飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第3回は、事故や災害からひとりでも多くの命を救うことをミッションとする、AUTHENTIC JAPANの代表取締役久我一総氏。2016年に山岳遭難者を早期発見する会員制捜索ヘリサービス「ココヘリ」をリリースし、現在は山から海、街へと対象エリアを拡大。年間を通して、人命救助に貢献してきた。 創業13年目。「まだ道半ばだ」という久我氏に、上場にかける思いや命と向き合い続けて気付いた人生の教訓について伺った。
久我一総
AUTHENTIC JAPAN株式会社 代表取締役
1978年、福岡県福岡市生まれ。西南学院大学文学部外国語学科英語専攻卒業。2002年パナソニックシステムネットワークスに入社し、SCM部門の責任者としてイギリスの子会社へ出向。10年後に帰国し、商品企画部門へ異動。2011年にAUTHENTIC JAPANを立ち上げ、退職。現在に至る。
Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズでは、High Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。
High Growth Program採択企業(2024年度)
eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社
日本を次々と襲う自然災害。我々が防災の力になりたい。
現在(※1)、ココヘリの会員数は17万人。遭難者の発見率は96%と高水準を記録し(※2)、全国39都道府県の警察・消防航空隊が、ココヘリ発信機の電波をキャッチする専用受信機を導入している。
※1 2024年取材時点 ※2 発信機携行+登山届のある事案。発信機携行忘れ等を除く
ユーザーのみならず人命救助のプロからも支持を得ている、ココヘリ。信頼を裏付けているのは「直接通信」だ。最大16km離れた場所から、ココヘリ発信機の電波を専用受信機がキャッチ。誤差はたった数mと、従来のGPSより正確な位置を割り出すことができる。捜索エリアは全国47都道府県をカバー。警察・消防航空隊と連携しながら、ココヘリが提携している民間企業のヘリコプターやドローン、救助隊が上空と地上から捜索を実施する。
久我氏は今後、街や海の防災にもフォーカスしていきたいという。理由は、近年頻発する地震や台風による災害時の支援を行うためだ。
「理由は、どんなシーンでも命を守りたいからです。とくに子どもの若い命は守っていかなきゃならないと思っています。今、自然災害でこれだけ日本中が困っていますから、早急にやらなければいけません。
2024年4月には、ココヘリで培ってきた専用電波に加え、GPS機能、さらにBluetooth通信の3つの電波に対応した新型の発信機『ヒトココ』の販売をスタートしました。山や海での遭難をはじめ、高齢者や子どもが行方不明になった場合でも、ピンポイントで位置を特定することができます。
また現在は、ライフジャケットのトップメーカーさんと、備蓄型のライフジャケットを共同開発しています」
上場は希望や目標ではなくて、必ず果たすものだ
来期はキャッシュベースで2億円の黒字を達成する。ココヘリの会員数も4年前に立てた目標数を達成したため、スタートアップ特有の急激な成長戦略は、一旦ストップするという。しかしまだ乗り越えたいハードルがいくつもある。
「マリンスポーツ向けの捜索支援サービス『ココヘリマリン』、街で使える位置特定サービス『ダイレクトレスキューシステム』など、『ココヘリ』以外のサービスの需要をどれだけ大きくできるかが、今後の課題です。我々はなるべく早く上場して株価もしっかりついた状態を作らないといけない。だってもう状況は待ったなしじゃないですか。これだけ海面水温が上がって、今までにない雨の降り方をして、人がたくさん亡くなっているので」
久我氏は取材中、「上場することは決めている」と繰り返し明言していた。上場への確固たる決意には、命を守ることへの思いがあった。
「上場するということは、公の存在になるということだと思っています。僕たちがつくるサービスには、すでに17万人の会員がいらっしゃって、会員者のみならずその家族の方も含めて、僕らしか頼りがない状態だと言っても過言ではありません。ならば会社としてしっかり残っていかなければならないし、僕個人の願望だけで会社の行末を決められるフェーズではなくなってきている。
だから上場は、やらねばならないという希望や目標ではなくて、必ず果たすものでしかないんです。そして同時に上場した先のことも考えています。そのビジョンがないと、上場がただのゴールになってしまいますから。代表である僕が、上場した後も株価を伸ばせるという明確なビジョンと思いを持っているかが、社員はもちろん、VCや投資家を納得させられるカギだと思っています」
一度しかない人生。世の中を変えるために使いたい
現在進行中のシリーズEラウンドでの累計資金調達額は4億円を達成しているが、目標は10億円。引き続き資金調達は行なっていくが、「なんでもいいわけではない」と久我氏。
「本当の意味での新しい資本主義というのは、社会貢献をしながらビジネスを作ることなんじゃないかと思うんです。お金の使い道は、やはり世の中を変えるためであってほしい。そういう社会をつくれるのが、起業家であり、それを資金面でサポートする投資家だと思います。単なるお金儲けではなく、世の中のために動ける起業家と投資家が増えてほしいと思います」
2011年12月に創業し、13年間命と向き合ってきた久我氏に、人生の教訓を聞いた。
「もし僕に音楽の才能があってヒット曲を生んだとしても、100年後はきっと誰も聞いてないと思うんですよ。でも何か世の中を変えるという行動は、未来に残るものだと信じています。
僕たちはラッキーなことに、戦争がなくて豊かなインフラがあって、本人が本気で望めばその道に進める日本にいる。こんな時代が何十年と続いてるって、世界の歴史を見てもとんでもなくラッキーな瞬間に僕らは今日本に生まれたんですよね。
僕はなんのスペシャリストでもないけれど、そんなラッキーな瞬間に生まれたならやるしかないと思ってます。人生は一度しかないですし」
【FGN事務局コメント】
AUTHENTIC JAPANがFGNに入居されたのは「ココヘリ」ローンチ翌年の2017年。FGNはその成長を創業初期から近くで感じてきました。インタビューのなかでも触れられているように彼らはIPOに向けてダッシュしています。福岡市も令和6年度の「IPO等に向けた成長支援プログラム」に採択しています。命を守れる公の存在になるという決意を私たちも全力でサポートしていきたいと思っています。
photographs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama