第40話:職人とAIの融合【100話で上場するビジネス小説】

YO & ASO

これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。

北山製作所の工場内は、久しぶりに活気に満ち溢れていた。増井と有田は社長の息子であり、工場長を務める北山健二と共に、新型アクチュエーターの量産化に向けた試作に取り組んでいた。

「難しいなぁ…」

健二は、眉間に皺を寄せながら顕微鏡を覗き込んでいた。

「父の時代は、この工程はすべて手作業だったんだ。熟練の職人なら、一日で数十個は作れたらしいけど。」

健二は、ため息交じりにそう言った。
松田教授の開発した新型アクチュエーターは、従来のものよりもはるかに複雑な構造をしていた。微細な金属部品をミクロン単位の精度で組み立てる必要があり、高度な技術と熟練の技が求められる作業だった。

「もう今は、そんな熟練の職人はいません。機械化を試みたこともあるけど、機械じゃどうしても精度が出ない。」

健二の言葉には、諦めにも似た苛立ちが感じられた。

「諦めるのは早いですよ、健二さん!」

有田は、健二を励ました。

「増井さんなら、きっと、何か良い方法を見つけてくれるはずです!」

有田は、増井に視線を向けた。増井は黙って作業の様子を観察していた。彼の頭の中では様々なアイデアが渦巻いていた。

(教授のアクチュエーターは、確かに素晴らしい。しかし、このままでは、量産化は難しい。北山製作所の技術を持ってしても、コストも、時間も、かかりすぎる。)

増井は、北山製作所の職人たちが長年培ってきた技術と、最新のテクノロジーを融合させる方法を模索していた。

「そうだ! データ解析だ!」

増井は、閃いたように声を上げた。

「健二さん、この工程で最も難しいのは、どの部分ですか?」

増井は、健二に尋ねた。

「ここだな。この微細な部品の角度調整が一番難しい。ほんの少しのズレが全体の精度に影響するんだ。」

健二は、ピンセットで小さな金属部品を指し示しながら、そう言った。

「その部分の作業を、少しだけ私にやらせてもらえませんか?」

増井は、健二からピンセットを受け取ると顕微鏡を覗き込んだ。

「増井さん、大丈夫ですか? それは、熟練の職人でも苦労する作業ですよ。」

健二は、心配そうに言った。

「ちょっとやってみます。」

増井は、静かにそう答えた。

増井は、かつてのデータ分析の仕事で培った観察眼と分析力を駆使して、職人の動きを細かく分析し始めた。そして、あることに気づいた。

(この角度調整、実は、ある一定のパターンに従っている?)

増井は、すぐにノートパソコンを取り出すと、作業の様子を動画で撮影しデータ化し始めた。

「増井さん、何を?」

有田と健二は、増井の行動を不思議そうに見ていた。

「少し、実験してみます。」

増井はそう言うと、集めたデータを元にAIによるシミュレーションを開始した。

数日後、増井は興奮した様子で、健二と有田にシミュレーションの結果を報告した。

「この角度調整、もしかしたら、AIで自動化できるかもしれません!」

増井の言葉に、健二と有田は目を見張った。

「え? どういうことですか?」

有田は、理解できない様子で尋ねた。

「職人の動きをデータ化しAIに学習させれば、この微細な角度調整を自動で、しかも高精度で行うことができるかもしれないんです!」

増井は、自信に満ちた表情でそう言った。

「しかも、AIによる制御なら作業時間も大幅に短縮できる。コストも大幅に削減できるはずです!」

増井の説明に、健二は驚きを隠せない。

「そんな、まさか。」

「本当です! 実際に、試作品を作ってみましょう!」

増井は、早速、AI制御による自動化システムの設計に取り掛かった。北山製作所の持つ古い工作機械と、最新のセンサー技術。そして、増井が突貫で開発したAIライブラリを組み合わせることで、職人の技を再現する、新たな製造システムのプロトタイプが誕生した。

「まさか、う、うごいた…!」

健二は、自動で動く工作機械を、信じられない思いで見つめていた。

「すごい。まだまだバラつきはあるけど、本当に、自動で、角度調整ができてる…」

有田も、感動を隠せない。

「あとは、データセットを精査してAIの学習を繰り返していけば、完全自動化できる気がします。」

増井は、自信を持って答えた。

「しかし、すごい。何年も前に、父が大きな投資をしてシステム会社に自動化の依頼をしたときは、どれだけ開発費をかけても自動化の見通しが立たなかったのに。増井さん、あなたは天才なんですか?」

健二が心からの感心とともに質問をすると、増井は謙遜しながら答えた。

「そうです。私は天才なんです。と言いたいところなんですが、健二さん。その自動化の開発を試みたのは、数年前とおっしゃいましたよね? AIの世界は文字通り日進月歩で、ここ数年で、他の産業分野になぞらえれば数十年分の進化が起こっています。数年前だったら不可能な自動化も、いまでは一般公開されているAIライブラリを組み合わせただけでも相当な精度で実現をすることができたりするんです」

「そうだったのか、自分たちはこんなにも世界から取り残されていたと思い知りました。」

増井が作り出したプロトタイプは、見事に、高精度なアクチュエーターを作り出しつつあった。しかも、従来の半分以下の時間で、コストも大幅に削減できる可能性を示唆していた。

「やはり増井さん、あなたは天才だ!」

健二は、感激のあまり、増井の手を握り締めた。増井は、照れくさそうに笑った。

「いえ、すごいのはみなさんです。北山製作所の職人さんたちが、長年かけて築き上げてきた技術の賜物です。私は、それを少しだけ現代風にアレンジしただけですから。」

増井は、謙虚にそう言った。増井たちは、すぐにこの結果を、松田教授と五十嵐に報告した。

「な、なんだって!? 量産化の目処が立っただと!?」

電話口の松田教授の声は、興奮で震えていた。

「しかも、コストも、大幅に削減できるだと!? こ、これは、すごいぞ! 増井君、君たちは本当にすごいことを成し遂げたんだ!」

五十嵐もまた、喜びを爆発させていた。

増井、有田、健二、松田教授、そして、五十嵐。それぞれの想いが、技術と情熱によってひとつに結ばれた瞬間だった。

彼らの挑戦は、新たなステージへと進もうとしていた。

一方、その頃。

飯島は、自らのオフィスで苛立ちを募らせていた。

「なぜ、まだ、増井たちのプロジェクトは潰れていないの?」

飯島は、森本に増井たちのプロジェクトを妨害するよう命じていた。しかし、森本はなかなか具体的な行動に移そうとしなかった。

(森本、まさか裏切った?)

 飯島は、森本を疑い始めた。彼女は、目的のためには手段を選ばない女だった。そして、彼女は森本を見張ることにした。

(森本、もしもあなたが私を裏切ったのなら、許さないから。)

飯島の瞳の奥に、冷たい光が宿った。

増井たちのプロジェクトは、順調に進んでいるように見えた。しかし、彼らの背後には、暗い影が、静かに忍び寄っていた。

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