体験不在の時代に五感で抗う、世界的料理人、松嶋啓介。「現場主義」と「越境」

Ambitions FUKUOKA編集部

福岡で生まれ育ち、フランス・ニースで世界から評価された料理人が、原点に立ち返る。文化的価値に根ざした活動を模索し続けた結果、太宰府の地で2回の「食サミット」を開催。松嶋啓介氏の言葉と実践には、「豊かさ」を再考し、福岡の可能性を再定義する問いと示唆が詰まっている。

松嶋啓介

シェフ

福岡県太宰府市出身。20歳で渡仏。フランス各地で修業を重ねたのち、25歳でニースにレストラン「Kei’s passion」をオープン。3年後、外国人として最年少でミシュラン一つ星を獲得。その後店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改める。2010年、フランス政府よりシェフとして初かつ最年少で「芸術文化勲章」を授与、2016年には同政府より「農事功労章」を受勲。日仏の食文化を守り、本当の豊かさを学ぶ料理教室のほか、各種講演会も行っている。

自然との共生体験が、シェフとしての原点に

福岡は山も海も身近にある豊かな土地柄で、その恵まれた環境が僕の原点です。父方の実家は農業を営み、自家用の畑や田んぼがあり、米や自然薯などもとれて、養鶏場もありました。

正月には親戚総出で鶏をしめて刺し身にしたり、とれたもち米で餅つきをしたり。春には田植え、秋には収穫。夏は山でキャンプをして、自分たちで薪を割り、火を起こしてご飯を炊き、料理を作る。釣りにもよく行きました。祖父母にお小遣いをもらうには畑仕事を手伝うという条件があって(笑)、自然と戯れながら育った経験や、恵まれた食材に触れる機会が多かったことで、必然的に食に興味を持つようになりました。

1977年に生まれ、育ったのは80年代のバブル真っ只中でした。「24時間働けますか?」とリゲインのコマーシャルが流れていて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、日本全体がこれからも成長し続けることを誰も疑わなかった時代。団塊世代の父がサラリーマンとしてモーレツに働く姿を見て育ちました。

家でテレビを見ていると、イタリア料理店やフランス料理店が次々と東京にオープンするニュースが流れていて、興味をかき立てられたのを覚えています。そんな中、「フランス料理でもやればいいんじゃないか」という母親の何気ない言葉が、人生を決める一言になりました。小学校の卒業文集には「将来は有名なシェフになる」と書きました。

幼少期からの自然との共生体験が今の僕の土台になっています。自然とともに生き、気候や風土とともに食を学び深めたい。食材を大切にして、背景のストーリーを料理を通じて伝えたい。ずっと、ブレない志で突き進んできました。

経済合理性が先行する世の中で、当たり前の日常を問い直す視点や「体験」の本質、食材を育んだ人々との関係を忘れずに意識することがこれからますます重要になる。そう感じています。

本物を知りたい「現場主義」。新たな街の巡り方

ヨーロッパ人として初めてアメリカ海域に到達したコロンブスの漫画を読んで、子どもの頃から漠然と海外に行きたいという思いがありました。文字面だけの知識だけで満足せず、オリジンやルーツを自らの目と足で確かめに行く「現場主義」を貫いています。

九州にはヨーロッパとの深い関わりがあります。たとえば長崎の名物カステラはポルトガルから伝わったものだというのはご存じですよね。しかし、そのルーツを学びに行く人は少ないのではないでしょうか。僕は子どもの頃にハウステンボスや長崎オランダ村に連れて行ってもらった思い出を胸に、本物を知りたくて、大人になってアムステルダムに行ってみました。ホテルの質やサービスの高さに驚き、文化の豊かさを実感しました。

新たな土地に赴く際は、下調べするとバイアスがかかるので、事前に詳しく調べず、スマホの位置情報をオフにします。僕の場合は自分の五感をクリアにして、ジョギングしながら街を感じ取り、後から気になった物事を調べて情報を当てはめるようにしています。

「アジアNo.1」を目指そう。ニースから、福岡への提言

僕は地中海に面した風光明媚な南仏・ニースを拠点にしています。パリではなくニースを選んだ理由は、何より、海が綺麗だったからです。我が子が生まれるタイミングで自分自身を見直し、福岡で生まれ育った幼少期の環境が今の自分を支えていると実感。我が子にもふるさとの自然に近い環境を味わってほしくて、ニースを選びました。F1のモナコグランプリやカンヌ国際映画祭などのタイミングでニースを訪れる方が非常に多く、観光需要が高いことも大きな決め手となりましたね。

土地のアイデンティティを知るには、歴史的・地理的なバックグラウンドを掘り下げる必要があります。ニースはかつてサルデーニャ王国サヴォイア家の領地でしたが、1860年、フランスに併合されました。そんな背景があり、ニースにはイタリア的な魅力もあり、保養地として世界からたくさんの人が訪れます。福岡の経済規模はニースより圧倒的に大きいのですが、世界的な認知度という点ではニースの方が高いのではないでしょうか。

僕は日本人ですが、同時にニースの人として、フランス人として、さらにはヨーロッパ人としての自覚も持つようにしています。ニースは地中海の北岸ですが、南岸はイスラム圏。海を越えればすぐ北アフリカ。沿岸にはさまざまな文化背景を持つ人々がおり、多様な視点を持つことが求められます。

確実に都市化が進む福岡。福岡は暮らしやすく、自然環境にも恵まれている。Uターン、Iターンの人が増えているのは喜ばしい傾向です。とはいえ「東京のかっこよさ」をそのまま福岡に持ち込み、マネをするだけでは、福岡の個性が埋もれてしまうのという危機感があります。厳しいことを言うと、一部の方は福岡の恵まれた環境にあぐらをかいて、むしろ福岡の魅力を消費しているのではないかと感じることがあります。

福岡のみなさん、新しい“北極星”を掲げませんか。メディアを含め、多くの人はまだ「東京を基準に福岡を見ている」傾向がありますが、東京に憧れるのではなく、より広い視点、未来志向で「アジアから憧れられる都市」を目指すべきではないかと思います。福岡は上海や釜山、ソウルなどアジア主要都市へのアクセスが非常に便利だという地理的優位性があります。福岡は「日本一」ではなく、「アジアNo.1」を目指すべきです。この点はかねてよりさまざまな場面で訴えるようにしています。

アジアでは若年人口が急増し、購買力も高まっています。福岡を起点に、そうした人々を巻き込みながら独自の文化圏を形成し、新たなプロジェクトやビジネスを展開しませんか。九州の自然が育む人間形成は非常に強力で、世界に出ても通用する能力だと感じています。チャレンジしようという思いがある方は、恐れずに、ぜひ早い段階で一度海外へ飛び出してみてほしいです。

text & edit by Aki Hayashi / photographs by Yasunori Hidaka


Ambitions FUKUOKA Vol.3

NEW BUSINESS, NEW FUKUOKA!

福岡経済の今にフォーカスするビジネスマガジン『Ambitons FUKUOKA』第3弾。天神ビッグバンをはじめとする大規模な都市開発が、いよいよその全貌を見せ始めた2025年、福岡のビジネスシーンは社会実装の時代へと突入しています。特集では、新しい福岡ビジネスの顔となる、新時代のリーダーたち50名超のインタビューを掲載。 その他、ロバート秋山竜次、高島宗一郎 福岡市長、エッセイスト平野紗季子ら、ビジネス「以外」のイノベーターから学ぶブレイクスルーのヒント。西鉄グループの100年先を見据える都市開発&経営ビジョン。アジアへ活路を見出す地場企業の戦略。福岡を訪れた人なら一度は目にしたことのあるユニークな企業広告の裏側。 多様な切り口で2025年の福岡経済を掘り下げます。

#働き方

最新号

Ambitions FUKUOKA Vol.3

発売

NEW BUSINESS, NEW FUKUOKA!

福岡経済の今にフォーカスするビジネスマガジン『Ambitons FUKUOKA』第3弾。天神ビッグバンをはじめとする大規模な都市開発が、いよいよその全貌を見せ始めた2025年、福岡のビジネスシーンは社会実装の時代へと突入しています。特集では、新しい福岡ビジネスの顔となる、新時代のリーダーたち50名超のインタビューを掲載。 その他、ロバート秋山竜次、高島宗一郎 福岡市長、エッセイスト平野紗季子ら、ビジネス「以外」のイノベーターから学ぶブレイクスルーのヒント。西鉄グループの100年先を見据える都市開発&経営ビジョン。アジアへ活路を見出す地場企業の戦略。福岡を訪れた人なら一度は目にしたことのあるユニークな企業広告の裏側。 多様な切り口で2025年の福岡経済を掘り下げます。