【三井住友海上 藤田健司】保険×スタートアップが、イノベーションの起爆剤になる

大久保敬太

世界を変えるイノベーションとは、世に出たばかりの「何者でもない」時期は、いかがわしく映り、社会から批判を受けやすいものだ。 三井住友海上火災保険株式会社の藤田健司さんは、その構造を打破する「スタートアップ向け保険」というジャンルを開拓。ドローン、仮想通貨、NFTなど、これまで手がけた新たな保険は80に及ぶという。 「保険の価値は、従来の『守り』だけでなく、スタートアップの成長を促進する『攻め』にある」と、藤田さん。 大手企業の顧客を多く抱える巨大保険グループにいながら、スタートアップコミュニティのキーパーソンとしても活躍する藤田さんに話を聞いた。

藤田健司

三井住友海上火災保険株式会社 ビジネスデザイン部 部長 三井住友海上キャピタル株式会社 投資パートナー

1990年入社。グループ業務プロセス改革プロジェクトに参画後、営業推進部門・企業営業部門を経て、2016年より現業に従事。VCやアクセラレーターとの協業を通じ、新たなリスクソリューションを展開し、最新の保険技術を活用してスタートアップ企業の成長を支援。また、三井住友海上キャピタルのパートナーを兼務し、投資開発、ビジネスマッチング、オープンイノベーションを活用した投資先のバリューアップにも取り組む。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions編集長

大手顧客が消える恐怖──。保険の未来を模索

大久保:「スタートアップ向け保険」を生み出し、約10年に渡りスタートアップシーンを支援してきた藤田さん。きっかけは何だったのでしょうか?

藤田:保険会社の機能は大きく「保険金を支払う部門」「お客様からお金を預かる部門」「バックアップする部門」の3つがあります。その「支払い」以外はほぼすべて経験してきました。

営業推進、商品企画、経営企画などですね。海外にも行きましたし、佐賀支社長も経験しました。

藤田:キャリアの中で転機となったのは、2011年の東日本大震災。

当時、僕は企業営業部門でライン長をしていましたが、僕たちの部署が担当していたメインクライアントのひとつが、震災の影響により、保険の契約がどんどんなくなっていきました。

大久保:クライアントの状況が変わると、保険にはどのような影響があるのでしょうか。

藤田:「保険」というのは、ビルや会社、車両など、さまざまな「物」についています。それらの契約は、毎年更新されていきます。

ビルや車両を売却する、会社を譲渡する、廃業する、そんな意思決定がされる度に、紐づいていた保険契約も解約になるわけです。

当時はもう、毎日のように契約がなくなっていきました。

大久保:企業が止血のために何かを手放すと、保険も消えるのですね。しかし営業組織としては、新たな売りを立てなければいけない。

藤田:ところが、当社では「業種」ごとに担当部署が分けられていて、別の業種を開拓することは、社内ルール上NG。

当時は、両手を縛られていた状態で喧嘩してこいって言われているようなものでした。

その時、「自分がライン長をしている間には、マーケットが元に戻ることはない」と思ったんです。

藤田:であれば、後輩たちの時代には、新しいマーケットをつくっておかなければいけない。そんな想いから、2013年にスタートアップのための保険をつくり始めました。

スタートアップ黎明期。キラキラした若者に魅了される

大久保:2013年頃は、「スタートアップ」という言葉がようやく広まり始めた時期です。なぜ、スタートアップに着目されたのでしょうか。

藤田:人との出会いです。グループ会社のCVCから紹介を受けて、bitFlyerの加納裕三さんを訪ねたことがありました。当時のbitFlyerは、まだ10名くらいの規模だったかな。きれいなオフィスではありますが、雑居ビルです。

そこで加納さんは、目をキラキラさせながら、事業の構想や未来について語るんですよ。東京大学出身の若者が、大企業に進むのではなく、まだ世の中にないことを始めようとしている。

なんだ、これは、と。とても興味を持ったんです。

大久保:それまで、スタートアップとの関係性はお持ちだったのですか?

藤田:いえいえ、まったくですよ。しかし保険をつくるには、スタートアップの困りごとを知る必要があります。

スタートアップにとにかくDMを打って「一度お話を聞いてくれませんか?」とお願いして、興味を持ってくれたらどこへでも向かう。最多で、年間250社と面会しました。

「困りごとはありませんか?」「事業の足枷となっているものは何ですか?」と、2年くらいは話を聞いてまわる期間が続きました。

また同時に、VCや支援会社など、スタートアップが集まる場所に出向き、「保険がスタートアップのグロース支援になる」と説得して回りました。

大久保:まるで、藤田さんの方がスタートアップのようです。そうやってスタートアップコミュニティに加わっていったのですね。

「保険」が、スタートアップに効く理由

大久保:藤田さんは「保険がスタートアップのグロース支援になる」とおっしゃられていました。それはなぜでしょうか?

藤田:「ドローン保険」のケースで説明しましょう。ドローンが世の中に広がり始めた頃はまだ法規制がなく、首相官邸への墜落がニュースになることもありましたよね。

社会的に不安がある状況だと、新しいサービスは広がりません。そこに、的確なリスクアセスメントを行い、もしもの時の「ドローン保険」をつくる。それによって世の中の人が、安心して手に取りやすくなるのです。

藤田:従来の「補償」に主眼を置いた商品を「守りの保険」とするのであれば、スタートアップの活動を支援する「攻めの保険」というわけです。

スタートアップはスピード勝負です。不確実性があっても、法規制が整うのを数年単位で待っているわけにはいきません。そこに先んじて「保険」があることで、社会に健全性を示し、事業を進めることができます。

大久保:保険が、社会実装の入口になるのですね。

藤田:先ほど話しましたbitFlyerさんとは、2016年に「ビットコインの盗難補償保険(※)」をつくりました。2014年に起きた「マウントゴックス事件」(暗号資産交換業者のマウントゴックスから、当時のレートで約470億円相当のビットコインが流出した事件)もあり、信頼性が揺らいでいた時期です。

※現在は販売終了

大久保:ビットコインは「盗難補償」。あくまで盗難にフォーカスしていますね。

藤田:ええ、どこにどうリスクがあり、補償するかがポイントです。

脆弱性や、技術そのものに対する不安ではなく、いつの時代にも出てくる悪い人から被害にあったときの補償です。保険の内容や名称は、世の中へのメッセージでもあるんです。

大久保:つまり「技術そのものは信頼できると、三井住友海上が認めた」ということですね。

イノベーションとははじめ「わからない」「いかがわしい」と見られるものです。そこに「保険」があることで、世の中に「こういう存在だ」という像を示すことになる。

リスク診断であり、ブランディングであり、PRであり、最終的には補償する。保険という商品の価値がここまで拡張されるのは驚きです。

最短3カ月。新しい保険のつくり方

大久保:ここで、「スタートアップ保険」のつくり方についてお伺いします。

まだ世にないサービスが生まれた時、どのようにリスクを計算し、保険という商品にされるのでしょうか?

藤田:僕らはリスクアセスメントが本業です。これまでにあらゆる業界やサービスのリスクを算出してきました。

新しくスタートアップの保険をつくる場合、まずはこれまでに作った保険をチューニングしてつくります。2020年に実際に企画した「空飛ぶバイク」を例にすると、「バイク」「ドローン」「ヘリコプター」などはそれぞれの保険はあるので、これを土台にカスタマイズするイメージです。

墜落のリスクはどの程度あるのか、衝突事故のリスクは地上と比較して高いのか、低いのか。技術の話では、専門のエンジニアにも入ってもらい、どこにリスクがあるかをしっかり見ていきます。

最短3カ月程度で新商品をリリースすることができます。

大久保:取材の冒頭で、「担当する業種以外はNG」と伺いましたが、スタートアップの場合は問題ないのでしょうか?

藤田:ええ、まだどの業種にもなっていないものですから(笑)。

そして、皆やりたがらない。でも、これからは、それじゃダメなんですよ。

既存の保険の担当者にどんどん声をかけて、逃げようとされても引っ張って、新しい保険を形にする。ここ10年で約80のスタートアップ向け保険をつくってきました。

利益が低く、失敗の多い新領域。なぜ大手が挑む?

大久保:「空飛ぶバイク」のケースでは、サポートしていたスタートアップA.L.I. Technologies はその後破綻しています。

スタートアップの生存率は、大手企業と比較して決して高くはありません。その1件1件に対して、いわばオーダーメイドのように保険をつくるのは、保険大手企業としてどのような合理性があるのでしょうか?

藤田:保険を1つつくるとして、スタートアップのいちサービスに特化したものと、大手企業に導入されやすいものだと、当然、後者の方が売上になります。

そのため、僕のチームは売り上げのKPIを撤廃して、今の事業に取り組んでいます。「好き勝手やってる」など、いろいろ言われることもありますけどね、それでもこれは、長期的な視点を持ってやるべきことです。

残り時間は5年。持続可能なスタートアップエコシステムをつくる

大久保:藤田さんは現在、保険会社の人に留まらず、東京スタートアップコミュニティの相談役のような活動をされています。どのように拡張されていったのでしょうか?

藤田:リスクアセスメントが本業ですので、スタートアップの方々からの相談は以前からいただいていました。2020年あたりからかな、行政やVCからも相談が来るようになりましたね。

また、スタートアップと当社の法人顧客との相性がいいことにも気づきました。

現在、当社の顧客は東京23区だけでも数万社。27年度にあいおいニッセイ同和損保と合併すれば更に大きな規模になります。

そこにはあらゆる業種があり、中小企業から大企業までさまざま。特に中堅中小企業は、普段スタートアップとの接点を持っていないケースが多いのです。

僕がスタートアップの情報を集めて社内に伝えることで、本業の営業シーンで各顧客にスタートアップ紹介でき、そこでサービスの利用や共創がうまれます。「保険」の原点は、お客様のため。であれば、保険だけではない顧客支援の一環として、スタートアップの紹介もあるだろう、と。

大久保:藤田さんがハブとなり、スタートアップと東京の企業のオープンイノベーションを起こしているのですね。藤田さんが目指す「ゴール」はどこなのでしょうか?

藤田:僕は今、60歳。さすがに65歳を過ぎてスタートアップコミュニティにいるのはちょっと想像できません。だからあと5年です。これまで培ってきたノウハウや、チームの人材、ネットワーク、すべてを次の世代に渡したい。

また、ビジネスのネットワークは、人事異動などで常に形が変わっていくものです。そこで、会社ではなく人に紐づく、新しい協会の設立を進めています。これらの活動を通して、スタートアップが成長するための持続可能なエコシステムをつくっていきます。


編集後記

これまでに数回「Ambitions」にご出演いただいていた藤田さん。今回改めてイントラプレナーとしてのストーリーをうかがいました。

「保険」という商品の価値を、「守り」から「攻め」へと転換し、スタートアップの成長を支援する。仕組みを捉え直し、別の価値を生み、コミュニティへと広げる。

パブリックイメージでは「スタートアップの支援者」の色が強い藤田さんですが、ご本人が一番のイノベーターだと、改めて感じました。

photographs by Kohta Nunokawa


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