成功を信じ、やり続ける。揺るぎないモチベーションの源泉とは

Ambitions編集部

魚に心を奪われた十河哲朗少年は、大人になり大手総合商社・三井物産入社後に一念発起。関係者を説得し、FRDジャパンが計画したサーモントラウト陸上養殖の出資の承認を得た。そしてFRDジャパンに参画し、魚に携わる仕事に邁進している。好きだからこそ、失敗しても成功するまでやり続ける。モチベーションを保ち続けるポジティビティの源泉とは?

十河哲朗

FRDジャパンCo-CEO

幼少期から魚の虜となり、高校時代に魚類学者を志す。京都大学農学部卒業後、就職の道を選んで三井物産に入社。6年間は資源開発などを担当するも、魚に携わる仕事を希望し水産物の輸入販売を手掛ける会社に出向した。2013年にFRDジャパンの創業メンバーと出会い意気投合。三井物産から同社のサーモントラウト陸上養殖への出資を実現し、自身も三井物産を退職し参画。美味しい魚が手軽に食べられる世界を実現するべく、陸上養殖の産業化に取り組んでいる。

魚の持つポテンシャルがわかるからこそ感じた可能性

新しいことへの挑戦は周囲に反対されやすいもの。三井物産に勤めていた時、FRDジャパンが計画したサーモントラウト陸上養殖への出資を提案した際も、「陸上では魚が育たないと聞くけど」「先行事例は失敗しているじゃないか」など、反対の声も少なくありませんでした。僕は否定されて落ち込むのではなく、むしろポジティブな気持ちになりました。当時は、サーモントラウト陸上養殖の先進性に気づいている人はごく少数でしたから。

サーモン類は世界的に需要が急増しているのに、養殖生産の約8割をノルウェーとチリに依存し、どちらの国も増産余地が限られていた。「だからこそ陸上養殖にピッタリなんだ」と──。大きなビジネスチャンスだという確信があったのです。それから会社を説得し、2017年に出資の承認を得てから、三井物産を辞めてFRDジャパンに参画したのです。

仕事に活かされている魚釣りの経験

僕の仕事の進め方には魚釣り経験が影響しているかもしれません。魚釣りはエサを垂らして魚が掛かるのを待っているだけのように見えますが、とても奥深い。潮の流れや満ち引き、仕掛け、エサ……いろいろな要因で釣果が大きく変わります。

僕は北海道でイトウを釣るのが趣味なのですが、釣果のほとんどのデータを蓄積しています。イトウの体長、釣れた川や水温や潮汐……。たとえ釣れなくても、データを蓄積することに意味がある。そのデータからイトウや、イトウを取り巻く魚のバイオリズムが見えてくるのが、僕にとっては面白くて仕方ないのです。

13回目の正直。失敗する要因の見つけ方

FRDジャパンに参画し、サーモントラウト陸上養殖を始めた頃は苦難の連続でした。2018年に木更津の新プラント操業をスタートさせるも、一定のサイズまで育つとそこから大きくならないんです。水の入れ替えに依存せず、「バクテリアを活用したろ過装置のみで魚が育つ水質を維持する」ということはそれだけ難しいチャレンジでした。

過去には小規模で一度成功していたものの、それが大規模化したプラントではまったく再現できない。しかもその理由がまったくわからない。失敗要因の仮説を立てては、チャレンジし続けること10回以上。操業開始から3年以上が経過しているにもかかわらず、一度も目標の養殖成績を達成できない、とてもつらい時期でした。

でも、成功を信じてやるしかない。養殖環境に関するあらゆる要素をすべて見直し、このターンで絶対に成功させようと13回目のトライでついにブレークスルー。今では海面養殖よりも短い養殖期間で、魚を収穫サイズまで育てられるようになりました。

今振り返ってみると、期待する結果が得られなかった時、大きな原因があるから失敗したのではと思い込んでいました。実際には複合的な要素が絡み合っていたことが多かった。思い当たる失敗の“点”のみにフォーカスするのではなく、俯瞰して他に修正すべき点はないかと考え尽くすことが大切だと学びました。

アドレナリンが出る仕事をすれば結果が出なくても続けていける

とはいえ、なかなか結果が出ない時にモチベーションを維持するのは大変です。でも、自分にとってアドレナリンが出る仕事をしていれば、成功するまでやめずに続けていけますよね。「釣りの達人は釣れるまで帰らない人のことだ」という話に通じます(笑)。

僕のように「やりたいこと」が明確に見つかっていて、さらにそれが仕事になっているケースは珍しいのかもしれません。実際、三井物産時代の後輩に「人生をかけてやりたいような仕事が見つからない」とよく相談されます。「夢中になれるものがないまま30歳になりました。この先何をすればいいでしょうか?」と。

いっぽう、三井物産を退社して起業した先輩が「やりたいことは見つかるものではない。“決める”ものだ」と言っていたのが的を得ていると思っていて。いろいろな仕事を経験するのも魅力的ですが、僕は「やりたい仕事」に腰を据えて取り組むことの清々しさが好きです。

サーモントラウトの次のビジネスを見据えて

今年7月に200億円超の資金調達についてリリースしました。主な資金使途は年間3500トン規模のサーモントラウト商業生産プラントの建設・運営です。2017年から取り組んできた実証実験が実を結び、ついに商業化にチャレンジすることになります。まだ大規模陸上養殖の収益化事例は世界的にも知られておらず、僕たちが収益化に成功すれば世界初の事例になります。

実は、サーモン以外の魚を陸上養殖することも思案中です。いくつか候補はありますが、どの魚も成功させるための難易度がサーモントラウトよりも高い。今はまだ新魚種への取り組みに多くの時間を割けていないですが、サーモントラウトの生産・販売が軌道に乗れば本腰を入れてチャレンジできる。まだ知られていないけど、抜群に美味しい魚を世界中の食卓に届けたいですね。

陸上養殖では、水温や酸素濃度など、チェックすべき水質項目が50程度あるそう。「これらの要素をすべてベストにしないと魚はうまく育ちません」
陸上養殖では、水温や酸素濃度など、チェックすべき水質項目が50程度あるそう。「これらの要素をすべてベストにしないと魚はうまく育ちません」

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Tomomichi Kuroda /photographs by Yuki Ohashi / edit by Shuko Naraoka

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ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?