ヘルスケアベンチャー・CUCが、人材育成に投資する理由【成長企業の人的資本経営#2】

細田 薫

住友商事で海外M&Aに長年従事したのち、再生医療関連事業を手がけるスタートアップ、セルソースにて人事責任者を務める細田薫氏による寄稿シリーズ。 今回は、2014年に創業し、従業員規模約4000人へと急成長を遂げた、ヘルスケアベンチャー・シーユーシーのCHRO松浦俊雄氏へのインタビューが実現。パチンコメーカーからキャリアをスタートし、リクルート、CCCとキャリアを積み、人的資本の実践に取り組んできた同氏のキャリア観と、スタートアップCHROが考える最新の人事・人的資本論を掘り下げた。

松浦俊雄

株式会社シーユーシー 執行役員 CHRO 兼 人事部 部長

早稲田大学法学部卒業。遊技機メーカーを経て2007年にリクルート入社。グループマネジメント、基幹人事、グループ再編の企画・実行などを担当。2014年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。人事部門責任者として人・組織の課題解決を推進し、2020年からは社長室長を兼任。2022年11月に株式会社シーユーシー入社。翌2月に人事部長、6月に執行役員CHROに就任。

「安定」に違和感を覚え、やり直した就職活動

──キャリアのスタートはパチンコメーカーなんですね。

私の父が保険会社に勤めていたので、私も同じ道に進もうと思い、幾つかの保険会社から内定をいただくことが出来ました。それを友人たちに話したら「安定していて、いいね」という反応を貰ったんですね。その反応を見て強烈な違和感を覚え、「いや、自分が求めるのはそういうことではないぞ」と思い、就職活動を続けた結果、たまたまご縁のあった株式会社平和に入社しました。

平和では総務に配属された後、自分で手を挙げて社内報PJを立ち上げて創刊。以後、7年にわたり社内報の編集に携わりました。その間、社外広報でも多様な企画を実行し、取材対応・広告企画・イベント運営……と、本当に色々やりました。その後、経理や経営企画、開発製造部門の経験もさせていただき、社会人としてのベースが出来上がったと感じます。

──「人事」という領域に触れるようになったのはリクルートからですか?

34歳でリクルートに転職後、リーマンショックが起き、36歳の時に「構造改革PJ」の事務局になりました。この時のメイントピックが「人事」で、初めて人事というものに触れました。今、同年代で人事に携わっている方々と比べると、かなり遅い方だと思います。

この時、「経営層と現場だけでは会社は上手く回らない」ことも再認識し、「その間をつなぐリーダー陣・マネージャー陣を育成すること」の意義と面白さを感じ、人事領域にのめりこんでいきました。

リクルートグループのホールディングス化・分社化といった組織再編も、人事企画の立場から推進し、現在につながる糧を得ました。

──カルチュア・コンビニエンス・クラブでは人事責任者の傍ら、社長室長もご経験されています。

創業社長(現在は、会長)の増田宗昭氏の社長室長を担いました。毎朝家までお迎えに上がり、会社に向かう車中でその日の予定やポイントをレビューする所から一日が始まりました。

「経営」にどっぷり漬かった時期でもありました。増田社長(当時)が使われていた「傘」の喩えがとても印象に残っており、今もとても意識しています。

少し説明をすると、人が傘を差しているところをイメージしてください。経営層は「上から」その姿を見ていると。そうすると、如何にも綺麗でつややかで、何も問題が無いように見えますよね。ですが、現場は傘を「下から」見上げている。上からでは見えない色んなものが見えているわけです。

つまり、経営層は放っておくと「上から」見える姿で満足してしまうので、とにかく現場から見える風景を意識することにも腐心しろ、という話ですね。

相手・メンバーと「頭の中のイメージ」が同一であるように

──お話を伺っていると、各所各所で、異なる分野の新しい課題に取り組まれています。そのエネルギーはどこから?

これは取材では話したことがないのですが(笑)、人生の転機が高校受験でした。私の「ライフラインチャート」がこれなのですが、凄いネガティブから始まっているでしょう(笑)。

当時私は、体も細く運動が苦手な中学生でした。ひょうきんな性格でしたので明るく振る舞ってはいましたが、クラス内でいじられることもあったんですよね。そんな中、塾(現東進ハイスクール)で永瀬先生という”数学の神様”に出会ったんです。

当時は塾のクラスも下の方だったのですが、たまたま永瀬先生の授業を聞き、「この人の授業をどうしても受けたい!」と思い、その想いだけで必死に勉強し、永瀬先生が教えている一番上のクラスまで辿り着けました。

その時に、先生から「ほら、無理だと思っても、頑張ればここまで来れたじゃないか。自分の環境は自分で変えられるんだよ」と言われ、その時の言葉が今でも残っています。この時の原体験があって、どんな新しいことや大変なことにも取り組めている気がします。

──松浦さんは以前、これまでのキャリアで得た「3つの価値観」をお話しされていましたが、まさにその1つですね。

はい、まさにです。残りの2つは「コントロールできないことで悩まない。コントロールできるサイズに切り分けてベストを尽くす」と「正しいことをする」ですね。

組織で働いていると、「私は、上司に評価されているのだろうか」とか、色々悩みを持つ人もいますよね。ですが、往々にして「どうにもならないこと」で悩んでいるケースが多く、それは余り意味のないことだと思っています。

今、会社は何が課題なのだろう? 上司は何を求めているのか?といったことは取材をすれば分かります。その上で、自分のテーマに引き寄せて分解していくと、「コントロールできなかった」ことも、「コントロールできるサイズ」となり、そこでベストを尽くせば、結果として評価も得られます。なので、「悩んだら切り分ける」ことをメンバーにも勧めています。

3つ目の「正しいことをする!」は、言い換えると「ダサいことはやらない!」ということですね(笑)。

──僕はリーダーの必須要素に「さらけ出し」があると思っていますが、中々これが出来るリーダーは多くないです。ですが、松浦さんは価値観やモチベーショングラフなど、「ありのまま」をさらけ出されています。こういうことをやろう、と思ったのはなぜですか?

「それぞれの理解を同じくする」、言い換えると「”頭の中のイメージ”を同じにすること」は、仕事を一緒にする上で物凄く重要だと思っています。

これは、社会人1年目で社内報編集委員会を立ち上げた時の経験が大きいと思います。社内のことなのに、自分が書いた原稿では思うように人に伝わらない。当時の上司に「真っ赤っ赤」に直された原稿は、本当に腹立たしかったけれども(笑)、誰が読んでも分かる原稿に生まれ変わっていました。

この時に「伝えたつもり」の怖さと意味の無さを悟り、そうした経験もあって「この人と自分の頭の中のイメージは同じになっているか?」と、自らにも問うようになりました。

私の言葉も、「今の私」だけじゃなくて、「これまでの経験をしてきた私」の言葉です。ですが、多くの人は「今の私」しか知らない。それで勝手に理解されても意味がありません。

なので、過去の経験についても、コンテキストも含めてお伝えするようにしています。

社会全体・会社全体を見てこその「人事」

──そんな松浦さんが考える「人事」の機能はどのようなものですか?

人事部門は「経営」「社会」「社員」「事業」の4つに向かって矢印が走っていると思っていて、それをこの一枚を使って説明しています。

──とてもまとまっている一枚だと思いますが、特にこの「経営層に時代背景や外部環境を伝える」という機能を掲げている人事の方に初めて出会いました。

一番大事なところに気付いてくださり、ありがとうございます(笑)

この真ん中の所を「経営企画」や「広報」といった単語に置き換えても大きな違和感が無いと思います。私も、それがとても重要だと思っているんですね。

つい「人事」という部署にいると「ヒト」に紐づいたことに集中してしまいます。ですが、俯瞰して会社全体、若しくは社会全体を見渡すことを忘れてしまうと、ややもすると自己満足に陥ってしまうので、意識的にこうした言葉に込めました。

──「経営企画」や「広報」もまさに過去のご経験にありますね。

まさに、広報は平和で、経営企画はそれぞれの会社で経験してきました。そういった経験があるからこそ、「人事」という言葉に囚われない定義が出来ているのかもしれません。

創立10周年の今、改めて「育成」にフォーカス

──そんな松浦さんが今、CUCで特に力を入れている領域はどこでしょう?

2024年のCUC全社のテーマが「育成」なんです。人事部門、ではなく全社のテーマが。年初の書初めで、「今年の漢字」にも「育」と書きました。そのくらい、今年は人材育成、人材開発に力を入れて行こうと思っています。

CUCは創立10周年の、まだまだスタートアップ。創業1年目から新卒採用はがんばってきたのですが、中途採用も含めた採用全体で見ると「即戦力」採用の色が濃いので、マネジメント層・マネージャー層を見ると、どうしても中途採用の比率が高くなります。

今年は、「このサイクルを変える」転換点にしていきたいと考えています。具体的には、「次のマネージャー候補」を各部門でもリストアップするなど、人材の棚卸を行っていますが、その担当を中途採用・HRBPチームにやってもらっています。

「こういう人材が欲しい!」と部門からリクエストが入ったら、採用するだけではなく、「社内にも適任者がいるぞ」であれば、その方にその役割を担っていただき、その後任を採用しよう」といった変化につなげていくことも期待しています。

──なるほど、まずは「今どういう人材がいるか」の再整理を行っているのですね。

はい、その通りです。そして、今年の2月に人材開発チームを新たに立ち上げました。「本気で人を育てるぞ」という社内へのメッセージも込めて。

マネージャー層に新卒採用の社員を任用する。その後任候補のポストに、次の世代の新卒採用者を育てて送り込む。こうした循環を持続していくことで、マネージャーが中途採用一辺倒ではなくなり、より健全な組織体制になると思っています。

先日、グループ会社の社長ポジションを社内公募しましたが、役員プレゼン等の審査を経て、新卒入社の20代の社員を選任。グループ最年少の社長も誕生したんですよ!

「良質な人材育成サイクル」を作ることが、CUCの更なる成長に貢献すると信じています。

編集後記

私は「その方の素晴らしいパフォーマンスや人間性は、どう”原体験”と繋がっているのか」を解き明かすことを強く意識して取材を行います。しかし、松浦さんは既にその言語化が終わっているどころか、メンバーに対する自己開示までされていて、取材が大変にスムーズに進んでしまいました笑

そして、この「自己についての言語化力」と「自己開示力」こそが、松浦さんの魅力であり、更にはCUCの企業力に繋がっていると確信しました。

同じ「医療」に携わる仲間として、「人的資本」の質を高め、共に社会に貢献していければと思います。

edit by Keita Okubo

#人的資本経営

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