オウンドメディアは本当にオワコンなのか? ブーム化したこの10年を振り返る

Ambitions編集部

企業で広報やマーケティングに携わる人には馴染みの深い「オウンドメディア」。企業が自社でメディアを運営してメッセージを発信するなど、主に広報やプロモーション活動に役立てることを目指すもので、2010年代半ばにはブームともいわれ、インターネット上を中心にたくさんの「オウンドメディア」が生まれてきた。そのいっぽうで読者の視点で振り返ってみると、話題になったり、印象に残っているオウンドメディアがほとんどないのも事実。実際、運営が続かずに消えてしまったメディアは多数あり、オウンドメディアの必然性について疑問視する声も少なくない。 オウンドメディアは本当にオワコンなのだろうか。そもそも2023年の現在においてメディアやコンテンツの可能性とは何なのか。ビジネスメディア「誠 Biz.ID」や、ガジェットメディアEngadget日本版の編集長を経て、スマートニュース在籍時には自らの問題意識から入門書である『オウンドメディアのつくりかた』(2017年、ビー・エヌ・エヌ新社)を上梓。現在はウェブメディア「テクノエッジ」を運営する鷹木創さんに、オウンドメディアのこれまでの課題と今後の希望について聞いた。

鷹木 創

株式会社テクノコア 代表取締役

アイティメディア株式会社にて「ITmedia Biz.ID」(現ITmedia ビジネスオンライン)の立ち上げや「誠 Biz.ID」の編集長を経験。同社を退職後、Engadget日本版の編集長に着任。スマートニュース株式会社を経て、2022年からテック系メディア「テクノエッジ」を運営する株式会社テクノコアにて現職。IBM、Google、GMOインターネットグループなどのオウンドメディアの立ち上げ / 運営にも携わる。

この10年のオウンドメディアを振り返る

オウンドメディアのこれまでを振り返ってみると、2010年頃から「予算がついたのでやってみたい」と相談を受けることが増えた気がします。

まだ方法論も定まっていない時代でしたが、ウェブメディアを運用するための制作ツールが揃い始めたタイミングでもありました。

僕は当時、ビジネス系やガジェット系のウェブメディアに所属していたのですが、テクノロジー系の企業から、それらのメディアのなかに企業コンテンツをつくってほしいという依頼が増えた時期でもあったと記憶しています。

ただ、既存のウェブメディアのなかでやる以上は、そのメディアの「お作法」にのっとる必要があります。

そこからもっと自由にやってみたいというニーズから、自社で運用するオウンドメディアへの流れが加速したのでしょう。

特に盛り上がってきたのが2013〜2015年頃。クラウドサービスを提供するサイボウズ株式会社による「サイボウズ式」(2012年〜)というオウンドメディアが注目され、あのようなメディアをつくりたいという企業の声をよく耳にしました。

「サイボウズ式」は、組織やチームワーク、働き方に関するしっかりした記事コンテンツを提供していて、同じテーマに関心のある読者ならサイボウズの顧客でなくても楽しめるメディアになっています。

いま思えば「サイボウズ式」は社長がしっかりコミットしていて、企業の宣伝やページビューだけを目指すわけではないと話していたり、社外の話題も積極的に取り上げていたり、オウンドメディア以前にメディアとして非常に完成度の高いものでした。

当時、オウンドメディアを始めた企業のなかには「売上につなげたい」「会員を獲得したい」という生々しい目標を第一に設定しているところも多かったのですが、僕自身は「その目標って本当にオウンドメディアで達成できるんだっけ?」と疑問を抱いていたのも正直なところです。

最近は「オウンドメディアブーム」もひと段落したという声を聞くこともありますが、僕の感覚としては「盛り上がった」「盛り下がった」という波は、じつはそこまで大きく感じていませんでした。

強いて言うなら、WELQ騒動(※1)の影響で、2017年頃に少し落ち着いたときはありましたが、引き続き「やっぱりやりたい」という気持ちを持っている企業は多いように思います。

自ら情報を発信して、自分たちのメッセージを伝えて、何か人に行動を起こさせたり、気持ちを変えたりしたいんだな、という企業側のニーズは強く感じてきました。

※1 株式会社ディー・エヌ・エーが運営する医療情報メディアサイト「WELQ」で、Google検索の上位表示を狙って不正確な医療情報を載せたSEOコンテンツが量産、掲載されていたことがわかり、無期限の運営休止となった騒動。

メディア運営に求められる責任とリテラシー

メディアとして読者から人気を得たものの、運営企業の都合により、残念ながら閉鎖してしまったオウンドメディアもたくさん見てきました。

たとえば、リクルートが「テクノロジー」「働き方」というテーマで2018年まで運営していた「HRナビ」。

非常に質の高い記事をつくっていて、メディア業界の内外問わずファンの多いメディアでしたが、運営企業の方針によってクローズに。

クローズしたオウンドメディアでアーカイブを残しているところはほとんどなく、雑誌や新聞のように当時のコンテンツを読み直すことはできません。企業の視点では、コンテンツを残していくことは価値ではなく、リスクだと捉えられてしまうようです。

またオウンドメディアでは、運営企業の判断によって公開後の記事を取り下げるケースも少なくありません。

メディアとして一度公開したものを削除したり非公開にしたりするというのは、信用問題にかかわります。その選択をする以上は、メディア側がどういった意図や方針で取り下げるのかを説明する必要があると考えています。

記事を非公開にしても過去が変わるわけではありません。掲載時といまとでは世の中の状況も変わっているでしょう。だからこそ掲載日をタイムスタンプとして記載しているわけです

このようにオウンドメディア運営というのは、担当者や編集長はもちろん、決裁者である経営陣も含めて、メディアとしてのリテラシーや責任の自覚が求められるのです。

『オウンドメディアのつくりかた』(著:鷹木 創。2017年、ビー・エヌ・エヌ新社)
『オウンドメディアのつくりかた』(著:鷹木 創。2017年、ビー・エヌ・エヌ新社)

プラットフォームも揺らぐ時代 自分でコンテンツを持つ重要性

この10年ほどのメディアの成功事例を見たときに、オウンドメディアが見当たらないという指摘もあります。

広告やサブスクリプション収入で運営している商業メディアと同じように、ページビューやユーザー数で比べれば、たしかに成功事例は少ないかもしれません。

しかし、オウンドメディアはそれぞれの運営企業によって目的や役割が設定されているので、そこに貢献できているのであれば、成功だと言えるわけです。

たとえば、社内報のようなインナーコミュニケーションツールとしてオウンドメディアを活用したいというニーズも増えています。

インナーコミュニケーションが目的なのであれば、ターゲット社員の閲覧率や読了率、訪問頻度やコンテンツと接触していた時間、コメントなどのアクティビティ数が指標となるわけです。 

また、ユーザーへのリーチが目的であれば、オウンドメディアよりもSNSのアカウントを立ち上げて、直接コミュニケーションしたほうがいいのでは、という考え方もあります。

ところがイーロン・マスクのTwitter買収騒動が話題になっているように、FacebookやInstagram、Twitterなど盤石だと思っていたプラットフォームがじつは意外と脆弱で、いつ方針やシステムが変わってもおかしくないことに皆が気づき始めています。

プラットフォームの巨人たちがぐらついているときに、自分たちのコンテンツを、自分たちのドメインのなかに持っていることの重要性は高まっているといえるでしょう。

コンテンツで勝負するしかない以上、オウンドメディアの流れがもう一度回ってくる可能性も感じています。

読者視点による一次情報、コミュニティの提供がチャンスになる

オウンドメディアには、まだまだできることがたくさんあると思います。

たとえば、自社プロモーションへの意識が強すぎるあまり、一方的なコミュニケーションによって読者とのタッチポイントを逃してしまっているオウンドメディアをいまでも見かけます。

宣伝の圧が強すぎて、本来のターゲット読者からも避けられてしまっているのです。

優秀なセールスパーソンが雑談から徐々に本題に入っていくように、オウンドメディアもコミュニケーションの入り口を慎重に作っていく必要があるはずです。

逆に企業が運営しているオウンドメディアだからこそできることもあると思います。

その企業しか知り得ない一次情報、持ち得ないリソースは、切り口を料理すれば、他のメディアでは絶対に扱えない独自のキラーコンテンツになり得ます。

例えば、任天堂のウェブサイトで2011年から2015年にかけて更新されていた「社長が訊く」という連載コンテンツ(現在も公開中)。

ゲームファンの間でも人気の高い、故・岩田聡元代表取締役社長が、ポケットモンスターやスーパーマリオ、ゼルダの伝説といった人気ソフトシリーズの開発チームに、社長の立場を使ってインタビュー取材していく。これは最強のオウンドメディアだと感じました。

左からユニクロが運営するオウンドメディア「LifeWear magazine」、博報堂が運営するオウンドメディア「広告」、DeNAの社内向けメディア「別冊DeNA」
左からユニクロが運営するオウンドメディア「LifeWear magazine」、博報堂が運営するオウンドメディア「広告」、DeNAの社内向けメディア「別冊DeNA」

それから、もうひとつ今後のオウンドメディアに期待したいのは「コミュニティづくり」。

僕が以前、編集長を務めていた「Engadget」というガジェット系のメディアでは、電子工作部という大人向けの“部活動”を立ち上げ、2年間でハッカソンを20回行っていました。

そうしたイベントを重ねていくうちに、顔のわかる読者が400〜500人集まる状況になり、読者が中心となってイベントを開催する動きも出てきました。

当時の「Engadget」は、月間3000万PVほどのメディアでしたが、そのなかで400〜500人の顔がわかるロイヤリティの高い読者がいることは、とても心強く感じていました。

これは女性ファッション誌と読者モデルの関係性や、読者モデルがライターとして誌面に携わる流れにも似ていると思います。究極の読者視点のコンテンツが生み出され続けるわけです。

熱意のある読者をメディアというコミュニティに巻き込んでいく。ある意味、ロイヤリティの高い読者と低い読者のグラデーションを意識することもオウンドメディアにとって重要です。

アメリカの「TechCrunch」という巨大なIT系ビジネスメディアも、編集部がイベントを開催しながらアメリカ全土を行脚しています。

またコミュニティーという意味では、さまざまな地域との関係性づくりにも可能性があるかもしれません。

よくよく考えれば「トヨタイムズ」を立ち上げたトヨタも、「LifeWear magazine」を立ち上げたユニクロも、もとは東京の企業ではありません。

常に読者の視点に立って、自社ならではのコンテンツ資産を活用すること、コミュニティづくりを意識すること、地域との関係性づくりなど、オウンドメディアの可能性はたくさんあります。

数年後、スマートフォンの次のデバイスが普及したときには、いまとは違うかたちのオウンドメディアが生まれているでしょう。

テクノロジーの進化によってメディアのかたちが変わったとしても、独自のコンテンツと読者コミュニティをつくり続けられるのであれば、オウンドメディアを運用していくことには価値があると考えています。

鷹木さんがいま注目しているオウンドメディア5選

01 となりのカインズさん

https://magazine.cainz.com/

これだけのバリエーション豊かな企画記事がたくさん生み出されているところに脱帽。制作チームと社内の距離感の近さを感じます。メディアとしても、テキストコンテンツだけにこだわらず、SNSや動画などにも積極的にチャレンジして、幅広く立体的なメディアになっています。

02 美のひらめきと出会う場所

https://spark.shiseido.co.jp/topics/2080/

資生堂は、最近注目を集める音声コンテンツに挑戦しています。出版社や放送局とは違って、表現手法に縛られずに新しいチャレンジができるのもオウンドメディアのいいところです。

03 nomooo

https://www.nomooo.jp/

正式にはオウンドメディアではありません。現在は株式会社イードが運営する純然たる商業メディアです。が、生まれはリカー・イノベーション(現KURAND)という酒販会社のオウンドメディアでした。こういう出口もあるんだなと思いました。

04 制御機器知恵袋

https://ac-blog.panasonic.co.jp/

パナソニック インダストリー株式会社のオウンドメディア。よくある制御機器の紹介はカタログ的なスペックを前面に押し出しがちですが、たこ焼きの焼き加減をセンサーで観察してみたり、「装置の位置ズレで困った!」など問題解決型で紹介したりなど、切り口の面白さが光っています。

05 心に残る家族葬

https://www.sougiya.biz/kiji_list.php

「葬儀」をテーマに、幅広い内容のコラムを掲載。扱うテーマが限定されていても、切り口を工夫することで記事のバリエーションを増やせることがよくわかる事例。企業の事業と、オウンドメディアでやりたいことが明確に連動しています。

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Rio Yamamoto / photographs by Yota Akamatsu / edit by Kohei Sasaki

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