【アントレプレナーシップ教育最前線】考える・実践の繰り返しが、起業家精神を覚醒させる

Ambitions編集部

起業家に限らず、ビジネスパーソンにも求められつつある「アントレプレナーシップ」。その教育の最前線では、どのような研究や取り組みが行われているのだろうか。日本で初めて「アントレプレナーシップ学部」を創設した武蔵野大学の現役実務家教員や、実際に起業に携わる学生たちから、その可能性を探っていく。 今回は、2024年1月にアントレプレナーシップ学部が初めて開催したイベント「EMC SUMMIT」で実施された、「アントレプレナーシップの覚醒。」と題したトークセッションの模様をお届けする。エール取締役の篠田真貴子氏がモデレーターを務め、LEO代表取締役の粟生万琴氏とGRA代表取締役CEOの岩佐大輝氏がパネリストとして登壇した。

複雑で大規模なプロジェクトを通じ、学生が成長

左から、エール株式会社取締役の篠田真貴子氏、株式会社LEO代表取締役粟生万琴氏、株式会社GRA代表取締役CEO岩佐大輝氏。3人は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教員も務める。

篠田 アントレプレナーシップ学部でおふたりが担当している「プロジェクト」について教えてください。

岩佐 学生は入学すると、クリティカルシンキング、マーケティング、ファイナンスなどの様々なスキルを学びます。プロジェクト科目では、これらを実際に使いこなし、実践することを学びます。

プロジェクト科目では、例えば「誰かを幸せにしてきてください」というお題を出して、学生をいきなり大学の外に送り出します。そして、数時間後に戻ってきてもらいピッチ大会を行います。

篠田 「私はこの人をこうやって幸せにしてきました」というピッチをするわけですね?

岩佐 その通りです。その他にも「新しい価値を生み出してください」というお題を出し、新しい価値が何なのかについて自分たちで考えて活動するというような授業を行っています。

粟生 大学2年生になると、具体的なテーマを定めてプロジェクトを実行していきます。今年は「チームを作ること」と「売上、利益を上げること」のふたつの軸でプロジェクトを行いました。

篠田 チームで売上、利益までつくるということで、1年生のときと比べて大きくハードルが上がったように見えます。

粟生 もちろん、利益を出せるチームと出せないチームに分かれますが、チームで商売に挑戦してみることを実践しています。

岩佐 3年生になると、さらに社会との結合を加速させます。会社を設立し事業を生み出す、インパクトの大きなソーシャルプロジェクトを推進するなど、実践者としての第一歩を踏み出していきます。こうして4年生を迎えます。

篠田 学年が上がることで、プロジェクトの複雑性が増し、規模が拡大し、社会との結びつきも強くなっていくことがわかりました。

覚醒のポイントは、学んだことをすぐ実践すること

篠田 ここまでの前提を踏まえて、本論である「アントレプレナーシップの覚醒。」について深掘りしていきます。学部に入った最初の頃、学生はどのような様子なのでしょうか。

岩佐 入学すると、学生はものすごいキャリアをもつ教員と向き合う中で、クリティカルシンキング、マーケティングなどを学びます。多くの学生は、入学当初は学部が様々なスキルを教えてくれ、その流れに乗ればプロジェクトらしきものを生み出せるのではないかと考えがちです。しかし、そうではないんです。

篠田 学生は高校までの受験勉強の経験を踏まえ、アントレプレナーシップ学部での教育もその延長線上にあると認識してしまうのでしょうか?

岩佐 そういった状態もあります。学部や教員が自分を導いてくれるという期待を持っているのです。しかし、そのような期待を抱いていては、学んだはずのスキルをプロジェクトの中で活かせません。

私はアントレプレナーシップを「自分をリードする力」だと考えているのですが、この力を発揮するには、学生自身「自分で自分をリードしなければ何もできない」と気づく必要があるのです。その気づきを得ると、学生はこれまで学んだスキルを自分の血肉に変えようと踏み出し、変化していきます。

篠田 自分のWillと学んできたスキルが繋がる瞬間があるということですね。粟生さんはいかがでしょうか?

粟生 1年生のときに、PEST分析(外部環境を政治、経済、社会、技術の4つの要因に分けることで影響を予測する分析手法)や4P分析というマーケティング手法を学んでいるはずなのに、それを使いこなして利益を出す方法がわからないという2年生も多いです。

しかし、同級生が実際に会社を立ち上げるなど、周囲から刺激を受けることで、自らやらざるを得ない状況になります。そうして実践していく中で、徐々に学んだことが自分の血肉になっていきます。学んだことをすぐに実践するのが、覚醒のポイントです。

もやもやした時期を経て、覚醒の瞬間を目の当たりに

粟生 私は伊藤羊一学部長に自ら交渉してプロジェクト教員になったのですが、カリキュラムの進め方について教員を含めてもやもやしていた時期がありました。

しかし、ある学生が「俺たち、このままでいいのか。もっと本気になろうぜ」と授業中に声を上げました。そうすると彼の一言で、2年生全員が覚醒したのです。その場面に立ち会ったときは、涙が出そうになりました。

篠田 どういった状況でそのような声が上がったのでしょうか?

粟生 プロジェクトの立ち上げにあたって、最初にテーマを決めてチーム作りを行ったのですが、その際にチーム分けに苦戦しました。「やっぱりやりたいことではなかった」など、チームの分断が生まれたのです。

篠田 やりたいことが明確な学生もいれば、何をやりたいのか掴めていない学生もおり、その温度差がある中でチームを組んでプロジェクトを推進した結果、分断が生じてしまったわけですね。

粟生 チームから外れていく学生も現れ、「自分のやりたいことをやるためにリベンジピッチをさせてほしい」という声が出ました。そして実施されたピッチの中で、先ほどの「俺たちこのままでいいのか。もっと本気になろうぜ」という叫びが生まれたのです。これをきっかけに、学年全体の雰囲気が変わったように思います。

篠田 岩佐さんが関わっている3年生も、同様に学生間に温度差があると思いますが、いかがですか?

岩佐 3年生は、一番大変な時期だと思います。周りを見渡すと、就職活動をしている同級生がいる一方で、「何か挑戦してみよう」「起業をしよう」といった将来のイメージも先行します。そんな混沌とした中で、「どのように生きていきたいのか」という葛藤をみんなが抱えています。しかし葛藤することが、本当にいい時間なのです。

「考えながら実践する」を繰り返す

篠田 私の関わっているゼミの中でも、学生による覚醒を体感しています。「スタンフォード式 人生デザイン講座」という文庫本を使ったワークショップを実施したのですが、そこでの気づきを実践した学生がいました。YouTubeを使うもので起業とは違うけれども、私から見て本人が明らかに覚醒した瞬間でした。

粟生 学生にとっては、これまで正解か不正解の2択だった世界が、正解のないビジネスの世界を経験し、苦悩するのです。

会社員は新規事業開発や海外進出といった選択を強いられる場面で、時間を使って考えすぎているように思います。アントレプレナーシップ学部ではプロジェクトを通じて、「考えながら実践する」を繰り返し、スキルが育まれていくのを体感します。

私も会社員時代は新規事業に取り組む際、リサーチや決裁を取るための資料作成にひたむきでした。一方で、スタートアップはPDCAをどんどん回していきます。学部でも同様な環境が生まれていると感じます。

粟生 アントレプレナーシップ学部には実務家教員が約20名いますが、彼ら・彼女らは教員のプロではありません。そんな混沌とした状況から、やらなければならないこと(Must)から取り組み始めましたが、仲間の力でできること(Can)にすることができました。そうするうちに、やりたいことに取り組みたいと思うようになります。

そんな想いから、教員を引き受けてから2年を過ぎた頃に、プロジェクトの授業を通して私自身も覚醒しました。現在は、「学生と一緒に会社を作りたい」「自分で投資するほどの事業を学生と一緒に作りたい」というWillを持っています。

篠田 教える側と教わる側、覚醒させる側と覚醒する側という区別はなく、教員も学生から刺激を受け、学んでいるし、覚醒しているわけですね。

岩佐さんには「4つのWAY(方法)」についてお聞きしたいです。

岩佐 自分がどのように生きるかの指針となる「WAY」を立てることが重要だと考えています。私が大切にしている、そしてアントレプレナーシップにおいても重要だと考えている4つのWAYがあります。

一つ目はとにかくアクションを起こす「実行実現」、二つ目は徹底的な非自前主義で仲間と共創する「価値共創」、三つ目は尽くして求めず、尽くされて忘れずという精神でGIVEする「自利利他」、四つ目は「同じ波は二度と来ない」と思いながらすぐに取り組む「電光石火」です。

この4つは私自身が大切にしているWAYですが、どういうふうに毎日を生きているかを言語化することは大事なことです。ですから、皆さんにもそれぞれのMY WAYを作ることをお勧めします。

篠田 最後に、おふたりから一言ずつお願いします。

岩佐 私たち教員もアントレプレナーシップという領域において旅の途中です。会場にいらっしゃった皆様も、学生のみんなも同様に、どのように生きていくのか、どのような世の中を創っていくのかという旅の途中だと思います。そんな旅を一緒に楽しんでいければと思います。

粟生 学部を創設した際に、西本照真学長が「これまでの大学は社会に巣立っていくための通過点としての役割を果たしてきた。一方で、アントレプレナーシップ学部は、社会の最前線をダイレクトに繋げたい」とおっしゃっていました。まさにアントレプレナーシップ学部は、学生も教員も学ぶだけではなく、一緒に泣いたり笑ったりする「ビジネス寺子屋」だと思っています。

ext by Hiroki Yanagida / edit by Tomoro Kato / photographs by Musashino University

Faculty of Entrepreneurship, あの夏を取り戻せ実行委員会

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