アイドルからエンジニア、事業開発へ。「好き」を原動力に突き進む──元アイドル・五十嵐夏菜さん

矢儀田汐理

元アイドルたちの活躍をひも解くと、ビジネスパーソンにも通じるキャリア選択のヒントが隠れているかもしれない──。人材関連サービスを展開するパーソルグループで広報やブランディングを担当する一方、アイドルについて知見をもつ矢儀田汐理氏が、元アイドルのセカンドキャリアを解説する連載の第二回。アイドルグループはっぴっぴ(現:JAPANARIZM)の元メンバー・五十嵐夏菜さんに話を聞いた。 アイドル、販売員、エンジニア、営業など、多彩なキャリアを積み重ねてきた五十嵐さんの、これまでの歩みとは。

大好きなモーニング娘。のオーディション、最終審査を前に辞退

──まずは、アイドル時代の話から聞かせてください。

2016~17年の間、祭囃子系アイドルグループ「はっぴっぴ」で、アイドル活動をしていました。はっぴっぴは、「法被を着てハッピーに」というコンセプトを掲げる、法被姿で日本一楽しい汗をかくアイドル。“キラキラ”な可愛いアイドルというよりは、お客さんと一緒にガッツリ会場を盛り上げ、全力で歌って踊るアイドルでした。

──アイドルになろうと思ったきっかけは?

幼い頃からモーニング娘。が大好きで、物心がついた頃には、「私はアイドルになる!」と思っていました。テレビに映るアイドルの姿を真似して、いつも歌って踊っていました。

──モーニング娘。のオーディションも受けたのですか?

はい。17歳のときにオーディションに応募しました。オーディションには年齢制限があり、17歳がラストチャンス。この機会を逃すまいと、勇気を振り絞って応募しました。その結果、なんと最終選考まで進んだのです!嬉しくてたまらなかったですね。

しかし、最終選考を前に辞退することに……。というのも、これまで家の手伝いや勉強を全然してこなかったため、父から「今の状態でアイドルはさせられない」と反対されてしまったのです。モーニング娘。になる夢は破れてしまいました。

悔しさを原動力にダンスチームを結成、掴んだアイドルへの道

──そこからどのようにアイドルへ?

辞退直後は、モーニング娘。の曲を聞くたびに涙が止まりませんでした。オーディションで隣にいた人はアイドルとして輝いているのに、自分はファンのまま……。とても悔しかったです。

同時に、「何としてでも、ステージに立ちたい!」という思いがこみ上げてきました。泣いていても始まらない。悔しさを原動力に、Twitter(現:X)で仲間を募り、ハロー!プロジェクトのカバーダンスチームを結成。オフィシャルショップに交渉して、店頭のステージでイベントを開催させてもらうこともありました。

そんな活動を続けるなか、あるボイストレーニングの先生に、「新しく立ち上げるアイドルグループのメンバーにならないか」と声をかけていただいたんです。

このチャンスを掴みたいと思い、「これからはしっかり自立して、自分の力でアイドル活動をしていきたい」という覚悟を、父に伝えました。その結果、熱意を認めてもらい、「はっぴっぴ」としてアイドルデビューを果たしました。

アイドル活動と並行して携帯電話販売員に。売上成績は1位

──当時のスケジュールを教えてください。

アイドル時代はライブ、ライブ、ライブの日々でした。週5~6日アイドル活動をする傍ら、週2~3日は家電量販店で携帯電話の販売員もしていました。販売員の仕事があるときには、業務が終わったらそのまま衣装を着てライブに向かっていましたね。

──なぜ販売員の仕事もしようと思ったのでしょうか?

アイドルが好きなのと同じくらい、携帯電話をはじめとするガジェットが大好きでした。

小学生の頃は、ひたすら携帯電話のパンフレットを眺め、暇さえあれば携帯電話ショップに行き、「カタログに書いているこれは何ですか?」と質問していました。店員さんから見たら、迷惑小学生だったかもしれません(笑)。

そのくらいガジェットオタクだったので、携帯電話の販売員にも挑戦しました。

──販売員時代は売上成績1位になったこともあるそうですね。

3000人いる販売員のなかで、2年連続1位になりました。私の1日の接客数は2~3人程度でしたが、ほとんどのお客さんが喜んで購入してくれていました。

接客のコツは、「どうしたら目の前のお客様が喜んでくれるか」に集中することでしょうか。ライフスタイルや家族構成、趣味などを聞き、「端末をこう使うと、もっとお孫さんとの電話が楽しくなりますよ」という具合に、生活を豊かにできるアイデアを提案していました。じっくりと話を聞くので、1人のお客様に3時間ほどかけて接客していましたね。

断られてしまったときでも、「どうしたら喜んで帰ってくれたのだろう」と考えることが、ゲームをするような感覚で楽しかったです。

新たな強みを手に入れるため、プログラミングを猛勉強

──アイドルを引退しようと思った理由を教えてください。

自分がアイドルになってやりたかったことを、やり切ったからです。たとえば、ライブで全国も回ったし、海外公演も、ミュージックビデオを出すという目標も、ありがたいことに達成できました。「武道館でライブをする」といった、もっと大きい夢もありました。しかしそれらは、自分の力だけで実現できるものではなく、事務所の方針も影響するもの。冷静に考えて、このまま続けていても、すぐに叶えられる目標ではないと判断しました。

「今の自分にできることは、全てやり切った。次のステップに進むときだ」と、アイドルを卒業しました。

──アイドルの次は、どのようなステップを思い描いていたのでしょうか?

販売員としての実績を積み重ねるなか、売る側だけでなく、制作側のスキルも得たいと思っていたので、プログラミングを学び始めました。

私は接客する際、「端末でこんなアプリを使うと楽しいですよ」と、アプリの説明を交えて提案していました。つまり、売上1位になれたのは、私ではなく、アプリを作ってくれた人のおかげとも言えます。販売スキルに加えて、ソリューションを生み出す力もあれば、自分の市場価値をもっと高められると考え、アイドルとして活動していた時間をプログラミングの勉強に充てました。

「エンジニアをやりたい」 アプリを自作し、採用面談へ

──その後、クラウド人事労務ソフト開発のSmartHRにエンジニアとして入社されたそうですね。

当時SmartHRの代表だった宮田昇始さんのツイートをTwitterで見て、「ここで働きたい!」と思ったんです。試しにDMを送ったところ、すぐに返信をいただき、カジュアル面談の場を設けていただきました。面談では、好きなことへの情熱が人一倍あること、目標を達成するための実行力があることなどを、アイドル時代の経験と絡めてアピールしました。

さらに、「エンジニアをやりたい」という熱意も伝えたかったので、アプリを自作して面談に臨みました。

──自らアプリを作って面談に臨む方は、なかなかいないのではないでしょうか。

中途採用では、やる気だけでなく、会社へ具体的にどう貢献できるかが重要視されるはずです。「プログラミングを勉強しています」というのは、勉強初日の人でも言えること。もっと説得力のある材料が必要だと思ったので、粗い技術ながらも、目に見える形の実績として自作アプリを持参しました。

入社後、面談を担当いただいた方々に当時の印象を伺ったところ、「技術は未熟だとしても、『テクノロジーが大好きで、エンジニアをやりたいんだ』という熱意が伝わってきた」というフィードバックをいただきました。

また、アイドルや販売員時代の経験についても、目標に対して桁違いにコミットしている点や、その姿勢も高く評価していただいたようです。

プロダクトのよさを広めるべく、営業へ転身

──入社後の仕事はいかがでしたか?

インターンを経て正社員となり、エンジニアとしてプロダクト開発を行っていました。仕事はとても楽しかったですね。

しかし1年半ほど過ぎた頃、このままエンジニアを続けていいのか、迷いが生まれました。高い技術力と情熱を持つプロダクトチームのなかで仕事をするうちに、「こんなに素晴らしいプロダクトを作っているのだから、もっとたくさんの困っている人たちに届けたい」という想いが強くなっていったのです。

「育成枠のエンジニアなのだから、エンジニアとしてもっと成長しなければ」と思う反面、「プロダクトを自分で売り出していきたい」という葛藤が生まれました。

そんななか、「『成長しなければ』と義務感をもっていては、ただでさえ技術力の高いエンジニアたちには敵わないのではないか」と思うようになりました。このままエンジニアを続けるよりも、今の自分が最も熱量高く会社に貢献できるのは、営業なのではないか──。プロダクトやエンジニアの素晴らしさを知っている私だからこそ、お客様にもっと魅力を伝えられるはずだと確信しました。

もちろん、エンジニアとして正社員にまでしてもらったのに、転身をしていいものか、ためらいもありました。しかし上司に相談したところ、快く対応していただき、営業へ転身しました。

──自分の適性を見極めて、柔軟に舵を切ったのですね。営業の仕事はいかがでしたか?

とても楽しかったです。特に私は、まだ営業ノウハウが確立されていない新規プロダクトの営業に、どんどん挑戦していました。新たなプロダクトは、どのように売り出せばよいか、皆が苦悩するものです。なかには、売り方が分からずに、あまり手が付けられていないものもありました。

そこで、プロダクトを腹落ちするまで理解し、「どんな提案をすれば、どんな反応が返ってくるか」を、徹底的に研究しました。その結果、売上目標150%達成という成果を出すことができました。次第に、「営業ノウハウを教えてほしい」と言われるようになり、ナレッジを発信することが、私の新たに提供できるバリューになりました。

──営業として活躍できた理由として、販売員やエンジニアのキャリアはもちろん、アイドル時代の経験も活きているのではないでしょうか。

それはありますね。アイドル時代、たくさんのファンの方々とコミュニケーションをとってきたことで、相手のニーズを掴む力、プロダクトや私自身を好きになってもらうPR力が身に付いたと思います。

特にその力が鍛えられたのは、ライブ終わりのチェキ会(編集部注:主にライブ後に実施される、ファンがアイドルと一緒に「チェキ」を撮影できる特典会)です。チェキ会は1人1分の戦い。「初めまして」の一言から、相手がどんな人物か、心地良いと思ってもらえるコミュニケ―ションは何かを瞬時に分析し、それぞれのファンに適した対応しなければなりません。この経験は、営業や販売員として活躍するうえでの基盤になったと思います。

次の目標は「働く女性のキャリアとライフプランのサポート」すること

──現在は福利厚生プラットフォーム提供のmiiveに転職し、新規事業開発に取り組んでいると聞きました。

miiveでは、働く女性の予防医療を推進するための福利厚生プログラム「Grace Care」の事業開発に、立ち上げから携わっています。

これまで、さまざまな場所で働いてきましたが、女性のキャリア形成がいかに大変であるかを感じていました。たとえば、「仕事に集中して駆け抜けてきた人ほど、年齢を重ねて不妊症のリスクが高まってしまう」というような女性特有の課題に対して、企業は対応しきれていません。それだけでなく、育児や介護など、ライフステージの変化によって仕事との両立に課題を抱える人は、男女問わず大勢いるはずです。

SmartHRでは業務効率化やエンゲージメント向上の側面から働きやすさをサポートしてきましたが、女性をはじめ、多くの方のライフステージに寄り添ったキャリア支援がしたいと思い、起業を検討していました。

そんななか、自分と同じビジョンを抱いていた、miiveの代表に出会ったのです。目標をより早く確実に実現するためには、一緒に事業を行うことが一番の近道だと思い、miiveに転職。そして、第一歩として、「Grace Care」を立ち上げました。

Grace Careは、株式会社グレイスグループと連携して開発した、婦人科検診を通じて女性ならではの身体の不調や病気を早期発見、相談できる予防医療プログラムです。このプログラムを、自分のライフプランを考えるきっかけにしてもらえたらと思っています。

自分の「好き」が、キャリア選択の原動力に

──これまでを振り返って、キャリア選択で大切にしていることは何でしょうか?

やはり、自分の「好き」が原動力ですね。アイドルが好きだからアイドルになったし、ガジェットが好きだから携帯の販売員になり、そこから発展してエンジニアにもなりました。好きなことでなければ、ここまでできなかったと思います。

ちなみに、先日占いに行ったのですが、私はオタク気質の星の下に生まれたそうです(笑)。「好き」のエネルギーでキャリアを築いてきたことは、私の特徴かもしれません。

──最後に、キャリア選択のアドバイスをお願いします。

ぜひ「やりたい」という直感を信じて、行動を起こしてほしいです。その後にどんな結果が待っていようとも、自分が選んだ道は、自分で正解にできます。自分を信じて行動することで、理想の未来に近づけると思います。

【取材を振り返って】

多彩なキャリアを経験してきた五十嵐さんですが、どのフェーズでも、主体的に自分の目指したい道を選んでいる点が印象的でした。やりたいと思ったら、やってみる行動力。そして、やってみて違うと思ったら、すぐに方向転換できる決断力の速さが、キャリア形成にも影響しているのではないかと思います。

そして、アイドル時代に培ってきたコミュニケーション力や分析力、PR力が土台にあったからこそ、営業や販売員の仕事において、存分に成果を発揮できたのではないでしょうか。

キャリア選択において「今の仕事や働き方を変えるのは怖い」と、変化を恐れる気持ちは生じるものです。しかし、世の中の状況が目まぐるしく変化していく現代において、自分の生き方や働き方を柔軟に転換できることは、新たなチャンスを掴むきっかけになるかもしれません。

text by shiori yagita / edit by Tomoro Kato

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