層に向けて販売していきます。地域のビジネスは、いかに域外から外貨を稼ぐかという点も大切です。
高橋 資源の「再編集」ですよね。地域に本来ある強みを組み合わせて、単独では生み出せなかったマーケットをつくる。大切な視点だと思います。
「地域起業家」としてのビジョン
高橋 宇都宮さんの話を聞いて共感ばかりなのですが、都会と田舎の価値の違いを認識して再編集することは、地域ビジネスの軸ですよね。起業前の話になりますが、僕は岩手で東日本大震災に被災し、その復興の現場にいました。当時、都会から多くのボランティアの方々が来てくれたんですね。旅行でしか来なかったような、地域とは異なる価値観の人たちが来て、地元の人たちと交流が生まれる。するとそこで新しいアイデアが生まれるなど、これまでなかったことが起きたんですよ。
地域にとって、日常の外にいる人と接することの影響はとても大きい。地域の中・外という二択ではなく、その間や、その両方といった関わりのイメージでしょうか。そこから、新しい事業が生まれると思います。
宇都宮 人は、異質なものと出会うことでストレスを感じますが、新しいことへのきっかけにもなるものです。また同時に、異質なものとの差から「自己認知」を深めることにもつながると考えています。当社では、地域で新規事業開発プログラムを行う際、都会の大企業の新規事業のプレーヤーとともに行うケースがあります。すると参加者は、都会の人から刺激を受けるだけでなく、自分たちの地域の価値を再認識するものです。やってきた人が「水やごはんがおいしい」と驚く、といったものでもいいんですよ。「うちの町には何もない」と言っていた人たちの表情が変わるのを実際に目にして「関係人口」の意義を感じています。
──最後に、お二人の「地域×ビジネス」の、今後のビジョンをお教えください。
高橋 雨風太陽としては、企業との提携や新規事業などに取り組んでいます。これらはどれも分離したビジネスではなく、「地域の資源を再編集する」ことを“面”で行うための施策です。婚活もやる、インバウンドも、ツーリズムもやる。地域課題は政治の影響も強く受けますが、今回の選挙の結果は前向きに働くと期待しています。
宇都宮 実は私は、地元で暮らしていた学生の頃は「ビジネス」というものが好きじゃなかったんですよ。利己的で汚いものだ、と思っていて。しかし今、そのビジネスを生み出すことで、地域に継続性を生む取り組みをしています。地域にはビジネスを得意としない方が多いからこそ、私たちが貢献できることは大きい。その意義に正面から向き合い、これからも共に取り組んでいきたいです。
AlphaDrive REGION事業紹介
全国各地で事業支援を行うAlphaDrive REGION。ここでは沖縄と高知で取り組むプロジェクトを紹介する。
【高知】TOMO LAB(共ラボ)
「高知から100の新規事業と300の起業家人材を生み出す」ことを目指す株式会社アルファドライブ高知の自社事業。地域の職人や世界で活躍するアーティストとともに新たな商品開発を行い、伝統技術を現代の価値にアップデート。地域外に発信し「地産外商ビジネス」の可能性を探る。
【沖縄】coconova(ココノバ)
2024年7月より事業を承継したコミュニティ施設。500回以上のイベント、3万人の動員、10人の起業家輩出を実現したこれまでの実績・地場ネットワークに、新規事業支援に強みを持つAlphaDriveが加わることで、沖縄北部・名護エリアのビジネスコミュニティの大きな発展を目指す。
AlphaDrive REGION
photographs by Kohta Nunokawa / text & edit by Keita Okubo
Ambitions Vol.5
「ニッポンの新規事業」
ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?