会社の実態が“バレる”時代、情報発信で人的資本経営をエンパワー

Ambitions編集部

2023年、日本のビジネスシーンは人的資本経営「実装」フェーズに突入した。しかし、何かがおかしい。目にしない日はないほどトレンドワードと化しているものの、「開示」という行為に話題が集中しており、「人的資本」は何なのか、何が「経営」に関係するのか、軸となるものが見えてこないのだ。さらにその中では働き方改革、ジョブ型雇用、リスキリング、ジェンダーなど複数の話題が語られ、混乱をきたしている。 人的資本経営とは、つまるところ何なのか。すべてのビジネスパーソンが自身のイシューとしてこの問題と向き合うため、人的資本経営の課題と本質を探っていくのが特集「人的資本経営の罠」だ。今回は、日本における人的資本経営の先進企業、サイバーエージェントのケースを解説する。自社の取り組みに応用できるヒントを探してほしい。

曽山哲人

株式会社サイバーエージェント 常務執行役員 CHO

1998年株式会社伊勢丹入社。紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。1999年株式会社サイバーエージェント入社。インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長。現在は常務執行役員CHO(最高人事責任者)として人事全般を統括。

株式会社サイバーエージェント

  • メディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業、投資育成事業ほか
  • 従業員数 6337人(連結、2022年度時点)
  • 売上高 7105億7500万円(連結、2022年9月期)

社員の意思表明を促し、最適な抜擢を実施

創業した1998年当初から「経営資源の中で競争優位性が高いものは“人”である」と定めているサイバーエージェント。人的資本経営がうたわれるようになる前から、従業員の持つ才能を開花させることに力を注いできた。常務執行役員 CHOの曽山哲人氏は 「社員の才能を大きく花開かせることができれば、結果的に会社の業績も上がる」とその意図を話す。

人材の才能開花のために実行している施策が「抜擢人事」だ。サイバーエージェントでは、積極的に従業員に役割を与え、プロジェクトを任せる方針をとっている。従業員は役割と権限を渡されることで、自分たちが何のために何をすべきかを自主的に考え、決断するようになる。その結果、たとえプロジェクトが失敗したとしても、そこまでの過程が大きな学習の機会につながり、人材の成長スピードが加速するのだ。

エンゲージメント向上のためにツールも開発

「社内の優秀な人材を抜擢するにあたって、社員のコンディション把握ツールの『GEPPO』を自社で開発したほか、『キャリチャレ』という社内異動公募制度を設けています」。どちらもメンバーが仕事でやりたいことなど自らの意思を表明する場を提供するためのもの。従業員一人ひとりが将来のビジョンを持ち、会社に対して公開(制度への応募やツールへの記入)している状態をつくることで、新規事業が始まる際などに思いを持つ最適な人材をアサインしやすくなる。「実際、キャリチャレに応募された異動希望の7〜8割は実現しています」と曽山氏。

新規事業の取り組みが盛んであり、優秀な若手をグループ会社のトップに引き上げる取り組みが注目されることの多い同社。従業員一人ひとりの声に向き合う地道な施策と、集めた意見を形にする大胆な人事戦略の両輪がそれを可能にしているのだろう。同社によると、社内で実施するストレスチェックで「働きがいがある」と回答した従業員の割合は、2022年度は88.6%にも上っている。

現在はグループで6000名以上の従業員が集まる巨大企業へと拡大したサイバーエージェント。組織が大きく、複雑になるほど、従業員の声を集め、不平等なく人事施策に組み込んでいくことは難しくなる。そこで着目しているのがデータの活用だ。

「例えば『GEPPO』では5つの天気マークでコンディションを回答してもらいますが、それぞれのマークに点数を割り振って、得られた回答をスコア化して定量的に把握しています。人事データは定性的で扱いが難しいですが、社員のコンディションを数字に置き換えることで、部署全体のコンディションが見えるようになります。次のステップとして、勤怠や労働時間といったデータと社員の仕事のパフォーマンスとの相関性を探っているところです」

カルチャー醸成のヒントは「言語化」にあり

サイバーエージェントが人的資本経営において最も重要視していることが企業のカルチャー醸成だ。会社が持つ成功パターンや勝利の法則を意図的に言語化することでカルチャーを大事にしている。

例えば、個人プレーよりチームプレーのほうがより良いプロダクト・サービスを生み出せるという成功パターンを表す言葉「チームサイバーエージェント」がそれに当たる。

また、大きな失敗の中から成功をつかみ取る事例が多いことから「セカンドチャンス」という言葉でカルチャーを表現する。「セカンドチャンス」はミッションステートメントにも入れていた言葉で、経営陣が自ら「セカンドチャンス」という言葉を発信し続けることで、実際に再挑戦の機会を増やしてきた。この言葉は徐々に信じてくれる人が増えて浸透するようになり、会社のカルチャーとして根づいた。

こうした言語化により、社内に挑戦や自律的な空気が「自社のカルチャー」として浸透していく。「挑戦のカルチャーが広がれば、社員はどんどんチャレンジできる。この循環を継続することで、企業として持続的な成長を実現できるようになる」(曽山氏)。近年では撤退した新規事業部からの離職者が減ったという。

「発信」することで人的資本経営を最大化

サイバーエージェントの人事担当・曽山氏というと、HR業界における有名人だ。自身でYouTubeチャンネルを持ち、さらにはブログやSNSを活用して、世の中に向けて自社の情報発信を続けている。この狙いは「間接的なエンゲージメントの向上」にある。

例えば曽山氏がSNSで「この事業の誰々が表彰されました!」と発信すれば、社外の人はもちろん、社内のメンバーも目にすることとなる。また、発信した内容が商談先などで話題になることもある。曽山氏が「発信」を通して、自社の長所や社員の称賛を行うことが、間接的に従業員の自信につながっている。間接的な施策とはいえ、曽山氏は「情報発信には人的資本経営を最大化する効果がある」と言い切る。

「人的資本経営に力を入れていない会社は、人材採用という人事プロセスのファーストステップで他社と差がついてしまうでしょう」(曽山氏)

SNSや口コミサイトの普及によって、良くも悪くも会社の実態が“バレる”時代である。本当に人を大事にしている会社はそれが対外的に“バレる”ことで、採用力が上がるのだ。

POINT

  • 優秀人材抜擢のためにデジタルや制度を駆使
  • カルチャーを意図的に制作して言語化
  • 「発信」で間接的にエンゲージメント向上

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Mai Terai / edit by Masaki Nishimura

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