【大英産業 森圭太郎】社会課題と利益の間でもがく、シリアルイントラプレナーとしての3年間

大久保敬太

昭和43年創業、福岡県北九州市を中心に住宅事業を展開する地場の有力デベロッパー・大英産業株式会社。2022年、代表取締役社業の交代を機に、新事業を探索する「新規事業開発本部」が立ち上がった。 挑むのは森圭太郎さん。3年間、連続的に複数の事業を立ち上げ、社会課題の解決と事業の収益化の両立に挑んできた。 「社会課題の解決は、儲けが出ないので誰もやらない。だから社会課題として残っているんです」 シリアルイントラプレナーが直面した、ソーシャル事業の壁は何か。

森圭太郎

大英産業株式会社 新規事業開発本部 部長

北九州市出身。大学卒業後、運送業を経て2005年に大英産業株式会社入社。マンション事業部、戸建事業部を経て、営業部長・エリア展開責任者を経験。2022年より現職。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions編集長

地場デベロッパーが「住宅以外」の事業開発に挑む

大久保:まず、森さんのこれまでのキャリアを教えてください。

:社会人1年目はサカイ引越センターでしたね。その時の先輩から誘われて福山通運に移り、主に債権回収をしていました。1社目が北九州市、2社目は下関市ですね。そして3社目が大英産業です。

大英産業では、最初の5年がマンション営業で、次が戸建。今の部署ができるまえの17年間、ずっと住宅の業務に取り組んできました。

大久保:新規事業開発本部の部長に就任されたきっかけは何ですか?

:北九州市は、長らく人口減少に悩んできた地域です。このまま減少が進むと、人が暮らすことでなりたっている住宅事業は先細りになっていきます。

私たちは住宅業の領域を「住まい」から「暮らし」に広げなければいけません。地域の人々の暮らしに貢献する事業を興すことで、本業も継続的に成長することができると考えています。

2022年に社長が交代したことを機に、この考えのもとで「両利きの経営」の探索がはじまり、新規事業開発本部部長の打診を受けました。「部長」とはいえ、現在新規事業に取り組んでいるメンバーは私ひとりです。

大久保:新規事業開発本部のミッションは何ですか?

:①社会課題の解決、②既存事業への還元。この2つを軸に事業を開発することです。

最初に掲げた探索領域は「住宅事業『以外』のことをやる」こと。

事業目標は、3年以内に単年黒字化し、5年以内の投資を回収しきることです。

3年で12事業。立ち上げ・撤退ともに爆速

大久保:森さんはこれまで住宅関連一筋だとおっしゃられていました。経験のない事業開発に、どう取り組まれていったのでしょうか?

:当然、これまでのノウハウでできるものではありません。まずは北九州の課題のリサーチを行い、同時にスタートアップイベントに足を運んでパートナーとなる候補を探すなど、情報収集から始めました。

課題が見つかると、実際に検証し、パートナーとともに事業案を立ち上げてみる。そこからの収益化を狙う。これまでに、発表できるものだけで12事業に取り組んでいます。

提供:大英産業

大久保:3年で12事業、すごい速度ですね。

:しかし正直なところ、利益を出せているものはわずかで、撤退あるいは休止しているものが多いですね。

例えば「習い事送迎サービス」。北九州市の人口減少の中でも、特に減少幅が大きな世代が20・30代です。そこで、北九州の子育て世代が直面している課題をリサーチしたところ、育児の中でも「習い事送迎」の負担が大きいことがわかりました。

そこで、地場のタクシー会社や、子育て関連施設、北九州市などと連携し、サブスク型の習い事送迎サービス「北九州こどもミライシャトル」の実証実験を行ったのです。

提供:大英産業

この取り組みは全国誌をはじめ20以上のメディアに掲載されるなど、大きな反響を得ました。さらに、国土交通省の補助金にも採択されました。

大久保:社会性の高い事業ですよね。地場企業が地元のために取り組む意義もあり、注目が集まることも納得できます。

:しかし、ここからが難しかった。いざ始めてみると、料金を払って利用する人が想定より少なかったのです。月4000円の乗り放題をキャンペーンの半額で提供しようとしたのですが利用者が現れず、一時的に無料化して検証を続行。それでも、乗車数よりもメディア数の方が多いという結果になりました。

もちろん社会意義を感じてくれている方もいて、別のエリアからの打診もありました。しかし、現状では事業としての成立は難しく、補助金終了とともに休止しています。

大久保:課題はあるが、実際にお金を払う人は少なかった。難しいポイントですね。

撤退の危機、AI電話対応サービス

:また、現在注力していて、まさに土壇場という事業があります。「AIを活用した電話代行サービス」です。

住宅業界の業務の課題に、お客様からの電話への対応があります。「水回りの調子が悪いから見てほしい」といった、緊急を要するものから、クレームに近いものまで、それらの対応が大きな負担になっているんですね。

電話対応をAIが行うことで、24時間いつでも対応可能になります。緊急の場合は現地に出動しますし、そうでないものは担当者にテキスト化して正確に伝えます。効率化に加え、取次のミスを防ぎ、カスタマーハラスメント対策にもつながります。

提供:大英産業

大久保:AIが一次受けを行い、正確に振り分けながら同時に対応者の負担を軽減する。住宅だけでなく、幅広いカスタマーサクセスと親和性が高そうですね。

:ええ、ありがたいことに引き合いが多く、持続的に成長が見込める事業だと考えています。しかし、事業立ち上げの座組と、会社が事業をジャッジするタイミングが悪かった。

このサービスはAIに特化したパートナー企業との共創で取り組んでいます。立ち上げた際のパートナーとの契約では、システムの維持や機能改善に都度費用がかかり、当社として赤字を掘っている状況でした。

そのため、共創先を再検討し、事業の座組を整えて再スタートしたのが2025年8月。現在2件成約を獲得しています。これから、というとことなのですが、会社からは今月(※)中に8件程度の申し込みがなければ撤退だと宣告されています。

※取材は2025年8月下旬

大久保:商談はあるけれど、目標には届かない可能性が高い。

:加えていうと、このサービスはB2Bであり、導入までのリードタイムがかかるんです。今新規の問い合わせがあっても、顧客側で決済がおりるまで数ヶ月かかることもあります。

実は今日、この後も商談があるんですよ。やっと見えてきたところなのに……苦しいところです。

大久保:会社側への交渉の余地はないのでしょうか。

:結果を出せなかった自分の責任、と思うしかないですね。苦しいですが、今日時点では着地点が見えていない。

大久保:撤退となると、この事業はなくなるのでしょうか。

:うーん……非常に求められているし、住宅業界にとって意義があるというのは確信しています。そのため、大英産業としては撤退しても、パートナー企業の皆さんに想いを引き継いでいただけないかと思います。

あるいは、当社は副業が可能ですので、私が副業で取り組んでも面白いかもしれませんね。そうまでしてでも、事業を続けていきたい気持ちが強いです。

社会課題とビジネスの谷、どう渡るか?

大久保:新規事業の軸として「①社会課題の解決、②既存事業への還元」を挙げられていました。AIの電話対応サービスは①②両方に資する可能性があるのではないでしょうか。

:そこが、企業内の新規事業の難しいところです。

今の事業パートナーの方に、にこんなことを言われたんですよ。

「森さんは、社会課題を解決したいのか、利益を出したいのか、優先順位を教えてください」って。

私は、社会課題の解決が一番だった。でも会社は、利益を見て判断せざるを得ない。これは新規事業に限らず、当社の他の事業も同様です。だから言い訳はできない。

そこに隔たりはありますよね。

結局のところ「社会課題の解決」は、儲けが出ないので誰もやらない。だから「社会課題」として残っているんです。

大久保:そもそも、困難な状況からのスタートなのですね。

:課題の探索からはじまり、既存事業との兼ね合いや利益を出す方法を探し、立ち上げと撤退を繰り返している状況です。

民泊、3Dプリンタ……それでも打席に立ち続ける

大久保:現在も、新しい事業の立ち上げを進めているのでしょうか?

:はい、しかし少し方向を変えました。

当初は「住宅以外」というミッションで進めていたのですが、ある日ふと「住宅の会社が、住宅以外の領域で立ち上げる、しかも短期的に利益を出すって、確率低いのは当然じゃないか?」と気づいたんです。言葉にすると当たり前ですよね(笑)。

すぐに会社と交渉し、利益を目指すのであれば、住宅以外という条件を外し、どの領域でも連続的に立ち上げていく方向にシフトしました。

そこからは、宿泊事業や、古い住宅のリフォームと民泊を組み合わせた事業、まだ技術的な課題はありますが3Dプリンタ住宅など、住宅に近い領域を探索しています。

既存事業からはみ出す、イントラプレナーという生き方

大久保:新規事業に取り組まれたこの3年、改めて振り返ってみて、何を得られたとお考えですか?

:出会う人たちが変わった、ということが一番大きいです。これまで17年間大英産業の住宅領域の仕事に取り組んできました。それだけやっていると、新しいプロジェクトが始まったり、新しい取引先の方と出会ったりしても、想像を超える提案や商品はなくなってきていました。

新規事業開発では、異業種のパートナーやスタートアップ、事業開発に関連するさまざまな方とお会いする機会をいただきました。

そこで出会う人たちは、これまでの私の経験にはない方ばかりです。非常にシャープな思考を持つ人も多く、刺激を受けています。

(Ambitions/AlphaDrive代表の)麻生要一さんなんて、すごい面白い方じゃないですか。

新規事業を相談したときに言われたこと、覚えていますよ。「大英産業さんはマンションを建てるのに数千万の土地を買うのに、なぜ新たな事業を立ち上げるのに数千万単位の投資を惜しむんですか。本当に新規事業開発を成功させようとしているんですか?」って。ズシンと、ずっとここ(胸あたり)に残っています。

また、3年間で重ねた経験も大きいと感じています。

リサーチから仮説検証、立ち上げ、その先のマーケティング、利益化など、それらを経験したことで、次第に選球眼のようなものが養われてきたという感覚があります。

また、3年やっていると、ある事業で出会った人が、別の事業でつながったりと、思わぬ動きが出始めているんですよ。たくさんの方に協力いただいている取り組みですので、その恩もしっかり返していきたい。

どんどん精度を高めて、新規事業開発を進めていきます。

大久保:ちなみに、以前の部署ではチームを率いる管理職でしたよね。現在は新規事業開発本部の「部長」とはいえ、最前線のプレーヤーです。ご自身のキャリアについて思われることはありますか?

:子どもの頃、「部長」なんていうと、偉そうというか、なんかゆったり仕事をしているイメージを持っていたんですね。

でも、大英産業に入ってみると、トップの社長が誰よりも忙しく働いている。それを見ていたら、今の時代、キャリアの中で「楽なポジション」なんてないんだって(笑)。社長があれだけやってるんだから、私はそれ以上にやらなければいけないと思っています。


編集後記

地元・北九州の社会課題解決の探索からスタートし、収益化という高いハードルに苦しみつつも、次々と事業を打ち出し経験を重ねている森さん。これほど数を重ねると、各事業を進める中で新たなつながりや、相互送客といった「新規事業同士のシナジー」が発生していると話します。

失敗ではなく、次の挑戦につながる種が増える。3年間の果敢な取り組みを経て、確実に次のフェーズへと移行していることを感じました。

【大英産業】

#新規事業

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