
地域経済に焦点を当てたビジネスマガジン『Ambitions REGION』の創刊を記念し、新潟市内で公開インタビューが開催された。 登壇したのは、新潟県燕市でスプーンやフォークなどのカトラリーを製造する燕物産株式会社の専務取締役、捧開維氏と、新潟県信用保証協会で後継者の挑戦を支える大島晃氏。 捧氏は、1751年に「捧吉右衛門商店」として創業した家業を継ぐ捧家の十一代目であり、燕物産株式会社としては四代目にあたる。コロナ禍で家業に戻った捧氏の実践と、大島氏による後継者支援の視点から、受け継いだ技術や信用を次の需要へ変えるための経営が語られた。 業務用・OEMで培った技術や信用を生かしながら、「自社名で選ばれる」経営を目指す燕物産の取り組みを7つの章に整理して届ける。
登壇者プロフィール
捧開維(ささげ・かい)氏
燕物産株式会社 専務取締役。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、株式会社三井住友銀行で5年間法人営業および信託業務に従事。2020年に実家の燕物産に入社。経理を起点に、経営・業務改革を推し進める。自身がデザイン・プロデュースしたカトラリーシリーズ「Stilla(ステラ)」は2025年度グッドデザイン賞を受賞。
大島晃(おおしま・ひかる)氏
新潟県信用保証協会 保証推進部企業支援課 課長代理。中小企業が金融機関から資金を借り入れる際の信用保証業務に携わりながら、後継者が受け継いだ経営資源を新たな挑戦へつなげる支援(アトツギ支援)に取り組む。アトツギ企業が持つ財務上の価値に加え、長年の取引先や顧客、地域での信用といった「数字に表れにくい価値」の重要性を発信している。

①アトツギの課題:「多くの人が使っている」のに、社名が知られていない
「100年以上もスプーンを作っているのに、燕物産という名前は知られていない。そのことが本当に悔しくて」
捧氏が家業に戻って抱いた感情は、会社の知名度に対する強い課題感だった。
1751年に金物屋として開業した燕物産。1911年に金属洋食器の製造を開始し、燕産地の先駆者となった。カトラリーの国内生産シェア90%を誇る燕市において、同社は歴史と技術の中核を担ってきた。しかし、長年製品を世に送り出しながらも、一般の生活者が「燕物産」の名に触れる機会は限られていた。
背景にあるのは、業務用と他社ブランド(OEM)を中心とする同社の事業構造だ。
燕物産は、国内を代表する老舗ホテルや大型テーマパーク、全国展開する外食チェーンなどに製品を納めてきた。広く使われている一方で、作り手の名前は食卓に残りづらかった。
業務用やOEMを基盤とする既存事業を大切にしながらも、自社名で直接選ばれるブランドへと生まれ変わるための模索は、2020年のコロナ禍という不測の危機を契機に本格化することになる。
②アトツギの転機:2020年、外食需要の停止が業務用メーカーを直撃
同社の主要顧客である業務用市場は、2020年の新型コロナウイルス感染拡大により大きな影響を受けた。日本フードサービス協会の年間調査によると、同年の外食全体の売上は前年比84.9%、パブレストラン・居酒屋は50.5%、ディナーレストランは64.3%まで下落した。(※1)
そのとき捧氏は、いずれ家業に戻ることを予定して、金融機関で経験を積んでいた。帰郷の時期を早めたのは、実家で見た父親の表情だった。
「すごく疲れた顔をしていました。僕のわがままを言っている場合ではなく、少しでも早く帰らなければいけないと思いました」
帰郷した捧氏が最初に取り組んだのは現場での就業ではなく、決算書の精査だった。材料費や車輌費、固定費を洗い出し、不要な支出を削減した。
経理部長から「半年後に会社が潰れます」と告げられる場面もあったという。実際にはすぐに資金が底を突く状況ではなかったが、275年続く会社を残す責任は、入社直後から目の前にあった。
コスト削減のために数字を見ることで、会社がどの顧客に支えられ、どの工程を守るべきなのかを正確に把握することができた。業務用需要の停滞は、同社にとって自社の販路と価値を見直す転機となったのだ。
※1「外食産業市場動向調査」(令和3年1月)日本フードサービス協会

③アトツギの気づき:現場の反発が、品質を支える「職人の判断」を浮かび上がらせた
数字をもとに改革を進めるなか、捧氏は材料や工程の見直しにも踏み込んだ。しかし、現場からは「作りにくい」「品質に影響が出る」といった強い反発が起きた。ものづくりを直接知らない後継者が品質に関わる領域に手を加えることへの、現場の警戒感だった。
会社を存続させるために一部の変更を押し進める一方で、捧氏は現場との対話を通じて、同社が守ってきた品質の根拠に気づいていく。
燕物産の製造には、図面だけで管理しきれない感覚的な工程が多い。各工程で見本品と照らし合わせ、定規で微細なズレを確認する。例えば祖父の時代に開発されたグレープフルーツスプーン。先端には果肉をすくいやすいギザギザがある。果肉は切れるが、口は傷つけにくい。その加減に、燕物産が積み重ねてきた職人の判断が表れている。
「冷静になれば、すごいことを私たちはやっているんだなと気がつきました」
そのうえで、自身の役割をこう定義した。
「歴史に学びながら、現場にいる職人たちが当たり前にやっていることを、僕が翻訳して伝えていく」
長く続く製造業では、品質を守るための工夫が社内の当たり前になり、外部からは見えにくくなる。捧氏が見つけた後継者としての役割は、その当たり前を市場に伝わる言葉へ変えることだった。

④アトツギの挑戦:70年続いた定番を、現代の食卓に合わせて再設計
職人の知見を外部へ伝える取り組みは、新商品の開発として形になった。それがカトラリーシリーズ「Stilla(ステラ)」だ。
ベースにしたのは、祖父の代に開発され約70年売れ続けてきた定番品「ライラック」である。捧氏はこの定番の形が長年変わっていないことに疑問を持った。
70年前のスプーンは、前菜からデザートまで料理ごとにカトラリーを使い分けるヨーロッパの洋食文化を前提に設計されていた。これに対して現代の日本の家庭では、箸とスプーンを並べ、交互に持ち替えながら食べるシーンが多い。食卓の使われ方が変われば、道具の形も変わるべきだ。
「Stilla」では、まず口に入るヘッド部分の横幅を狭めた。日本人の口の構造に合わせて食べやすさを考慮した形状だ。持ち手にはカーブをつけ、箸との持ち替えがスムーズにできるよう工夫した。ハンドル部分は艶消し仕上げにし、指紋や傷が目立ちにくい仕様にしている。
燕物産の公式オンラインショップでも、「家庭での食事」と「飲食店での提供」の双方から寄せられた声を反映した商品として紹介されている。ヘッド部分の幅、軽さ、アーチ形状のハンドル、艶消し加工によって、口当たりの良さと扱いやすさの両立を目指した。
同商品は、2025年度グッドデザイン賞を受賞した。捧氏は、同賞への応募を、自らの取り組みが正しい方向へ進んでいるかを確かめる「答え合わせ」と表現する。
「メーカーにありがちですが、良いものを作って満足してしまうことがあります。私は、ちゃんと売れて市場に評価されて初めて良い商品だと思っています。第三者の目線で、自分の取り組みや考え方が正しい方向なのかを答え合わせしたかったのです」
「Stilla」の開発は、単なるデザインの変更ではない。業務用で培った扱いやすさを一般消費者に説明できる価値へ変える、自社名で選ばれるための実践だった。

⑤アトツギの勝ち筋:回復する外食市場で、作り手の設計思想が問われる
外食市場は現在、回復基調にある。日本フードサービス協会の2025年年間調査によると、外食全体の売上は前年比107.3%、客単価は104.3%と前年を上回る。ディナーレストランは106.6%、パブレストラン・居酒屋は104.0%と伸びている。一方で同調査は、客数の伸びは頭打ちになりつつあり、客単価の上昇が売上を支えている構造も指摘している。(※2)
この回復局面において、業務用メーカーは受注の戻りを待つだけでは十分ではない。客数を伸ばしにくいなか、ホテルや飲食店は提供する体験価値を高める必要がある。テーブル上のカトラリーも、料理や空間を支える要素として厳しく選ばれる。作り手の設計思想や、使いやすさの理由を論理的に説明できる会社は、価格以外の判断基準を持てる。
捧氏は、日本のカトラリー産地が世界で生き残る強みを「機能性」に見出している。かつて世界に向けたカトラリー工場だった燕市も、現在はアジア圏への生産移行が進む。高級なヨーロッパ製と、大量生産品のアジア製。その間で選ばれるには、日常の道具としての使いやすさが必要だ。
「ヨーロッパ生まれのカトラリーを日本で再定義するなら、やはり機能性です。日常で使うものなので、いかに使いやすいかが大事になります」
口当たり、持ちやすさ、傷の目立ちにくさ、飲食店の現場での扱いやすさ。細部の工夫の積み重ねが、毎日使う道具では選ばれる理由になる。Stillaで示そうとしたのは、価格競争から距離を置き、使いやすさを説明可能な価値へ変えるアプローチだ。
※2「外食産業市場動向調査」(令和8年1月)日本フードサービス協会

アトツギの責任:完成品メーカーの需要づくりが、燕三条の分業を支える
同社が拠点を置く燕市は、三条市とともに「燕三条」と呼ばれる金属加工産地を形成してきた。現在、燕市は国産カトラリーの主要産地となっており、燕物産もその一角を担っている。
捧氏は燕三条を「分業の町」と表現した。材料から完成品の出荷まで一社で担うケースは少なく、燕物産も多くの工程を内製化しているが、外に出る工程があるという。
「一社だけが勝つというのは、無理な状態です。産地として盛り上げていかないといけない。底上げしていかなきゃいけないと、戻ってきてから痛感しています」
捧氏は、燕物産が国産カトラリーづくりの起点に関わってきた会社だからこそ、産地の中で最初に動く役割があると考えている。周囲の企業が次の動きを模索するなかで、専門メーカーとして新しい取り組みを示すことも、自社の使命だと語った。
その視野は、「燕三条 工場の祭典」の実行委員長を務める理由にもつながっている。捧氏は、カトラリー業界の中だけで燕物産を見るのではなく、燕三条を金属加工の町として俯瞰し、産地と向き合う機会にしたいと話した。
完成品メーカーが自社名で需要をつくれば、研磨、加工、材料など周辺工程にも仕事が生まれる。燕物産が「自社だけの成長」よりも産地全体の底上げを語るのは、分業によって成り立つ町で事業を続けているからである。
後継者支援の焦点:人探しから、受け継いだ資産の再設計へ
事業承継を取り巻く環境も変化している。帝国データバンクの2025年調査によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%と7年連続で改善しているが、依然として約半数の企業で後継者が決まっていない状況が続く。(※3)
信用保証協会の大島氏は、「アトツギ企業」のポテンシャルは、「既存資産の再設計」にあると指摘する。
「アトツギの方々には、受け継いだ貸借対照表(BS)があります。さらに、そこには載らない『見えない資産』、つまり長年の取引先との信頼関係や顧客、地域での信用が必ず備わっています」
燕物産においては、蓄積された取引実績や職人の技術、産地の分業ネットワークがその資産に当たる。捧氏が進めているのは、この資産の棚卸しと再配置だ。
大島氏は、後継者が「30年、50年という長期的な視点」で事業を考えられることにも期待を寄せる。人口減少の中で、単に需要を奪い合うのではなく、後継者同士が共創して新しい挑戦を始めることが、地域経済の活性化に不可欠だという。
※3 全国「後継者不在率」動向調査(2025年)帝国データバンク

⑦アトツギがつくる未来:「燕物産だから選ぶ」という価値が、技術と人材を引き寄せる
捧氏は、ブランドの知名度を高める意義を、採用や技術承継と結びつけている。
「燕物産のスプーンだから使ってみたい、良いスプーンだよねと言われないと、職人にも、若い人材にも入ってきてもらえない。だから燕物産の名前を伝えるのが僕の役割です」
最後、同氏はスプーンという道具を、人生のライフサイクルに重ねて語った。
「赤ちゃんの一口目ってスプーンです。そして高齢になると、お箸からやがて、またスプーンに帰ってくる。人生の食生活、食文化に寄り添っているのは、実はスプーンやフォークだったりするんです」
同社の製品は、1本100円台のものから2万円のものまで幅広い。この多様さは、使う人の年齢やライフステージ、体調に応じた選択肢があることを意味する。
「その時々に合った最適な一本に出会える価値を伝えていきたい」
受託製造で培った技術を言語化して発信する。定番品を現代の食卓に合わせて再設計する。そして、需要を生み出して燕三条の分業を守る。捧氏の取り組みは、これらを並行して進めている。
家業承継を単なる「存続」で終わらせず、受け継いだ技術をどう市場へ出し直すか。燕物産の事例は、老舗メーカーが新たな成長へ舵を切るための現実的なステップを示している。

photographs by Wataru Shoji

Ambitions REGION VOL.1
「次世代地域創世マガジン」
ビジネスマガジン・Ambitionsから、地域経済にフォーカスする新マガジンが誕生。 全国各地、産業振興の最前線を取材し、現場の「熱」を届け、「構造」を可視化します。 地域ビジネスは、地方自治体の公務員です。巻頭企画では、縦横無尽に越境する「すごい公務員」40名を一挙に紹介します。 特集は「地方“共”創生」。福岡、静岡、京都、岡山、大阪など、官民連携のさまざまな事例を取材。産業振興の設計に役立つ「型」にまとめました。 この他、安宅和人氏のロングインタビュー。 仕事に悩める公務員たちの覆面座談会。 アトツギ経営者のリアルに迫る特別企画。 地方自治体職員、地域の産業振興に携わるイノベーターのための一冊です。