専門性と多様性──経験に裏付けられた人的資本経営、次の一手

Ambitions編集部

2023年、日本のビジネスシーンは人的資本経営「実装」フェーズに突入した。人的資本経営とは、つまるところ何なのか。すべてのビジネスパーソンが自身のイシューとしてこの問題と向き合うため、人的資本経営の課題と本質を探っていくのが特集「人的資本経営の罠」だ。日本における人的資本経営の先進企業の1社、キリンホールディングスで取締役常務執行役員 人事総務戦略担当を務める坪井純子氏に、同社の取り組みについて聞いた。

坪井純子

キリンホールディングス株式会社 取締役常務執行役員 人事総務戦略担当

1985年キリンビール入社。2005年キリンビバレッジ広報部長。2010年株式会社横浜赤レンガ代表取締役社長。2012年キリンHDにてCSR推進部長兼コーポレートコミュニケーション部長。2019年からキリンHD常務執行役員。2022年に人事総務戦略担当管掌。2023年には女性社員として初の取締役就任。

キリンホールディングス株式会社

  • 酒類事業、飲料事業、医薬品事業など
  • 従業員数 3万538人(連結、2022年時点)
  • 売上高 1兆9894億6800万円(連結、2022年12月期)

アンカーを軸に「キャリアジャーニー」を描く

人的資本経営に取り組むキリンホールディングスの人財戦略の特徴は「専門性と多様性」だ。人事総務戦略を管掌する取締役常務執行役員の坪井純子氏は、自身の経験を通じて「専門性と多様性」の重要性を感じているという。理系出身の坪井氏は、入社後初の女性総合職として製造部に配属。その後、商品企画部や広報部、当時グループ会社の商業施設社長を経て今に至る。

「ものづくりに携わりたくて技術系に入社したので、マーケティングに異動した当初などは部内で飛び交う言葉すら理解できず、挫折感を味わいました。しかし、新しい場所で踏ん張って何とか挫折を乗り越えるたびにひきだしが増えて、自分の中に多様な経験や視点を積み重ねてこられたと思います」

キリンHDのグループ企業には、飲料からヘルスサイエンス、医薬まで幅広い事業があり、社員がジョブローテーションにより様々な経験を得ることができる。キリンHDでは社員の一人ひとりが専門性という強みの軸、いわばアンカーを持ち、長期的な視点で自律的にキャリアジャーニーを描いていけるよう支援していこうとしている。

「私のアンカーはマーケティングです。たとえば広報部では、マーケティングで学んだ視点やフレームワークを活用するとともに、逆にマーケターとしての発想を磨くことができたように思います。商業施設の社長を務めたときにはマーケと広報両方のスキルや経験をフル活用していました」と坪井氏。「専門性と多様性」は一見矛盾するようだが、アンカーをもちながら多様な経験をすることで、自身のキャリアを築いてきたと捉えている。

キリンHDではコンピテンシー(リーダーシップや論理的思考などの行動様式)について評価する仕組みも採り入れている。

「様々な機能ごとに、専門性、スキルを磨いてきます。これがアンカーになります。一方、機能や専門性を超えて求められるのがコンピテンシーで、グループの大事にする価値観One Kirin Valuesにも紐づけて評価に取り入れています。自身で自律的キャリアを描き、アンカーを軸に多様な経験を重ね、コンピテンシーを発揮できる人財を増やしていきたいと思います」

24年卒採用から職種別採用を実施

キリンHDでは、24年卒採用から事務系の職種でも、営業や財務、法務、人事などの職種別採用を導入。さらに、すでに在籍する社員にも専門性の軸、つまりアンカーを決めてもらい、より自律的にキャリアを描いていけるような取り組みも始めている。これまではジェネラリスト的な人財輩出に軸足があったが、「専門性と多様性」を併せ持つ人財が育つタレントマネジメントへ変革する試みだ。

坪井氏はこれからの人財には、事業や職種に関わらず、全員に「専門性と多様性」の両立がより一層求められるようになると説明する。昨今はジョブ型など専門性が強調されがちだが、アンカーという専門性の軸を持ちつつも、多様性を磨くキャリアを積極的に選択していく「変化」への挑戦、つまり他流試合が欠かせないと話す。坪井氏は自身のキャリアを振り返り、こう締めくくった。

「もちろん、変化への挑戦を困難に感じる場面もあるでしょう。タフな環境で失敗も挫折も大いに経験するとよいと思います。それが必ず将来の糧になります。変わらなくていい人は一人もいないんです。一人ひとりが能動的、自律的に自分のキャリアを描いていく必要があると思っています」

POINT

  • アンカー(専門性)を軸とした人材育成
  • アンカー×多様性に加え、コンピテンシーを評価する仕組み

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Mai Terai / edit by Masaki Nishimura

#人的資本経営

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