躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第2回は、有機半導体レーザーダイオード(以下、OSLD)の実用化を目指す、株式会社KOALA Techの代表取締役CEO兼CTOのファティマ・ベンシュイク氏。2024年5月にカリフォルニア州で開催された、ディスプレイの最先端技術が集う国際会議「SID Display Week 2024」で、Distinguished Paper Award(優秀論文賞)を受賞するなど、着実に存在感を高めているスタートアップのひとつだ。 KOALA Techの実績を振り返るとともに、「諦めずにトライし続けてきた」というファティマ氏がOSLDにかけてきた思いを伺った。
ファティマ・ベンシュイク
株式会社KOALA Tech 代表取締役CEO兼CTO
韓国大手メーカー(アルジェリア)、九州大学最先端有機光エレクトロニクスセンター研究員などを経て、取締役CTOとしてKOALA Tech創業に参画。2023年4月より現職。プロバンス・エレクトロニクス材料・ナノサイエンス研究所(IM2NP)でPhD取得。
Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズでは、2024年度のHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。
2024年度High Growth Program採択企業
eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社
40年越しの実用化に向けて、KOALA Techを創業
まず、KOALA Techが実用化を目指す有機半導体レーザーダイオード(以下、OSLD)は、スマートフォンや液晶テレビのパネル部分に使われている有機ELとよく似た技術で、1980年代からすでにOSLDの開発は始まっていた。
しかし再現性が低く、商業化にたどり着いた企業はこの40年間でゼロ。数多の研究者が頭を悩ますなか、世界に先駆けてOSLDを実現させたのが、九州大学の最先端有機光エレクトロニクス研究センターだった。
ファティマ氏は、OSLD分野の権威であり、最先端有機光エレクトロニクス研究センターのセンター長である安達千波矢教授のもとで3年間研究を行ったのち、2019年3月に取締役CTOとしてKOALA Techの創業に参加。2023年4月には代表取締役CEO兼CTOに就任し、まさにKOALA Techの顔としてチームをリードしてきた。
スタートアップとしての成長も著しい。創業からたった2年後の2021年に三井化学、2022年にソニーとの共同研究開発をスタート。資金面、技術面、人材面と多大なサポートを受け、OSLD実用化へと大きく前進した。また資金調達の面では、過半数を九州の地場企業が出資するほか、2023年にノルウェーの投資家がアジア初の投資先としてKOALA Techを選出。2024年10月末現在における、累計資金調達額は15億円と、KOALA Techに対するVCや投資家からの期待を強く感じさせる数字を叩き出している。
社員は家族。良好な関係が仕事の原動力に
技術力と知名度の両輪を高めてきたKOALA Tech。その裏には「とにかく諦めずにトライし続けてきた背景がある」と、ファティマ氏。
「私たちはこれまで、OSLDの実用化という目標に向かって、試行錯誤を繰り返してきました。それは技術的にどういうアプローチをするかということだけではなく、もちろん技術開発は人がいて初めて成り立つものですから、コミュニケーションやチームビルディングにおいても同様です。
とくにKOALA Techは、私自身もそうですが、10人いる研究開発チームのうち、4人が外国人で、フランス、インド、イラン、日本と国際色豊かなチームです。歩んできた道も異なり、化学のスペシャリストや物理のスペシャリスト、大手エレクトロニクスメーカーに約30年在籍していた方とさまざま。限られた時間の中で結果を出していかないと生き残れないスタートアップとしては、チームビルディングにいつまでも時間をかけられるわけではありません。
しかし今、その成果が身を結び、すばらしいチームになりました。ある意味、家族に近い関係性をメンバーとの間で感じています」
メンバーとの良好な関係性は、代表取締役CEO兼CTOと責任の重い立場であるファティマ氏にとって、精神的な安心と前に進む原動力につながっている。
「他のメンバーが私を頼りにしてくれていること、私がいなくなるとKOALA Techが成り立っていかなくなるんだという思いを持ってくれていることは、経営者としても技術の責任者としてもありがたいです。気持ちの面でメンバーの近くにいるんだという感覚を自分も相手も持つことが、私たちのように小さい規模の会社では大切です。
仕事においても、ここからここまでがあなたの仕事だと線引きすることは難しく、できる人がやるという、いい意味で境界線を持たずに、みんなで一緒に仕事をやるのが、KOALA Techのひとつのカルチャーでもあるのですが、そういった距離感がチームの成長にもつながっていると思います」
挑戦者が少ない今こそ、私にはできることがまだまだある
OSLDの本格的な事業化は、現時点で2028年を目標としている。すでに各方面から高い評価を受けてはいるが、この目標はまだまだチャレンジングだという。
「OSLDは有機ELに似た技術なので、大手エレクトロニクスメーカーが事業化しようと本気で思えば実現する技術だと思っています。ですが、OSLDは九州大学が実証したばかりの新しい技術なので、大企業はなかなか足を踏み出さない。
私たちは九州大学の思いと大企業の、ある意味ギャップを埋めることが使命だと思っています。私たちも開発を続けますが、将来的にOSLDを実際に使ってみようと、関心を持ってくれるパートナーを見つけることが、今の課題です」
技術、人材、資金……、課題はまだある。でも、だからこそ自分にしかできないことがあると、ファティマ氏は前を向く。
「OSLD分野は、化学と物理の両方の知識を持っていないとできない、非常に難しい分野です。とくにKOALA Techが取り組む技術は、無機と有機、それから電気と光といった要素の知識も必要となります。現状ですべてを理解できる高度人材は少ないですし、それをビジネスとして取り組んでいる人はほぼいません。
さらに、日本のやり方とインターナショナルなやり方を理解してつなぐには、両方のポジティブな面をちゃんと生かそうというマインドセットがある人じゃないと、おそらくできないでしょう。私はアルジェリア、フランス、さらに福岡で経験を積んできました。きっと私にしかできないことは、まだまだあると思っています」
【FGN事務局コメント】
ファティマさんのインタビューを読みながら、KOALATechが入居している福岡市産学連携交流センター(FiaS)にお邪魔して、ラボを見学させていただいたときのことを印象的に思い出しました。
CFOの伊藤忍さんはじめ、チームの皆さまがKOALATechとして取り組んでいることに、非常に自信を持ってらっしゃるからこそ、ディープテック企業として素晴らしい成果をあげているのだと感じています。
プロフェッショナルが集まったチームに対して私たちができることはなにか。
挑戦をサポートすべく、できる限りのことをしたいと思っています。
photoglaphs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama