ファンと向き合って培われた、無二の「発想力」──大手芸能事務所の元アイドル・櫻井龍之介さん

矢儀田汐理

元アイドルたちの活躍をひも解くと、ビジネスパーソンにも通じるキャリア選択のヒントが隠れているかもしれない──。人材関連サービスを展開するパーソルグループで広報やブランディングを担当する一方、アイドルについて知見をもつ矢儀田汐理氏が、元アイドルのセカンドキャリアを解説する連載。学生時代に大手芸能事務所所属の練習生としてアイドル活動をしていた櫻井龍之介さんに話を聞いた。 新卒で入社した企業では、バズるSNS広報に成功。現在は、アイドル事務所とマーケティング会社を運営し、ユニークな発想で人々を惹き付けている。櫻井さんのもつ企画力の原点は、アイドル時代のファンビジネスにあるという。

大ファンだった「嵐」に会いたくて、アイドルになる

──櫻井さんは学生時代、大手芸能事務所の練習生として活躍されていたそうですね。

2010年~2015年の5年間、ジャニーズ事務所(現:SMILE-UP.)に所属し、先輩方のバックダンサーをしていました。最年長だと近藤真彦さん、一番若いグループだとSexy Zoneさんの後ろで、踊っていましたね。

アイドル時代の櫻井さん

──アイドル事務所に入ったきっかけは?

嵐さんの大ファンだったんです。小学生の頃からファンクラブに入るほど、大好きでした。とはいえ、自分がアイドルになるという考えは頭にありませんでした。

転機は中学2年生のとき。「嵐のライブのチケットが欲しい」と親にお願いしたところ、「そんなに嵐に会いたいなら、アイドルになったら?」と勧められたんです。そこで、誕生日に履歴書を送ってみたところ、そのまま審査を通過し、約3カ月後にはアイドルとしてデビューしていました。

事務所に入ったきっかけとしては、「アイドルになりたい」というより、「アイドルになったら、大好きな嵐さんに会えるのではないか」という思いのほうが強かったですね。


──実際にアイドルとして活動してみて、いかがでしたか?

事務所に所属している人数が多いので、コンサートに出られるか、テレビ番組や雑誌に出られるか、グループに入れるか、全てがポジション争いの連続。活躍していくためには、自分のファンを獲得して人気にならなければなりません。コンサートのときには、「バックダンサーが何百人もいるなか、どんなパフォーマンスをすれば自分に注目してもらえるか」を、めちゃくちゃ考えていました。

自分や他のメンバーにどれほどファンがいるかは、事務所に届くファンレターの量で目に見えて分かるので、常に「負けてたまるか」と必死でしたね。

アイドルは生き様もかっこよく。受験期に1日17時間の勉強

──アイドル時代のスケジュールは?

事務所には高校3年生まで所属していました。授業が終わったら、ホームルームは出ずに現場に向かい、仕事が終わったら塾でまた勉強をするという、なかなか忙しい日々でした。


──慶應義塾大学に進学されたそうですね。アイドル活動も忙しかったなか、どのように受験勉強をしていたのでしょうか?

高校3年生の夏からは、受験勉強に専念するためにアイドル活動を休業し、1日17~18時間ほど勉強していました。その頃は、「寝る」か「勉強する」かの2択でしたね。


―ものすごい勉強量ですね。

もともと、勉強がとても好きだったんです。アイドル活動をしているときも、空き時間は楽屋でずっと勉強していたので、周りからは勉強オタクと言われていました(笑)。

特に勉強が好きになったのは、予習の習慣を付けるようになってからですね。勉強って、分からないと面白くないものですが、塾で予習してから学校の授業を受けると、面白いほど分かるようになるんです。それを続けるうちに、勉強自体が好きになっていました。

あとは、完璧主義な性格でもあるので、「全部理解したい」という気持ちがあったのと、アイドルとしてのプライドもあったかもしれません。


―アイドルのプライドとは?

アイドルにはファンの方の出待ちなどもあるので、ステージを降りても、常に周りから見られている感覚がありました。そのため、日常的に「ダサいことはできない」という意識になるんです。歩き方やスクールバッグの持ち方まで変わります。

いつでも“かっこいい生き様”でありたいと思っていたので、勉強も中途半端ではなく、ストイックに極めていました。勉強に限らずですが、ステージ以外でも人からどう見られているか意識して行動しているアイドルの方は多いと思いますね。

アイドル時代の櫻井さん(中央)

「歌って踊る」より、パフォーマンスに専念。実力派ダンスサークルへ参加


──アイドルを引退した理由は?

大学に進学して、ダンスに専念したいと思ったからです。

アイドル活動を通じて、「歌って踊る」よりも、ダンスパフォーマンスが好きだと実感していました。進学した慶應義塾大学には、EXILE、三代目J SOUL BROTHERSのメンバーとして活躍する岩田剛典さん()も所属していた実力派ダンスサークルがあります。そこでダンスに専念したいと思い、事務所を辞めました。


──ちなみに、事務所に入るきっかけとなった、嵐さんには会えましたか?

嵐さんのバックダンサーに付くことはできませんでしたが、事務所による東日本大震災の復興支援プロジェクトでお会いし、お話することができました。

夢を叶えて満足したから辞めたというのも、正直なところです(笑)。


──大学ではダンスサークルに?

そうですね。のちに部長にも就任しました。サークルといっても、まるで体育会系の部活動。ダンスにガチなサークルだったので、大学4年生の3月まで活動していました。

また、サークルとは別に、ダンサーとしても活動。有名アーティストのバックダンサーや、振付アシスタントなど、裏方として芸能界に関わっていました。

ファンを楽しませる発想力が、バズるSNSにつながった


──在学中はミスター慶應コンテストにも出場されたそうですね。

3年生のときに出場しました。実は、それが次のキャリアにつながるきっかけにもなっていて。

自分をPRするためにSNSを運用していましたが、ただダンス動画を投稿しても食い付かれない。どうしたらファンになってもらえるか試行錯誤したところ、最終的に出場者のなかで最も多くのフォロワーを獲得していました。

この活動が評価され、新卒で入社したジョンソン・エンド・ジョンソンでは、SNS運用や広報を担当することになりました。


──入社後の仕事内容を詳しく教えてください。

マーケティング部広報グループに所属し、ジョンソン・エンド・ジョンソンのファミリーカンパニーであるドクターシーラボのPRを担当しました。さらに2年目には、1人で全てのSNS運用を担当していました。

一番大きな実績は、「マスク敏感肌」をバズらせたことですかね。新型コロナウイルスが流行し始めた頃、マスクが原因の肌荒れに悩む方が多くいました。そこで、「マスク敏感肌」をドクターシーラボからバズらせようと、Twitter(現X)の国内トレンド1位をKPIに施策を実行。結果として、国内トレンド1位を達成したことに加え、1週間で約3万5000人ものフォロワーを増やすことにも成功しました。


──SNSでのファン獲得について、アイドルの経験も活きているのでしょうか?

アイドルを経験したことで、ファンを楽しませる動線を作ることが、自然にできるようになったと感じています。

SNSはアイドル時代から運用しており、ファン獲得のために「ファンが求めていることは何か」をいつも考えていました。特に「今から1時間、2秒以内にリプ返します!」といった企画は好評でしたね。

現在も、自分がやりたいことを投稿するのではなく、「このアカウントを見る人が喜ぶ投稿は何か」を常に意識しています。

現在の櫻井さん

独立、「Z世代によるZ世代向けマーケティング」に脚光


──現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

自社に限らず、もっと幅広い業種のPRに挑戦したいと思い、ジョンソン・エンド・ジョンソンは退職しました。その後は、2つの会社を立ち上げ、運営しています。

一つは、ジョンソン・エンド・ジョンソン時代の同期とつくった「株式会社SHIKI JAPAN」です。CMO代行事業を中心に、幅広いマーケティングソリューションを提供しています。

SHIKI JAPANの手がけるソリューションは、Z世代向けのマーケティングに特化しています。「若い世代にバズらせたい」「新しい客層を取り込みたい」という企業様に対して、マーケティングプランを提供しています。


──Z世代に目を付けるとは、面白いですね。

僕は1996年生まれなのですが、まさにZ世代の1期目と言われています。自分たちがZ世代のスタートであることを活かし、「Z世代が作るZ世代のためのマーケティング」をやってみたら面白いのではないかと企画しました。

僕たちだけでなく、現役大学生をインターン生として受け入れてチームを結成。企業様がターゲットにしたい世代が、直接マーケティングを提案する仕組みを構築しました。

結果として、多くのクライアント様から「まさに、こんなサービスを待っていた」という声を多数いただいています。

アイドル事務所設立、昔のつながりが今の仕事に生きる

──もう一つの会社についても教えてください。

もう一つは、以前所属していた事務所出身の5人で作ったアイドル事務所「EINE Entertainment」です。

EINE Entertainmentでは、楽曲制作やライブ演出、衣装デザイン、ポスター制作まで、すべて自社で完結することを強みにしています。創設者の5人は皆、アイドル卒業後にそれぞれの得意分野を極めてきた人物。僕はダンスを本格的にやってきたので、ライブ演出などを担当しています。


──とてもバランスのいいメンバーが集まったのですね。

発起人の一人が当時のつながりを活かし、それぞれの分野に長けた人に声をかけて結成されました。

全員が元アイドルなので、アイドル側の意向をくみ取りやすいことも強みになっていると思います。たとえば、衣装について「ギラギラなかっこいい感じ」という感覚的な要望を受けたとしても、すぐにイメージできます。アイドル側と「思っていたのと違う」とすれ違うことが少ないですね。

元アイドルの“DNA”を引き継いでいるからこそ、意思疎通が迅速に行えています。

現在の櫻井さん(中央)

──ちなみに、事務所引退後も当時のメンバー同士、仲がいいのですか?

特に同期は、今でも仲がいいですよ!よく一緒に遊んだり飲みに行ったりしています。

中学・高校時代って、クラスの友達よりも部活の友達のほうが、絆が深いじゃないですか。それと同じ感覚で、一緒に過ごす時間が多い事務所の同期とは絆が深かったですね。事務所は僕にとって、もう一つの学校のような場所でした。

そのつながりが今も続き、さらには仕事にまで結びついているなんて、感慨深いものですね。

ファンビジネス×マーケティングの知識で広がった、キャリアの可能性


──ここまでお話を伺い、櫻井さんの強みは発想力だと感じています。ご自身で意識していることはありますか?

何事に対しても、仮説を立てて理由を探す癖があるかもしれません。

たとえば、「インタビュー形式の動画がバズっている」と世間で言われると、「同じようにやればうちもバズるだろう」と、とりあえず真似をする人が多いと思います。

しかし僕の場合は、「様々な情報が飛び交う情報社会のなか、インタビュー動画はリアルな言葉を聞ける。情報の信頼性の高さが、人気の理由ではないか」と、「なぜバズったのか」を追求していますね。

“なぜなぜ意識”が、新しい発想のヒントを与えてくれていると思います。


──改めて、アイドルの経験が今に活きていると感じる瞬間はありますか?

「いかにファンを獲得するか」を試行錯誤したことで身に付けたファンビジネスの経験は、一番活きていますね。そこに、会社で学んだマーケティングの知識を合算したことで、キャリアの可能性を広げられたと感じています。

やはり、マーケティングの理論だけ知っていても、ズバ抜けた発想は生み出せません。アイドルを経験したおかげで、人を惹き付ける企画力や創作力が培われたのではないでしょうか。


──これからの目標を教えてください。

アイドル時代は、“僕個人”をエンタメとして提供してきました。しかしこれからは、"僕が作ったもの"を発信することに力を入れていきたいと考えています。

自分の作ったものが世界中の人々に影響を与え、より良い未来を創ることが、これからの目標です。今まで以上に多くの方に楽しんでもらえるエンタメを企画していきたいと思います。


【取材を振り返って】

アイドル時代、大学時代、会社員時代、それぞれの経験や人とのつながりが、そのまま現在のビジネスに結び付いていると感じました。櫻井さんのキャリア形成の根幹には、物事を継続する力や、得意分野を極める集中力がありそうです。

それと同時に、過去の功績にこだわらず、潔くキャリアチェンジをしています。インタビュー内で櫻井さん自身も「仮説を立てて考えるのが好き」と話していましたが、「こうなったらどうしよう」ではなく「もしAの事態が起きたら、Bの行動をする」と日々思考しているために、スムーズで大胆な決断ができるのではないかと想像します。

そして、振り返りと改善のサイクルを、アイドル時代から習慣付けてきたことで、その後の成果にも結びついているのではないでしょうか。


text by shiori yagita

最新号

Ambitions Vol.5

発売

ニッポンの新規事業

ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?