近年の福岡経済を語るとき、キーパーソンとして必ずその名が挙がる石丸修平氏。 2015年4月、35歳の若さで「福岡地域戦略推進協議会」の事務局長に就任以来、福岡都市圏の発展を支えてきた立役者だ。 2021年には、世界経済フォーラムと国際官民連携ネットワーク主催の、「破壊的変革を導く世界で最も影響力のある50人『Agile50』」にも選出された。福岡の変化や未来について、石丸氏のビジョンを掘り下げる。 ※本記事は『Ambitions FUKUOKA Vol.1』(2023年11月14日)の転載です
石丸修平
福岡地域戦略推進協議会(FDC)事務局長
経済産業省、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)等を経て、2015年4月より福岡地域戦略推進協議会(FDC)事務局長。アビスパ福岡アドバイザリーボード(経営諮問委員会)委員長、九州大学科学技術イノベーション政策教育研究センター(CSTIPS)客員教授、九州大学地域政策デザインスクール理事、九州経済連合会規制改革推進部会長等を歴任。
支店経済は、東京の都合で沈む?福岡の可能性を模索した10年
「福岡地域戦略推進協議会」、通称FDCは、福岡の新たな将来像を描き、地域の成長戦略の策定から推進まで一貫して行うため、2011年に誕生したThink&Doタンク。福岡市だけでなく「福岡都市圏」という視座で、産学官民が一体となって、様々な取り組みを進めてきた。
現在の会員数は、自治体や大学、企業、経済団体など220を超える。このような組織は世界的にも珍しく、各地から視察や講演依頼が舞い込んでいる。
FDCを率いる石丸氏が生まれ育ったのは、福岡県中部にある飯塚市。「地元の山々を見ていると、落ち着くんです。特に何かあるというわけではありませんが、しみじみと。大人になってやっとこの良さがわかりました」と話す。
10代の頃は東京に憧れ、大学進学を機に上京。経済産業省、外資系コンサルティングファームというキャリアを歩んだのち、2013年にUターンしてFDCに参画。2年後、事務局長に就任した。およそ15年ぶりの福岡は、どう映ったのだろうか。
「日本地図で見ると福岡は西の辺境にあるけれど、福岡は日本のどこよりも東アジアに近く、なおかつアジアの国々へのアクセスが抜群にいい。また、福岡都市圏は多機能が都心に集積し、周囲に自然があり、少し離れれば一次産業も活発で、バランスがとてもいい。ポテンシャルが非常に高いと感じました。でもこれは、きっと福岡の中にいては気づけなかった。一度外に出たからこそ、改めて見えてきたものだと思います」
一方で、経済面には課題があった。
「今でこそ『福岡は景気が良くて元気だね』と言われるので皆さんお忘れかもしれませんが、2010年代はお世辞にも今のような活気があるとは言えませんでした。日本全体で景気の悪い時期が続き、福岡の支店も減少傾向にありました。福岡は他のブロック中枢都市と同様に首都圏にある企業の支店の影響が大きい“支店経済”でしたので、東京の景気が悪くなると、福岡が景気の調整弁として使われてしまう......そんな危機感が漂っていたのです。支店経済に頼らず、福岡として自立した新たな価値を築かなければいけない。そういう思いでFDCの活動に取り組みました」
都市発展のキーワードは共創によるビジネス創出
“Think&Doタンク”を掲げるFDCは設立以来、産学官民がつながるハブとして機能し、これまでに44のコンソーシアムと15の事業体を組成し、100件を超える実証実験のサポートなど、都市の成長を陰から支えてきた。福岡市との共同提案により採択された「国家戦略特区」や、近年の国際金融機能の誘致への取り組みなどが、その大きな成果であろう。多岐にわたる取り組みの中、FDCが重要視していることが「ビジネスの創出による都市の成長」だ。その背景を石丸氏は3つの側面から説明する。
第一は「地域経済主体の基盤形成」だ。
「福岡は他の地域とは違い、『民が拓いて官が支える』という文化が脈々とあるまちです。過去、福岡の発展は、民間の“善意”で成り立ってきた歴史があります。天神の『渡辺通り』が渡辺與八郎(よはちろう)さんによって整備されたのは福岡では有名な話ですし、九州大学の誘致も、福岡の未来を考える民意によって実現してきた。しかしこれからは、慈善事業だけではなくビジネスを創出し、それが地域貢献になる仕組みが必要です」
第二は「情勢の変化を踏まえたアジャイルな政策策定」だ。
「新型コロナウィルスの発生は記憶に新しいところですが、地域は様々な課題に迅速かつ柔軟に対応していかなければなりません。その場合に、いち早く産学官民が集い、地域の方向性を考え、必要に応じて政策を策定したり変更したりする。そのような場をデザインするのもFDCの役割です」
そして第三が「新たなニーズを捉えた事業のイノベーション」だ。
「アクティブで思いのある企業がビジネスを切り開き、様々な社会的ニーズに対応する取組みをたくさん社会実装していき、官が支えることでまちが成長していく。それこそ福岡にふさわしい活路だと考えます。実際に、福岡には『自分たちの街を良くしたい』と、強い思いを持つ企業がたくさんあります。そんな人たちがプレーヤーとして本気で動いてくれれば、地域の自立性や自発性が高まるはずです。もちろん、域外の企業も大歓迎です。実際FDC会員の半分以上は域外の企業で構成されています」
天神ビッグバンで見た官民共創の理想の景色
産学官民連携でビジネスを創る。言葉にすると簡単だが、実現の難度は高い。
「官と民では、物事に対するスピード感が違うものです。例えばあるプロジェクトを動かすときも、民間は『決めたらすぐに動きたい』と考えますが、官は『予算化はどうするか、議会の承認をどう得るか』といった実現のためのステップを考え慎重に進めていきますので、双方の認識のずれが起こりやすくなります。そこにFDCが入ることで、調整を行ったり、コンソーシアムをつくって進行をスムーズにしたりといったマネジメントを行っています。異なる者同士が共創するのですから、最後は“人と人”です。関係者が納得できるWin-Winの関係性をつくり、前向きに決断してもらうことを大切にしています」現在進行中の大規模再開発プロジェクト「天神ビッグバン」もWin-Winを実現した好例だ。
「天神エリアのビルは老朽化が進み、かつ防災面を鑑みて、耐震性の高いビルに建て替える更新期を迎えていました。しかし、航空法の高さ制限の影響もあり、単純なビルの建て替えだけではなかなか採算がとれません。そこで福岡市の高島市長が強力なリーダーシップを発揮し、国家戦略特区を活用した規制緩和やインセンティブの付与といった政策的な措置を行い、民間にとって参画したくなる魅力的な条件を整備しました。これにより多くの企業が手を挙げ、今天神の街では70ものビルが一斉に建て替わろうとしています」
FDCの役割は、プレーヤーが活動できるように奔走するサポート役。苦労も多いが、街が変わる様子を肌で感じることは純粋に楽しい。特に、官民いずれかだけでは実現し得なかった“福岡らしい”発展の風景に出合ったときは、感慨もひとしおだ。
「天神ビッグバンのひとつに、『福岡大名ガーデンシティ』があります。ザ・リッツ・カールトンをはじめオフィスやショップが入居する非常にハイスペックなビルですが、その敷地内には地域の公民館と消防団があり、自由に出入りできる芝生の広場もあります。福岡市は公募条件の中に公民館の設置や、広場を開放することを盛り込んでいたのです。世界的なハイスペックな空間と、市民の人たちの憩いの空間が同居するとは......東京ではまずありえないことですよ」
つまりここは、官民で創った“都心の最先端スポット”であり、同時に“市民のための場所”。8月に開催された地域の夏祭りでは、ガーデンシティの広場に自治会のテントが並び、“盆踊り”や“お楽しみ抽選会”などが行われ、大人から子どもまで多くの市民が集まった。そのコントラストを目の前にした石丸氏は「福岡は、すごいことを実行している」と改めて驚いた。
「本当に、すごく素敵な光景でした。ハイスペックな空間に市民も地域の人も自由に出入りして、開発のメリットを享受できる。そうやって共生していくのが、福岡らしいまちづくりだと思います」
チャレンジに寛容な街でみんなの夢を叶えていく
石丸氏が福岡にUターンして約10年の月日が流れた。福岡で一番変わったと感じるのはどんなところだろうか。
「外形的にはいろいろありますが、私が最も感じる変化は『チャレンジに寛容な街』になったということです。福岡市は2012年にスタートアップ都市宣言をして、都市として新しいチャレンジを重ねてきました。そんな中、2017年に九州大学で起業部が立ち上がったとき、本当に街が変わったんだと驚き実感したんです。九大に通う学生は昔でいう「安定した企業」に入れるはずなのに、わざわざ部費を払って入部し起業したいなんて、ものすごいパラダイムシフトだなと。今はさらに進んで、スタートアップという言葉が認知され、スタートアップに就職といっても驚かれないような環境が整いました。それに伴い、大企業もスタートアップへの投資にチャレンジする機運が醸成されて、全体として資金や人の流動性が高まっています」
では、福岡のこれからは、どうなるのだろうか。返答からは、改めて地元への愛とビジネスへの信念が伝わってくる。
「10年前、景気は悪かったけれど、だからといって街が悪いということは全くない。僕もそうですけど、みんな福岡が好きで、ご飯はおいしくて、“いい街”だったことは確かだと思うんですよ。ただ、経済をきちんとしなければ、福岡がこの先何十年もいいままで続く保証はありません。世界経済情勢が日々移り変わり、世界の都市が生き残ろうと必死に戦っている中で、“選ばれる都市”になっていないと、いまを維持し続けることも難しい。
この10年、産学官民が連携してチャレンジしてきたのは、福岡の『持続可能性』と『人を留める力』を実装することです。高島市長は“夢が叶う街”と誰にでもわかりやすい言葉で表現しました。都市の成長と生活の質の好循環を確固たるものにすることで、ハードとソフト両面から、新たな生活環境やビジネスを生み出すまちを実現してきたのです」
さらに、今後の構想を熱く語る。
「新たな機能を実装した福岡はこれから、国内外問わず様々な人が訪れるようになり、街の多様性は増していくことでしょう。新しい人たちも、これまで住んでいた人たちも、皆さんが幸せに暮らしていけるかが、今後10年の福岡のチャレンジになると考えています。
都市の成長に伴って新たな課題が顕在化する事例が多々ありますが、福岡は従来の良さを残しつつ、ハイクラスなビジネスなども呼び込み、進化する。実現すれば、世界でもまれな存在になるに違いありません。福岡ならできる、私たちはそう信じています」
Fukuoka's Future Forecast 福岡の未来予想
一体的な都市圏を構築する
従来の行政区域だけでまちづくりを考えるのではなく、人々の生活圏として地域全体を活性化していくことが重要です。都市部の価値を、周辺エリアで享受できる、周辺エリアの価値を都市部で享受できる双方向の関係性を創り出すことが理想です。都市圏全体が一体となってより良いまちづくりを行うことが必要です。
text by Emi Sasaki / photographs by Yasunori Hidaka / edit by Keita Okubo
Ambitions FUKUOKA Vol.2
「Scrap & Build 福岡未来会議」
100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。