エクセレント・カンパニーの研究 三井住友フィナンシャルグループ

Ambitions編集部

世界的ベストセラー『In Search of EXCELLENCE』の邦題として知られる「エクセレント・カンパニー」という言葉。「優れた企業の本質とは何か?」。外資系企業が市場を席巻してきたこの10年あまり、日本の大企業の一部の経営層は逆境のなかで、そんな問いに向き合い続けてきた。三井住友フィナンシャルグループのCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)、磯和啓雄氏もその一人。 超低金利やフィンテックの大波、暗号資産の台頭により、旧来の銀行業のビジネスモデルが崩壊するなか、「SMBCダイレクト」リニューアルのほか、電子契約サービス「クラウドサイン」や「BankPay」などのDX施策を先導。また、2014年発表の中期経営計画では「国内業務改革」を打ち立て、プロダクトセールス型のサービスから顧客の課題解決に向き合う総合サービス業へビジネスモデルをシフトチェンジさせた。 改革を業界に先駆けて行うために、何を信じて、どのような試行錯誤を重ねてきたのだろうか。アルファドライブ代表取締役社長で、NewsPicks for Business 代表取締役の麻生要一が聞き手をつとめた。

磯和啓雄

株式会社三井住友フィナンシャルグループ グループCDIO

株式会社三井住友フィナンシャルグループ グループCDIO デジタルソリューション本部担当、デジタル戦略部担当役員、デジタルソリューション本部長、ホールセール事業部門副事業部門長 兼 三井住友銀行専務執行役員。1990年に東京大学法学部卒業後、株式会社住友銀行に入行。法人業務・法務・経営企画・人事などに従事した後、2015年リテールマーケティング部長として、デビットカードの発行やインターネットバンキングアプリのUI・UX向上などに携わる。2020年には執行役員 トランザクション・ビジネス本部長として、Bank Pay・ことら送金などのオンライン決済サービスを指揮。2022年より常務執行役員 デジタルソリューション本部長 兼 三井住友フィナンシャルグループ 常務執行役員としてSMBCグループのデジタル推進を牽引。2023年より現職。

麻生要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO、株式会社NewsPicks for Business 代表取締役

株式会社リクルート入社後、ファウンダー兼社長としてIT事業子会社(株式会社ニジボックス)を立ち上げ、事業拡大。リクルートのインキュベーション部門を統括し、社内事業開発プログラムやスタートアップ企業支援プログラムを立ち上げ、約1500の社内プロジェクトおよび約300社のスタートアップ企業のインキュベーションを支援。2018年に企業内インキュベーションを手がける株式会社アルファドライブを創業、2019年11月にユーザベースグループ入り。株式会社ニューズピックス執行役員として、NewsPicks for Businessを立ち上げ、2023年2月より株式会社NewsPicks for Businessの代表取締役に。著書に『新規事業の実践論(NewsPicks Publishing)』。東京大学経済学部卒業。

奇抜なことは、いらない。国内業務改革の成功

麻生 新型コロナウイルス感染症の流行が収束に向かうなか、三井住友銀行(以下、SMBC)の業績が好転しています。現在の業績や成績について、どのように見ていらっしゃいますか。

磯和氏 2014年の中期経営計画から始まった「国内業務改革」の成果が、時間をおいて表れてきていると感じています。例えば、国内の大手法人を本店の営業部に集約するとともに、中堅中小企業へのサポート体制を強化しました。

また、形を変えただけでなく、中堅中小企業を担当する部門の心を入れ替えたのが大きいです。時間はかかりましたが、実現できましたね。

麻生 心の入れ替えとは、どういった意味でしょうか?

磯和氏 「国内業務改革」は「One to One」を旗印に、「お客さま一人ひとりに担当者が真剣に向き合おう」というものです。お客さまの本当のペインに触れることで収益が上がるはずだ、という考え方を強調しました。

具体的にはプロダクトセールスの要素を排除し、担当者が各々のお客さまに向き合うことができる体制を作りました。私はその枠組みを作るべく、業務を統括する部の副部長として整えていったのです。

担当役員たちも口酸っぱく「One to Oneだ」「本当のペインに触れよ」と言い続けていました。おかげで、国内法人営業は他行に比べても強くなっていると感じます。

麻生 お客さまとの接点を強化したのですね。

磯和氏 そのとおりです。また、新型コロナウイルス感染症の影響でお困りのお客さまに対して積極的に支援を行ってきましたが、その結果が現在の業績にも反映されていると思います。

麻生 しかし、これまでプロダクトセールスで短期目標を設定していたとなれば、そこから本質的な課題に取り組むということは、提案期間が長くなったり、短期的には収益が落ちたりする苦しみもあったのではないでしょうか?

磯和氏 たしかに、改革当初は一時的に業績が横ばいになったり、やや減少したりもしました。それでも、改革を続ければ業績は必ず上がると信じて進めました。現実にそうなりましたし、その意識が社内全体にも広がっています。どの部門に行っても、プロダクトセールスの話をあまり聞かなくなりましたから。

麻生 伝え続ける以外にも、具体的にはどういった施策を進めましたか。

磯和氏 一例としては、内部の評価指標もすべて変えました。大きく言うと、フローとストックという二つの指標があります。

フローとは、一時的な手数料収入のことですが、その評価を小さくしました。代わりに、貸出や為替取引といったストックで、長い期間で収益を得られるものの評価を大きくしました。

麻生 なるほど、ビジネストランスフォーメーションというよりは、抜本的にお客さまとの向き合い方を変化させてきたと。奇抜なことではなく、基本をきちんと行うことですね。

磯和氏 そうです、奇抜なことなどまったく必要ありません。お客さまの真の問題に対して、高い付加価値を提供すれば、それに見合った手数料が得られるはずです。しかし、多くのビジネスは、お客さまが本当に困っている問題に対応できていないのが現状です。

『SMBC GROUP REPORT 2023』より、中期経営計画(2023〜2025年度)の基本方針
『SMBC GROUP REPORT 2023』より、中期経営計画(2023〜2025年度)の基本方針

DXの提案を含めた、総合サービス業への転換期

麻生 DXについては、どういった変化を社内でお感じになりますか。

磯和氏 この10年の間、私はデジタル関連の業務に携わっていました。2023年4月からホールセール事業部門の副担当にもなり、ホールセールの中心的な会議に久しぶりに出席したのですが、変化に驚きましたね。銘柄が変わり、切り口が大きく変わり、DXという言葉がお客さまへの提案のなかでも普通に使われるようになっていました。

麻生 顧客へDXを含めた提案をしているということですか。

磯和氏 お客さまが本当に困っていることを追い続けているからこそ、提案内容も大きく変わってきています。デジタル本部では新しいデジタルソリューションを次々と作り出しています。

例えば、電子契約サービスの「クラウドサイン」は実質2年ほどで大変な売れ行きを見せていますし、CO2排出量算定・削減支援クラウドサービスの「Sustana」も開発しました。

これらのデジタルソリューションは、銀行が長年築いてきた信用の上にのっていますから、他のスタートアップとの競争はまったく感じていません。

麻生 とはいえ、銀行の方々は通常、財務やファイナンス系の部門とやり取りをしていると思いますが、これらの新しい提案は別部門に行うものではないですか?

磯和氏 そうですね。しかし、それが良いのです。営業の現場から経営企画部まで、様々な部門に入っていくことで、One to Oneでお客さまと向き合うことができます。

去年からはホールセールビジネス全体をデジタル化しようというプロジェクトも始まりました。戦略的にOne to Oneで提案しているお客さまもいますが、その他のお客さまに対してはデジタルで対応しています。

麻生 つまり、すでに総合ソリューションカンパニーとしての動きをされていると。

磯和氏 そのとおりです。銀行業は長らく「情報の非対称性」にもとづいてビジネスを構築してきました。しかし、インターネットとスマートフォンの普及が、その非対称性の大きさを一気に押し下げた。直近では生成系AIが典型的ですが、「情報の非対称性」は今後さらに縮まっていくことでしょう。

その結果として、新たなサービスも生まれています。例えば、電子決済サービスは預金に似た機能を持ちつつ、送金もできるという意味では為替にも近い。

今後も情報の非対称性が減少するにつれて、新たなビジネスが生まれていくでしょう。ネット銀行の成長も著しく、旧来の銀行業務をそのまま続けるだけでは、業績は明らかに先細りになる。そういった変化を前提に、本当の総合サービスへと変わっていく必要があると考えています。

麻生 総合サービスとして進化すると、なかにはビジネスパーソンとしての実力がついていき、他社へ転じるような人材も増えてしまう恐れはありませんか?

磯和氏 事実、辞める人もいます。でも、それの何が問題なのでしょうか。やりがいを持って、実力をつけてステップアップしていく人がいれば、それはそれで日本のためになっているのですから。

そして、時流が合えば、また帰ってくればいい。実際にカムバック採用も進んでいます。これも情報の非対称性が縮まって、環境が変わってきたからこそ。みんながそこにアジャストしながら変わっていくのだと思います。特に人事部や人事施策は大きく変化した一つです。

『SMBC GROUP REPORT 2023』より、SMBCグループのデジタル戦略における方向性
『SMBC GROUP REPORT 2023』より、SMBCグループのデジタル戦略における方向性

経路依存性の問題は、奇をてらっても改善しない

麻生 社内のデジタル化も、多くの企業で課題になっていることの一つです。どのように取り組まれていますか。

磯和氏 デジタル化は最近、急速に進行していると感じます。私が法人部門の改革を進め、法人営業部長を務めていたときに、突然にリテールマーケティング部長に任命されました。2015年度のことです。

私はリテール部門にはまったく経験がなかったのですが、その部門で働き始めると、インターネットバンキングの「SMBCダイレクト」の使い勝手が進化していないことに愕然としました。

じつはリーガルな観点からサービス開発のお手伝いをしていたので内容を見知っていたのです。まずは、すかさず「暗証カード」を廃止して……。

麻生 認証番号表などが記載されたカードですね。たしかに、アプリでワンタイムパスワードを用いる方法が出てから見なくなりました。

磯和氏 じつは暗証カードは、その昔に私が考えたものでした。当時、一生懸命にお手伝いしたのに10年以上を経て帰ってきても、同じものを使い続けていたので癪にさわって(笑)。

すでに世はスマホがあり、セキュリティ強化策は他にも様々に取れるはずですからね。まさに制度や仕組みが過去の経緯に縛られる経路依存性の実例だなと。そこで、一気に変えようとアプリ化に乗り出しました。

途中から「総合職デザインコース」を設けてウェブデザイナーも採用しました。現在は採用も激化していますが、2015年当時ならば比較的、採りやすい職種でした。

その後に、プログラマーも派遣先から常駐してもらうようにして、内部で回していける体制を敷きました。結果、1年間で70人の部署になりました。

麻生 その増えた人数が、まさに銀行員「以外」の人材だったと。すばらしい実行力です。

磯和氏 中途採用も行いましたが、その枠組みには限界があります。そのため、外部から人材を派遣・駐在してもらうことにしました。

それに関連して、当時の私が働きかけたこととして、勤務中の私服を許可することもできました。最初は多くの人に反対されましたが、私服勤務ができないことが、デジタル系人材の採用ハードルになってしまっていた。

そこで、当時の國部社長に私服勤務の必要性を訴えることにしました。國部社長はじっと考えてから、「良いのではないか」と。そこから私服社員がいることにみんなが慣れていったのか、結果的には全員が私服可になりました。

麻生 まさに経路依存性の典型的な例に感じます。

磯和氏 結局、社内のデジタル化とか、旧態依然とした営業体制を変えるとか、あらゆる経路依存性の問題に通じそうですが、大事なのは「トップをひっくり返せばいい」というのではなく、論理的に必要なことを進め、ネックを一つずつ解消していくことに尽きるのです。

麻生 たしかにそうですね。奇をてらったことをしないのが重要なのかもしれませんね。

磯和氏 奇をてらっても仕方がありませんし、意味もないですから。

インプレッシブに見せることで、好回転のきっかけを作る

麻生 磯和さんは、現場に行き、本質を思考し、打ち手を考え続けていらっしゃいます。どのようにして、そういった思考の軸が形作られていったのでしょうか?

磯和氏 私は入社後、初めの3年間は外回りで過ごした後、15年間ずっと本部にいました。最も長い時間を過ごしたのはリーガルセクションで、そのなかでも、当時世間を大きく騒がせたとある訴訟を初期から担当した経験が、思考の軸の形成に大きく影響しています。

1年半以上にわたって続いた訴訟で、最終的には和解で決着しました。ただ、私からすればその結論は納得のいくものではなく、自分たちのリーガルも正しいと思えるものだっただけに、結論が「真逆になってしまった」と感じたものです。

その経験をきっかけに、長い時間をかけて「ものの見方で形は変わる」と心に染み込んだのでしょう。実際、その訴訟の和解についても、異なる立ち位置から見れば、理解できる部分もありましたから。

麻生 なるほど、視点や見る高さを変えることで、違う形に捉えられると。

磯和氏 今でも、納得できるところまで視点を変えたり、高さを変えたりすることが重要だと思っています。だから、昨日は「絶対にこうだ」と言ったことでも、今日は「違うかもしれない、間違っていた」と言うことがあります。ピボットすること、変化することについてもまったくためらいはありません。

麻生 「視点を変えない」ことでも経路依存性が生まれてしまいますからね。だからこそ、磯和さんご自身にも経路依存性がない。

磯和氏 そのとおりですね。視点を変えないということは、間違いを犯すことにつながるということを強く感じています。

麻生 実際に現場を変えていった経験からいって、社員や組織に変化を起こしていくためには、どれくらいの時間や頻度を見ておけばいいと考えますか。

磯和氏 時間や繰り返しではなく、「何を見せるか」によると思います。その人に一番響くものを、できるだけインプレッシブに見せることが重要です。DXにしても同じでしょう。

麻生 驚くようなことを見せられたら、人は動く。

磯和氏 SMBCダイレクトに取り組む前に「グループ会社の残高をすぐに見せられるようにしよう」と提案し、まったく違うアプリを作りました。それは、SMBCグループ内の残高であれば、まとめて見られるほうが便利だと思ったからです。

当時、システム同士をつなぐAPIなどはありませんでしたが、他社の既存サービスであるMoneytreeを介して接続して、グループ会社からデータをスクレイピングで取得しました。2カ月とかからず完成したのですが、いざできたらみんな「とても便利なアプリだ」と。そうなると「もっとアプリを作ろうよ」と言い出してきた。

麻生 まさにインプレッシブな体験になったわけですね。

磯和氏 One to Oneにしても、全体の部店長会議で、ある大きな成果が発表されたことから、次第に「自分たちも頑張ろう」と回転し始めました。

インプレッシブに見せることで、関わる人が増え、資金が集まり、組織が動き始めます。やはり、インプレッシブに攻めないと、雪玉が転がるような好回転は作っていけないのでしょう。

堅牢な組織をどう活性化させるかという問題の答えは、効果的な結果を示すことだと思います。効果的な結果を示すことで、人々や資源が集まり、組織全体がその結果を求める方向へ動き出すのです。何も変化を起こさなければ、組織は常に同じ行動を繰り返す。これが組織の特性だと私は理解しています。

ハレーションは起こって当然

麻生 磯和さんのような思考で大企業内を動くと、やはり衝突は避けられないでしょうね。

磯和氏 衝突というわけではないですが、先日も社長から怒られたばかりですよ。「CDIOミーティング」という、まだ予算が割り当てられていない案件を持ち込み、その場で詳細を説明し、決定を下すという会議を月次で開催していまして。

CDIOの私が主導するこのミーティングに、SMBCグループCEOの太田純も出席しています。そこで先日、ある案件について「私たちはこの会社と合弁を組み、事業を立ち上げたい」と提案した際、太田社長から「合弁ではなく自社でやるべきだ」と厳しく指摘を受けました。

私が「非常に難易度の高い技術である」と反論したところ、さらに厳しい言葉を浴びせられました。つまり、彼は「理想から日和るな」「本当に稼げるビジネスだと思うなら自社開発するくらいの熱意を見せよ」と言いたかったのだと思います。

実際に、あらためて別の機会に説明をすることで、無事にその案件はGOが出ました。私は専務という立場なのによく怒られていますが(笑)、その程度ではめげませんから。私たちは上司に気に入られるために仕事しているわけじゃないですよね。

逆に言うと、新しいこと、慣れないことをしようとするのだから、ハレーションが起こらないと本来はいけないのです。それに、ちょっとでも日本を良くしたい、と思いませんか。

麻生 日本中が元気になる話です。最後にぜひ、今後の展望についてもお聞かせください。

磯和氏 中期経営計画では「Plan for Fulfilled Growth(幸せな成長)」を打ち立てていますが、まさに社会的価値と経済的価値を両方実現することに関しては、デジタルで貢献できる余地がまだまだあると感じています。

5年後は、SMBCも含めて、日本の大きな成長をけん引できるような企業になっていたいです。少なくとも、GDPが30年も横ばいになるような状況はやめたい。

麻生 そのとき、銀行の仕事は何か大きく変わるのでしょうか。

磯和氏 融資、預金、為替といった本業はなくならないでしょうが、形が変わっていくのだと思います。また、デジタルによって、人間だけではこれまで関われなかった部分にもタッチできますから、仕事の内容が変わるのはもちろん、もっと面積が広がるでしょう。

麻生 提供価値がもっと広く深くなっていくと。もっとサービスもたくさん出て、より生態系を描いていくイメージですか。

磯和氏 おっしゃるとおりです。いつでも、お客さまの本当の困りごとにミートするようなソリューションを出せる会社になっていたいです。

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Kento Hasegawa / photographs by Takuya Sogawa / edit by Kohei Sasaki

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