今、日本企業はこぞって中期経営計画にDX、組織変革、ダイバーシティ、新規事業開発を盛り込んでいる。しかし「変革」ということばを盛り込んで、どこか満足していないだろうか。現場でコツコツ仕事に取り組む社員の、日々の業務にどれだけ思いを馳せているだろうか。連載「日本企業の突破口。沢渡あまね、経営者に物申す!」では、主に日本の大企業へ向けた変革人材の育成や、組織課題解決を行うプログラム『組織変革Lab』を主宰する沢渡あまね氏に、経営者自身が日本企業を変えるための突破口をどう切り開くべきか聞いていく。
CASE 1 大企業の経営者あるあるから脱却せよ
組織開発&ワークスタイル専門家の沢渡あまねです。仕事柄、多くの企業や組織を見てきましたが、いわゆる「大企業病」に陥っている企業、組織があまりに多いと感じています。本シリーズでは、大企業の、とくに経営者層の課題について提言し、日本企業の突破口をみなさんと模索したいと思います。
初回は、大企業の経営者が陥りがちな10の「あるある」をあげました。この項目を見てドキッとした経営者もいるのではないでしょうか。
大企業の経営者10のあるある
1. ビッグワードを叫んでいるだけ
「DXだ!」「働き方改革だ!」と叫ぶだけで、何の行動指針も示さない。結局現場に丸投げし、現場は振り回される。
2. 権限移譲するフリをする
現場の声に耳を傾けるフリをして頭ごなしに否定する。現場は無力感にさいなまれる。
3. 結局投資をしない
改革を謳う割には予算を出さない。「お金を使わず頭を使って工夫せよ」などと言い出す。
4. 短期的な成果を求める
大きなテーマこそ中長期的に取り組むもの。短期的なKPI管理や日次・週次管理は、変革・改革と相性が悪い。
5. 現場を見ない、交流しない
会議室で「変革だ!」と叫んでも現場のリアルは見えない。悪気はないのに現場と景色がずれ、溝が生まれる。
6. 経営者なのに「お客様モード」
社内に「推進室」をつくったり、外注して「提案しに来い」と言ったりして満足しがち。トップも一緒に汗をかくべし。
7. トップが変わろうとしない
古いやり方に固執し、テクノロジーを学ぼうとしないトップは少なくない。自ら変わることが変革への第一歩。
8. 既存のルールや、重鎮に甘い
変革に及び腰な役員や部門長など社内の重鎮にも毅然と接するべし。「身内」に甘いトップに、意欲ある現場はしらける。
9. 人事制度にメスを入れない
人事制度が社員の行動やマインドを規定してしまう側面は大きい。変わりたくない人事部門が変革を妨げることもある。
10. 社内だけで改革しようとする
社内だけでドラスティックな変革は難しい。アウェイな立場の人を招き入れ、違和感を言語化し、越境して解決しよう。
これらの課題を解決するために、経営者にまずやってほしいのが自分たち経営層と中間管理職、そして現場の景色合わせです。立場が異なれば、抱えている課題も異なります。経営者がいくら改革を訴えたところで、管理職や現場からすれば「他人事」と感じてしまうでしょう。
必要なのは、三者それぞれが感じている課題を、正しく言語化してすり合わせること。同じ景色が見られるよう、景色合わせを行うのがはじめの一歩です。
大企業の変革こそ社会的なムーブメントを生む
大企業ならではの問題点を挙げてきましたが、一方で、「大企業だからこそできる」こともたくさんあります。
その最たるものが「投資」です。思い切った投資をすれば、経営の覚悟が管理職や現場に伝わり、投資の成果が現場の変化となって現れます。投資した領域で変化を成し遂げたときの社会的インパクトが非常に大きいのも大企業だからこそです。
2022年には三井住友海上火災保険が、課長に昇進するための条件として出向や社外での副業など「外部での経験」を必須にすると発表し、話題になりました。この発表から同社の、組織風土や過去の慣習を大きく変える覚悟を感じ取ることができます。
大企業が投資すべき3つの「シフト」
とはいえ投資には優先順位があります。経営者は一体何から投資を始めればいいのでしょう。変革のために優先度を上げてほしいのは、次の3つの「シフト」への投資です。
まずは「デジタルワークシフト」。DXの重要性が叫ばれるようになって久しいですが、DXの本質はデジタルや組織の垣根を超えて新たな「勝ちパターン」を生み出すことです。イノベーションを起こし組織を成長させるには、専門的な知見を持っている社内外の人と素早くつながりコラボレーションする必要があります。
そのために最も早いのはデジタル活用。特定のツールしか使えないとか、ファイルをZip形式で圧縮してパスワードは別メールで、なんてやり取りをしていたらスタートアップや外資系企業との差は開くばかり。新しいデジタルツールやAI、ビッグデータ分析などの導入に、積極的に投資しましょう。
どんなに高価なデジタルツールを導入しても、使いこなさなければ宝の持ち腐れ。組織は人々の「マインドシフト」にも投資する必要があります。いわゆる日本のレガシー企業でキャリアを重ねた人の多くは、指示命令型のマネジメントに慣れ切ってしまっています。それにより意見をしたり、ディスカッションしたりするメンタリティやスキルが育っていないケースが見られます。
例えば社外の専門家を呼んで話を聞いたり、テーマ書籍を決めた読書会や意見交換会を行う。そこから徐々にメンバーのマインドが変わりはじめた組織もたくさんあります。
そして最後に「スキルシフト」。最新技術を使いこなし、内と外の意見や強みを取り入れ、組織の景色を変えていく。そのためには、経営層を含むマネジメント及び現場のプレイヤー、双方のスキルをアップデートすることが必須です。自組織に足りないスキル・必要なスキルは何か? 現在位置を正しく把握するためにも、外と触れる、すなわち越境学習にも投資しましょう。
経営者がメッセージを発信し続ける
このような投資もしつつ、経営者自ら「変わるんだ」とメッセージを発信し続けていってください。そして現場が自分たちの「本来価値」を創出できるよう、業務改善・育成学習の機会を提供することが必要です。
ここである大企業の例をご紹介しましょう。その企業には約30名からなる研究部門がありました。しかし雑務や社内説明に時間を取られ、研究に打ち込めていませんでした。「研究部門なのに、研究できていない」──その状況に部門長が心を痛め、経営層を巻き込み投資を決断。社外のファシリテーターを招き、研究者の本来価値をとことんディスカッションする機会を設けました。
その後、新たに「3カ月後には、研究員が週60分自由に研究に打ち込める環境を作る」という目標を設定。2カ月後には1人あたり週120分以上の余白時間を作れるようになったといいます。こうして浮いた時間を使い、研究者たちは機械学習を学び始め、エンゲージメントの向上と新たな事業の種につながりました。こうした取り組みに経営層は理解を示し、正しく投資をしてほしいと強く思います。
他にも、あるアパレルブランドでは経営者が現場の店長たちと直接ディスカッションする機会を設けました。そこでぶつけられたのは、ダイバーシティ推進の取り組みが足りないという意見。その後、大幅に組織制度改定を進めたそうです。
こうした取り組みの実現には、経営者自身が「情報感度」を磨くことも重要です。新聞やテレビのニュースだけでは新しい世代の感覚や価値観を捉えにくい。オンラインメディアなどからも新しい価値観をインプットし、情報感度をアップデートしてほしいですね。
これで解決!
強いリーダーシップと投資で経営と現場の景色合わせを
(2022年5月20日発売の『Ambitions Vol.01』より転載)
沢渡あまね
あまねキャリア株式会社 代表取締役CEO
作家、組織開発&ワークスタイル専門家・企業顧問。DX白書2023有識者委員、株式会社NOKIOO顧問、日系大手企業 人事部門顧問ほか。日産自動車、NTTデータなどで、広報・情報システム部門・ITサービスマネージャーを経験。現在は全国の企業や自治体で働き方改革、マネジメント変革、組織開発の支援・講演・執筆・メディア出演を行う。「組織変革Lab」主宰。趣味はダムめぐり。
text by Riko Ito / photographs by Takuya Sogawa / edit by Kanako Ishikawa