DXを台無しにする、経営者の「前例がない」病

Ambitions編集部

今、日本企業はこぞって中期経営計画にDX、組織変革、ダイバーシティ、新規事業開発を盛り込んでいる。しかし「変革」ということばを盛り込んで、どこか満足していないだろうか。現場でコツコツ仕事に取り組む社員の、日々の業務にどれだけ思いを馳せているだろうか。連載「日本企業の突破口。沢渡あまね、経営者に物申す!」では、主に日本の大企業へ向けた変革人材の育成や、組織課題解決を行うプログラム『組織変革Lab』を主宰する沢渡あまね氏に、経営者自身が日本企業を変えるための突破口をどう切り開くべきか聞いていく。

CASE 2 IT人材を悪気なく潰す経営陣

仕事柄多くの「大企業病」に罹患した組織を見てきましたが、ここにきて喫緊の課題だと感じているのが、「IT人材を悪気なく潰す、旧態依然な考え方のままの経営者」です。

中期経営計画に「DX」と掲げているにもかかわらず、ITツールやインフラ投資の願い出を部門長や経営者がはねのけてしまう。「前例がない」「セキュリティは万全か」「費用対効果を示せ」といった経営者の理不尽な抵抗のせいで、優秀なIT人材がどんどん無力化している、そんな悲鳴が現場から多数聞こえてきます。

このような経営者の多くは、いまの事業を現場で回して成長させ、日々のキャッシュを生む収益の柱を確立してきたベテラン層。彼ら/彼女らは過去の成功体験にとらわれて、新しいことになかなか目を向けようとしない傾向にあります。この状況は企業にとってリスクでしかありません。

変わるつもりがないなら退場する勇気を

企業経営において、主力事業にまい進しながら未来の新しい事業を生み出していく「両利きの経営」が重要といわれます。これからの利益をつくる新規事業は、過去の成功パターンの延長線上にはありません。あらゆる事業にトランスフォーメーションが求められる中、これまでうまくいっていた領域から「越境」し、時間をかけて新しいビジネスモデルを育てていくことが重要です。

もう何年も「先行きが見えない」「これまでの常識が通用しない」と手を変えことばを変え叫ばれているのに、新しい意見を取り入れようとしない経営陣に明るい未来の創造を期待できるでしょうか。DX人材を1,000人採用する、3,000人育成すると大々的に掲げるのは良いですが、一方で経営陣が改革のボトルネックになっていないでしょうか?

価値観をアップデートできない人たちには経営の表舞台から降りてもらい、新しい能力や価値観を持った人材を抜擢してもいいのです。若手や女性、エンジニア、デザイナーなどこれまで意思決定層にいなかった優秀な人材を登用するのもひとつの方法です。

脱「仲良しクラブ」から生まれるもの

では、経営者はどうすればいいか。一番重要なのは、部門長や経営陣など視野が狭くなりがちな意思決定層にこそ、社外へ出ていまの世の中を学んでもらうこと。同じ価値観の人同士が集まった「仲良しクラブ」の中では、なかなか意識は変えられません。経営者が外に出て他社のやり方を知り、自社の良い点と改善点を体感してほしい。いっそ経営者が全く違うジャンルヘ越境して学ぶことを仕組み化するのも良い方法だと思います。

何よりも、最も改革につながるのは経営者自ら動くことです。例えば愛知県碧南市にある自動車部品メーカーの旭鉄工では、トヨタ自動車から転身した若手社長が就任とともにITツールの導入をけん引して会社を変えていきました。社内のやり取りをSlackへ移行し、社長のスケジュールも社員と共有。製造ラインに磁気センサーを設置して、稼働データを収集し、約300あるラインの見える化を実現しました。その結果、製造ラインの稼働率アップと休日出勤ゼロを成し遂げ、約4億円の労務費を削減したのです。

しかも試行錯誤する中で気付いた「中小企業向けのloTツールが足りない」という課題を商品化。独自ソリューションを開発して導入コンサルティングを行う新会社まで設立し、新しいビジネスを展開し始めたのです。これぞまさに「両利きの経営」ではないでしょうか。

現場から変革を起こす3つの方法

この連載は現場の社員のみなさんも読んでくださっているとのこと。ITリテラシーの低い経営陣に悩まされているなら、次の3つを実践してみることをお勧めします。

1. 社外のインフルエンサーを呼んで社内世論を形成する

現場の社員が経営陣に現状を指摘するのはハードルが高いですよね。ならば社外の人をうまく活かしましょう。組織改革の有識者を招いて有志で勉強会やセミナーを開催するのも有効です。社外の人から率直に物申してもらい、変化のうねりを起こしましょう。

2. 「横」でつながり合意形成する

社内には同じ考えを持つ人が大勢いるはず。部門を越えた横のつながりをつくれば、共に声を上げやすくなります。社外のオンラインコミュニティで仲間を見つけ、他社の事例やノウハウを収集して「越境」することもできるでしょう。

3. まず動いて権限を引き寄せる

チーム内でチャットを導入する、廉価なクラウドサービスでデジタルマーケティングを始めるなど、現場レベルでできそうなことにまず取り組み、既成事実をつくってしまうのもお勧めです。そこからの成果や学び、反省点をどんどん発信して、他部署や経営者に伝播させましょう。

経営者も現場の社員も、半強制的に社外を見て、変わるために動き始めましょう。

これで解決!

「越境」して社外を眺め、古い価値観のアップデートを

(2023年1月20日発売の『Ambitions Vol.02』より転載)

沢渡あまね

あまねキャリア株式会社 代表取締役CEO

作家、組織開発&ワークスタイル専門家・企業顧問。DX白書2023有識者委員、株式会社NOKIOO顧問、日系大手企業 人事部門顧問ほか。日産自動車、NTTデータなどで、広報・情報システム部門・ITサービスマネージャーを経験。現在は全国の企業や自治体で働き方改革、マネジメント変革、組織開発の支援・講演・執筆・メディア出演を行う。「組織変革Lab」主宰。趣味はダムめぐり。

text by Riko Ito / photograph by Takuya Sogawa / edit by Kanako Ishikawa

#組織変革#DX

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ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?