ビジネス変革の事例はカンヌライオンズから学ぼう。世界が評価したアイデア7選

林亜季

2024年6月、南仏・カンヌでクリエイティビティ・フェスティバル、カンヌライオンズが開かれました。Ambitions編集部として、現地取材を通じ「Creative Breakthrough」をテーマに連載しています。 いまや世界最大級のクリエイティビティの祭典として、全32部門に計2万6753点のエントリーを集めるカンヌライオンズ。元々はカンヌ国際広告祭の名称で、広告作品と聞くと飲料やファストフード、化粧品などBtoC商材のイメージが強い人も多いかもしれませんが、2011年以降、名称から「広告」を外し、幅広いジャンルの作品を扱っています。 2020年から新設された「クリエイティブ・ビジネス・トランスフォーメーション」部門や、2022年に設けられた「クリエイティブB2B」部門の存在が物語るように、ここ数年は世界的なビジネス変革やBtoBのクリエイティビティを評価する場としてウォッチしても興味深く、鮮やかなアイデアや文脈づくり、エグゼキューションが参考になります。 2024年のカンヌライオンズの受賞作からビジネス変革の事例として代表的な7点をご紹介します。

1. マドリードの地下鉄に突如現れたおばあちゃんは誰? MEET MARINA PRIETO

カンヌライオンズ提供

毎日230万人以上が利用しているスペイン・マドリードの地下鉄の広告を突如100歳の女性が席巻し、世界的に話題になりました。名前はマリーナ・プリエト。インスタグラムでたった28人しかフォロワーがいない彼女が、なぜここまで注目されたのでしょうか。

コロナ禍を経て、アウトドアの広告は全般的にその需要が低下、地下鉄の広告も効果や魅力がないとみなされ、投資は減少の一途にあったといいます。

そこで地下鉄広告の威力を示すため、フランスに本社を置く世界的な広告代理店ジェーシードゥコー (JCDecaux)は世間にほとんど知られていない100歳の女性を起用しました。予算は限られていましたが、売れ残った地下鉄広告の空き枠を使って、2023年10月からマリーナ・プリエトのインスタグラム投稿54件を用いて「MEET MARINA PRIETO」と題したキャンペーンを行ったのです。

4週間、地下鉄のあちこちに出現する謎の女性について人々が話題にしないはずがなく、14か国以上のメディアに取り上げられ、マリーナのインスタグラムのフォロワーは約400倍に成長、プロフィールの閲覧回数は150 万回を超えました。

JCDecauxは同月、優れたマーケティングコミュニケーションに贈られる国際賞、エフィー賞で本キャンペーンを発表し、その後185以上のブランドが新たに広告出稿を決めたそうです。

需要が落ちてきている地下鉄の広告という商品の魅力を証明し、蘇らせたこのキャンペーン、他のtoBサービスにとっても参考になりそうです。

2. 車がなければ仕事もない。仕事がなければローンも組めない。ローンが組めなければ……。RENAULT CARS TO WORK

カンヌライオンズ提供

2024年のカンヌライオンズで2部門のグランプリ、2つの金賞を含む多数の賞を獲得し、最も話題になった作品といっても過言ではない、仏自動車大手ルノーグループの「Cars to Work」キャンペーン。

日本の約1.5倍、EUでもっとも大きな面積を誇るフランス。鉄道で縦断すると、国土のほとんどが広大な自然であることがわかります。

そんなフランスでは10人中4人が公共交通機関のない「モビリティ砂漠」に住んでいるそうです。そういった地域では全国平均よりも失業率が高く、働きに出かけるための車がないという状況に陥っている人がいます。フランス人求職者の54%は、移動の問題を理由に求人を断っているというデータもあるそうです。

多くの場合、就職後は3か月の試用期間があり、いつでも解雇される可能性があるため、その間は自動車ローンを組む資格がないといいます。

 ルノーグループはインクルーシブなモビリティ環境を提供するため、「Cars to Work」というキャンペーンを始動。公共雇用サービスと提携し、車を必要としている就職後の試用期間の3ヶ月の間に人々に車を無料で提供するサービスを始めました。正式雇用が決まった後に、手頃な条件で車の支払いが始まります。

「車がなければ仕事もない。仕事がなければローンもない。ローンがなければ車もない」。この負のスパイラルを断ち切る全国的なキャンペーンにより、ルノーグループのブランドで初年度6000台の車を販売したそうです。

日本国内においても、頭金なしで車を持てるカーリースやサブスク型のサービス、またシェアリングサービスなどがすでに登場していますが、このキャンペーンの特筆すべきところは、誰が本当に車を必要としているかを考え、「仕事に行くための車」という文脈と、働く人を支援する姿勢をシンプルに打ち出した点にあると言えます。

仕事に行くために車を持ちましょうというBtoCの訴求文脈と、当局と連携して3ヶ月間の試用期間の間に車が必要であるという現実に即した新しい買い方を整備したことで、よりリアリティのあるビジネストランスフォーメーション事例として高く評価されました。

3. 地方の小規模事業者に新たな魅力を。RENAULT PLUG-INN FOR BUSINESS

カンヌライオンズ提供

関連して、同じくルノーでもう1点、銀賞と銅賞を受賞した本作品をご紹介します。

ルノーは電気自動車ドライバーと電気自動車の充電器の所有者をつなぐアプリ「Plug Inn」を、地域の中小企業向けにリニューアルしました。

電気自動車プラグ版のAirBnBと言えるこのアプリ。地域の小規模事業者が電気自動車の充電器を設置し、アプリを通じて一般の電気自動車向けに充電スポットとして提供することで、結果的により多くの顧客を引き付けて売上を伸ばすことができるというものです。

すでに所有しているEV充電器を収益化できるだけでなく、まだ所有していない場合は設置できるようにしました。Plug Innネットワークに参加してアプリに充電器を登録、例えばランチメニューと無料充電の提供など、特別オファーとともに潜在顧客に提供して収益を得られるようにし、地域の小規模ビジネスの成長にも寄与できるようになりました。

EVに乗る旅行者たちはよりフランスの各地域で充電スポットを利用できるようになり、このサービスを通じて、食事や商品など地元の良いものにもより触れられるようにもなりました。

4. 返品された商品の「行方」を考えたことがありますか? PHILIPS REFURB

カンヌライオンズ提供

クリエイティブ・ビジネス・トランスフォーメーション部門でグランプリを受賞したのはフィリップスの「REFURB」。Refurbとは、「再生する、改装する、修理・調整する」といった意味です。

返品された商品の行方について思いを巡らせる人は少ないのではないでしょうか。

EUでは、2023年に5000万個のギフトが返品され、そのうち1000万個以上が埋め立て処分になっていると推定されているそうです。多くの企業にとっては返品された製品を開封して検査し、再梱包、再送するよりも、新しい製品を作って発送する方が安価に済むため、返品された製品が大量に埋め立てられているというのです。

フィリップスは「新品の方が良い」という認識を覆すために、再生品の利点を強調することにしました。

フィリップスはアースデーに新製品を販売するウェブサイトを閉鎖。代わりに返品されてきたフィリップスの商品を「新品よりもすぐれた製品」に再生し、ギフトとして購入できるインタラクティブなデジタルストアを設けました。

専門家による検査とクリーニングを受け、必要に応じて部品を交換し、新品と同じ2年間の保証付きで再出荷。デジタルストアでは、再生品を購入するたびに埋め立て地行きになる商品を1つずつ減らしていくような仮想体験を通して、人々が楽しみながら再生品を購入できるようにしました。

結果、返品されたフィリップス製品5万2000個が完売。185トンの電子廃棄物と推定277トンのCO2排出が抑制され、キャンペーンは消費者の意識向上にも寄与しました。

カンヌではビジネス・消費者・環境の三方よしの変革事例として高く評価されました。

受賞を受け、フィリップス パーソナル ヘルスの西ヨーロッパ責任者、マルリース ゲベッツバーガーはこうコメントしました。「持続可能性のグローバルリーダーとして、当社は全カテゴリーに循環型デザインを組み込んできました。そして今、フルループの再生プログラムを提供することで、以前愛用されていた製品に第二の人生を与え、消費者がより持続可能な選択を行えるよう支援しています」。

5. 世界各地の「非公式」ロゴを「公式」に。THANKS FOR COKE-CREATING

カンヌライオンズ提供

ブランドコントロールの「常識」を覆し、3つの金賞と4つの銀賞を受賞したのがコカコーラの「THANKS FOR COKE-CREATING」。

大きな企業やブランドではロゴやブランドのガイドラインが厳格に守られるべきものとして扱われています。

コカコーラは世界中の個人商店やミニマーケットにおいて、ブランドガイドラインに反する非公式バージョンのコカコーラのロゴがたくさん描かれていることを認識していました。

通常はそれらを規制するものですが、多様性や包括性、地域性を大事にするコカコーラとしては、それら非公式のロゴを禁止することはせず、コラボレーションという形でコカコーラ公式の屋外広告、印刷広告、ソーシャル広告などのコミュニケーションに活用することにしたのです。

さらにコカコーラは約30の非公式ロゴばかりを掲載した本を作成し、描いたデザイナーや紹介するショップ、オーナーの写真を掲載しました。

「THANKS FOR COKE-CREATING」のキャンペーンでは、世界各地の店主や画家たちのコカコーラブランドへの思いや、費やした労力への感謝とリスペクトの思いを伝えました。それにより世界各地の地元の市場や小さな商店との関係強化が実現し、より幅広いコカ・コーラの顧客にアピールできたそうです。

ともするとブランドコントロールやレギュレーションに縛られて頭が固くなってしまいがちですが、コカコーラという世界的なブランドの包容力に驚きます。「何のためのブランドか」という本質を考え抜いた結果だと頷けます。

6. 歴史あるアイルランドのパブをいかに守るか。PUB MUSEUMS

カンヌライオンズ提供

アイルランド文化のひとつであり、人々の重要なコミュニケーションの場であった歴史的なパブの閉店が相次いでいます。運営費や税金の高負担、インフレにより、アイルランドでは平均すると毎年150軒のパブがクローズしているそうです。

「人々がより豊かな社会生活を楽しめるようにする」というブランドミッションを掲げるビールブランドのハイネケンでは、伝統的なパブを将来にわたって保護することを目指しました。

アイルランド文化遺産評議会は、博物館など一般公開されている歴史的に重要な場所を保護し、税制支援や財政的恩恵を提供しています。そこでハイネケンはその仕組みを活用し、歴史あるアイルランドのパブがなくなってしまう前に、一般の人が訪れることができるバーチャル博物館に変えることにしました。

アイルランドの歴史あるパブが、ARを用いた音声ガイド付きの3D仮想博物館に変わりました。メッセージは「未来を守るために過去を訪ねよう」。顧客はパブに入り、QRをスキャンすれば博物館体験が始まります。自由に歴史的な品々に触れて拡張現実体験を楽しんだり、仮想のお土産を購入したりすることができるようになりました。その売り上げはパブの支援になります。

またハイネケンは世界中のパブのオーナーにたいし、パブを博物館にすることでより多くのパブが保護される方法を教えるオンラインチュートリアルも作成しました。

厳しい経済情勢の中で、歴史あるアイルランドのパブに身を守る具体的な手段を提供したこのキャンペーンにより、建物の維持費に20%の減税が適用され、文化遺産コレクションとしても評価を受け、博物館の音声ガイドの再生回数は20万以上に。観光ガイドにも追加されるなど様々な波及効果をもたらしました。

パブ文化へのリスペクトを込めて未来に残そうというアクションを起こしたことで、パブのオーナーやファンにハイネケンブランドを強く印象付けただけでなく、アイルランドの歴史的なパブをユネスコの世界遺産に登録しようという動きにも発展しているそうです。

7. 輸送温度を変えて、環境負荷を減らそう。THE MOVE TO -15

カンヌライオンズ提供

冷凍食品は長きにわたり世界的な標準温度である-18℃を保って出荷・輸送されてきたそうです。

約100年にわたり、-18℃で冷凍食品を世界中に出荷してきた、ドバイを本拠とする世界最大級の海上ターミナル経営会社DP Worldは地球温暖化が進む中、持続可能性と環境負荷を鑑みて、-18℃での出荷を続けていくべきか再考しました。

同社は当局や国際冷凍研究所、バーミンガム大学の学者らと数ヶ月にわたる研究や調査の結果、「3度の温度変化では食品に害はない」という結論に達しました。その調査結果に基づき、輸送コンテナ内の冷凍食品の温度を-18℃から-15℃へと3度上げることにしました。それにより、輸送コストを減らせるだけでなく、エネルギー消費や炭素の排出も減らすことができました。

自社の取り組みだけでなく、地球環境へのインパクトを目指すには、競合他社を説得して協力してもらう必要があります。同社は2023年にドバイで開かれたCOP28(第28回国連気候変動会議)で調査結果を発表し、競合他社も含めて「MOVE TO -15」に署名する企業を募りました。

動画や学術レポート、インフォグラフィック、メッセージを掲載した専用のサイトを立ち上げ、プレスリリースを出すなどして世界の企業に訴求。結果、動画は440万回視聴され、ビジネスメディアや専門メディアで大きく取り上げられました。

コスト削減や自社としての環境貢献のためだけでなく、調査結果に基づいて競合他社も巻き込み、真に地球環境にとってのインパクトを目指しているアクションとして、カンヌライオンズ2024では2つの金賞などの賞を受賞しました。


もちろん自社のビジネスを利する施策であるということが大前提ですが、いずれの受賞作も、より本質的な変革を志した結果、自社だけでなく「社会」という観点に立脚していることがわかります。またムーブメントを起こしたり、より大きなインパクトを出したりするための文脈づくり、メッセージ、ビジュアルなどの表現も大いに参考になります。

連載「Creative Breakthrough」#1「よいデザイン」とは何か? 世界最大級のクリエイティビティの祭典が出した答え

Ambitions編集部では引き続き、カンヌライオンズ2024のレポートをお届けしてまいります。


また、Ambitionsは7月8日に無料のオンラインイベントを実施します。テーマは「『社内起業家』の時代へ問う」。企業のアセットを活用し、未来を見据えて新境地を切り拓く社内起業家や社内イノベーターが真に活躍できる社会や組織にするために一体何が必要かを議論します。

第一部は「『社内起業家』が真に活躍できる組織論とキャリア論」と題し、連続起業家として著名な家入一真氏と三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部部長の藤田健司氏にお話を伺います。

第二部は多摩美術大学の佐藤達郎教授より、カンヌライオンズ2024のレポートについて講演があります。ぜひお気軽にお申し込みください。

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ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?