【FBS 藤谷拓稔】社長が激怒。地上波NGになったテレビ局ヒーローの大逆転劇

大久保敬太

福岡に拠点を置く地方局・FBS(福岡放送)。2022年、同局のSDGsの啓蒙プロジェクトから、ご当地ヒーロー「バカチンガー」が誕生した。 地元出身の俳優・武田鉄矢の金八先生をオマージュし、ベルトには辛子明太子をあしらった福岡愛あふれるキャラクターだったが、公開直前に社長から「地上波NG」を言い渡される。 しかし、プロジェクトを推進する同局・藤谷拓稔さんは諦めなかった。 地道な活動を続けて3年、じわじわと知名度と実績を重ねた。 そしてついに、バカチンガーを葬ろうとした社長と、再び対峙することになる。 キャラクタービジネス、意地の新規事業に迫る。

藤谷拓稔

株式会社福岡放送 コンテンツ戦略局総合戦略センター 副部長

2004年福岡放送入社。放送管理部、スポーツ部(ホークス担当)を経て、制作部。深夜番組『ナンデモ特命係 発見らくちゃく!』を立ち上げ、10年間にわたりプロデューサー・総合演出として指揮する。2021年より編成部。2022年に部門横断プロジェクトの中で「バカチンガー」をプロデュース。現在も普及活動に取り組む。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions編集長

自称・日本一「お蔵入り」を出したテレビプロデューサー

大久保:Ambitionsは地域版マガジン『Ambitions FUKUOKA』を発行しており、その取材活動の中で福岡のヒーロー・バカチンガーの存在を知りました。今日は改めて、プロジェクトの推進者である藤谷さんに「キャラクタービジネスの新規事業」について伺います。

藤谷:よろしくお願いします。

大久保:まず、藤谷さんのキャリアについてお教えください。

藤谷:制作が中心です。大きなところでは、深夜のロケ番組『ナンデモ特命係 発見らくちゃく!』を立ち上げて、10年程やっていました。おそらく、日本一「お蔵入り」の多い番組だったと思います。

大久保:なぜですか?

藤谷:視聴者からの調査依頼を演者の芸人さんが調査・解決するというロケ番組なのですが、仕込みなしでガチでやるため、内容をコントロールできないんです。結果、放送できない内容になったり、撮った後に「やっぱり放送しないでくれ」と言われることがとても多くなってしまって。

大久保:テレビ局としては損失ですよね。

藤谷:ええ、はじめは「なぜお前の番組はこんなに問題を起こすんだ」と怒られていました。でも、でも人って慣れるんですよね。あまりに連続してお蔵入りになるものだから「そういうもんだ」ってなる。

でもその分、予定調和ではない番組ができます。撮ってる人間がハラハラしないものを放送しても、視聴者はハラハラしません。

もちろん番組のプロデューサーとして、どう切り抜けるか考えてはいますよ。でも、スタッフには言いません。トラブルに遭遇したとき、演者、スタッフが本当にハラハラすることで、思いもよらない展開になる。それがいいんです。

大久保:鬼プロデューサーですね。

藤谷:モットーは「危ない橋を生きて渡り抜く」です。怪我してもいいんですよ。

社内横断のSDGs推進プロジェクトでヒーロー誕生。公開2日前に頓挫

大久保:2021年より編成部(7月より総合戦略センターに改称)に移籍し、「バカチンガー」の取り組みが始まります。経緯を教えてください。

藤谷:バカチンガーの誕生は2022年。部門横断で12〜3名が集まったSDGs推進プロジェクトの企画として生まれました。

ブレストを繰り返す中で、福岡の県民性からすると、横文字で伝えるよりも、親しみのある言葉で伝える方がいいんじゃないかって話になり、そこから「バカチンガー」プロジェクトが生まれたのです。

オマージュは、武田鉄矢さん。事務所にも許可をいただきました。最初にショートアニメをつくって、キャラクターの人格、着ぐるみなど細部を検討していきました。

※バカチンは、博多弁でバカ、マヌケなど。親しみのあるニュアンスを含む

大久保:藤谷さんが主導で活動されたのですか?

藤谷:キャラクタービジネスって、属人的なものだと思うんですよ。多数決で決めるものではなく、少数で作り込んでいくから面白くなります。

プロジェクトを統括する責任者は別にいましたが、バカチンガーについては僕に任せてくれました。

最後まで迷ったのは、バカチンガーに入る「中の人」。福岡に暮らすフランス人を起用しました。フランス人の話す博多弁がいいんですよ。

大久保:フランス人。

藤谷:190cmあります。

そうしてさまざまな準備が進み、いよいよお披露目が近づいてきたとき、ふと「あれ、社長に言ってなくね?」と気づいたんです。

プロジェクトのリーダーがGOを出している案件です。別に許可を求めるものではないけれど、一応「ご承知ください」みたいなレベル感で言っておこうとなり、報告にいきました。

藤谷:僕は、社長にほめられると思ったんですよ。「おもしろいじゃん」って。

でも社長の反応は……「人に『バカ』というのは、不適切ではないか」というものでした。

全然笑ってくれない。説得しようとしたものの、粘れば粘るほど社長の表情が険しくなっていき、「あ、これはダメだ」と悟りました。それが、公開2日前。

大久保:お蔵入りの危機。チームメンバーの反応はいかがでしたか?

藤谷:がっかりしていましたよ、怒り出す人もいました。

大久保:藤谷さんのご心境はいかがでしたか?

藤谷:僕は逆に、「このプロジェクトは成功する」と確信しました。「バカチンガーのストーリーは、今はじまった」と。

大久保:どういうことですか?

藤谷:キャラクターには、主人公が何に葛藤していて、何と戦っているかという「ストーリー」が大切です。当時、まだバカチンガーにはその設計ができていなかった。

そこに、社長という「敵」が現れ、立ちはだかってくれた。

大久保:そういえば、名作とされる漫画やゲームなどでも、冒頭で大きな「苦難」にぶつかるものが多いですね。

藤谷:バカチンガーはスタート段階に「社長からめちゃくちゃ目をつけられる」という面白事案が起きた。だからこのコンテンツには価値がある、と確信しました。

地上波NGのテレビヒーローが、中高年に響く理由

藤谷:バカチンガーは社長に怒られましたが、完全になくなったわけではありませんでした。プロジェクトのリーダーが流石に申し訳ないと思ったのか、その後社長に直談判してくれたんです。

そこで決まったのは「地上波での露出NG」。テレビ局のキャラクターなのに、テレビに出られない。しかし同時に「それ以外は何をしてもいい」ということです。これを掴んだのは大きかったですね。

大久保:藤谷さんは、ロケ番組で危機を経験されているとあり、何でも前向きに変換されますね。

藤谷:予算もなにもない状態でのスタートです。まずはSNSのXを立ち上げて、毎朝7時半に投稿することから始めました。内容は、僕がその日に考えて投稿しています。雨の日も風の日も、体調悪い日も関係なく、必ずやる。そう決めました。

ちなみに写真は、中の人の都合が合うときに公園などで撮影しています。

ある日の投稿

藤谷:バカチンガーの存在を広げるにあたっては、家族向けの路線なども検討しましたが、すぐにやめました。バカチンガーは、権力の力で「地上波NG」になった存在であり、会社で理不尽な仕打ちを受けている僕らサラリーマンと重なる存在です。

がんばる人に向けて、前向きな、僕自身が奮い立つようなメッセージを投稿を続けることにしたんです。

大久保:世の中の流行や既存の手法ではなく、あくまでバカチンガーの存在を正面から発信する、と。

藤谷:ええ、毎日、それこそフォロワー数人の時から、一人ひとりに向けてエールを送り続けてきました。それで、少しずつ、じわじわとフォロワーを増やしていきました。

転換点だったのは、「西日本新聞」に紹介してもらえたことです。新聞に載るということは、ニュースバリューがあるというお墨付きをいただいたことと同じです。社内外で市民権を得ることができました。

大久保:バカチンガーは「九州プロレス」の大会アンバサダーや、ラグビーチームの「九州電力キューデンヴォルテクス」のアンバサダーとして活動されています。他にも企業コラボの実績が多いです。BtoBの案件はどのように獲得されたのでしょうか。

藤谷:ひとつの仕事が次の仕事を持ってくる。本当にそんな感じで広がっていっている状況です。

バカチンガーのフォロワー数(2025年9月時点約9200人)は、他のインフルエンサーとの比較では物足りないかもしれません。しかし、熱烈な支持者がいる。そしてファンの方々は、バカチンガーの境遇や発信に共感してくれる「ビジネス×中堅・リーダー層」、企業の意思決定層であるケースが多いんですよ。

インフルエンサーほどの拡散はないけれど、トップダウンで案件につながる。それが、バカチンガーの特徴だと理解しています。

JR九州とタッグを組んだ「HAKATA幸せの運拾い運動」。地域のボランティアと共に、毎月地域の清掃活動を行っている。この様子が、2025年の24時間テレビで放送された。

自社はNGでも、競合メディアで露出する

大久保:ちなみにバカチンガーは、日本テレビ系の情報番組「シューイチ」(2024年6月23日回)でご当地ヒーローとして取り上げられていますよね。地上波NGは大丈夫だったのでしょうか?

藤谷:許可は取っていません。

大久保:……それは、大丈夫でしたか?

藤谷:地上波NGと言った社長の権限は「FBSの電波」に関するものですよね。他局の放送内容への責任・権限はありませんよね。

大久保:まあ、それはそうなのですが……。

藤谷:これは僕の考える「企業内で物事を進めるポイント」なのですが、「許可」をもらおうとすると、与える側に「責任」が生じて、進みにくくなるものです。しかし勝手にやると、「バカな社員が勝手にやった」と言えるので、許可を与える側に責任は発生しません。

許可を得るということは、自分が責任を負わないようにする行為。自分が責任を持って進めて、失敗しても怒られるくらいですむなら、やってしまう方がいいんです。

まぁ、「地上波NGで、それ以外はOK」となったときは、きっと社長も他局に出演するとは思ってなかったとは思いますけどね。

FBS本社の受付には、藤谷さんが無許可で置いたバカチンガーフィギュアが今も設置されている。

業務の境はない、四六時中バカチンガーのことを考える

大久保:ここで社内のお話しをうかがいたいのですが、藤谷さんは「業務」としてバカチンガーにコミットされてきたのでしょうか。

藤谷:本務は編成ですので、最初はあくまで社内プロジェクトの一環であり本務以外の活動だと認識されていたと思いますが、バカチンガーも認められるようにという意識でやっていました。

大久保:業務全体の割合で言うと、どの程度割かれていましたか……?

藤谷:……うーん、どうなんでしょう。

思考はずっとですよ。家に帰ったら「次の朝の投稿どうしよう」と考えていますし、勤務中も本業のことを考えならも、頭のどこかでは同時並行でバカチンガーのことを考えています。

大久保:社内でバカチンガーを守るために行われたことはありますか?

藤谷:毎週チームで定例があるのですが、そこで必ず「バカチンガーの活動報告」を差し込むようにしました。業務の真面目な報告が並ぶ中「バカチンガー」と発言するのが恥ずかしい気持ちもありましたが、それは必ずやろうと。

また、周囲はバカチンガーの状況を知っているので、応援してくれる方は多くいました。

今、テレビ業界はコンプライアンスに縛られています。テレビ局で働く人たちは、昔からテレビが大好きだった。しかし今、やりにくさを感じている部分もある。

社内ではバカチンガーに共感してくれる人は多かったですね。

社長との再対決。プロジェクトの予算化と勝ち取る

大久保:「バカチンガープロジェクト」の一番のハイライトを教えてください。

藤谷:社長との再対決です。活動を続けていく中で、社内でのバカチンガーに対する空気が前向きなものに変わってきたのを感じており、どこかで「地上波NG」の制限をなくしたいと思っていました。

また、社長が退任するタイミングも近づいてきていました(2025年6月に正式決定)。だからといって、社長が交代したから地上波OKというストーリーには絶対したくない。NGを出してくれた社長にOKを貰わなければいけない、と。

大久保:最後まで戦いますね。

藤谷:社長を、ヒールのままで終わらせたくなかったんです。

それに、僕は、社長はとても情に厚い人だと思っているんですよ。社長という立場からバカチンガーにNGを出したけれど、ひとりのテレビマンとして、本当はこういうの好きだったんじゃないかって。

ちょうど2024年の秋、飲酒運転撲滅活動に貢献したとして福岡県警から感謝状をいただきました。この成果を持って社長室に行き、報告と同時に地上波OKを交渉することに決めました。

バカチンガーと部長と、3人で社長室にいきました。あ、ちなみにカメラを回しましたよ。YouTubeで公開しています。

大久保:全てをネタにする姿勢、プロとして尊敬します。結果はいかがでしたか?

藤谷:最初はちょっとピリッとした空気があってやばいかなと思ったのですが……社長も照れてたんでしょうね。笑いながら「今日からは、堂々とご出演ください」って許可をいただきました。

……なんか、もう本当に、涙が浮かびましたよ。

社長に直談判した動画

藤谷:さらに、社内の事業としての進展もありました。

これまで「業務外」の取り組みでしたが、2025年度から事業として予算がついたんです。いろいろある予算項目に「バカチンガー」って(笑)。局のPR活動として、できることも広がります。

大久保:社長NGという絶体絶命の状況から、事業として予算を獲得。すごい逆転劇だと思います。不遇な期間もあったかと思いますが、心が折れることはなかったのでしょうか。

藤谷:「その質問」をされるためです。いつか必ず成功して、その暁にはきっと「なぜ続けられたの?」と聞かれる、その未来の光景を信じていたんです。

大久保:この連載「社内起業という奇跡」は、社内起業に奮闘する方々のストーリーを届けることで、これからの挑戦者を応援することを目標としています。

バカチンガーの発信内容は、日本中のイノベーターたちの心に刺さると実感しています。これからも注目を続けます。


取材後期

すべてのトラブルをすべて原動力にして突き進み、大きな物語に仕上げて目的を達成する。長年の番組制作で培ったと話されていたそのエンターテイナーな思考は、イノベーターとしての大きな武器になると知りました。

「危ない橋を生きて渡り抜く」「許可はとらない」

インタビューでは笑ってしまいましたが、本質的な名言の数々、ありがとうございました。

#新規事業

最新号

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福岡経済の今にフォーカスするビジネスマガジン『Ambitons FUKUOKA』第3弾。天神ビッグバンをはじめとする大規模な都市開発が、いよいよその全貌を見せ始めた2025年、福岡のビジネスシーンは社会実装の時代へと突入しています。特集では、新しい福岡ビジネスの顔となる、新時代のリーダーたち50名超のインタビューを掲載。 その他、ロバート秋山竜次、高島宗一郎 福岡市長、エッセイスト平野紗季子ら、ビジネス「以外」のイノベーターから学ぶブレイクスルーのヒント。西鉄グループの100年先を見据える都市開発&経営ビジョン。アジアへ活路を見出す地場企業の戦略。福岡を訪れた人なら一度は目にしたことのあるユニークな企業広告の裏側。 多様な切り口で2025年の福岡経済を掘り下げます。