ビジネスパーソンの生産性を最大化させるワークプレイス論

Ambitions編集部

オフィスの価値とは、一体なんだろう。この2年で、多くの企業が「オフィスのあり方」について考え直すことになった。自宅でリモートワークを行う「ホームオフィス」という新たな考え方が生まれた一方で、クリエイティビティやチームワークなどの側面からリアルに顔を合わせて働くワークスペースの重要性が再認識された。 オフィス設計のプロフェッショナルであるイトーキの二之湯弘章氏から、ビジネスを最大化させるオフィスデザインについて聞いた。“わざわざ”集まりたくなるワークスペースの特徴を紐解いていく。

二之湯弘章

イトーキ 中央研究所 上席研究員

1990年イトーキ入社後、空間デザインを中心に、オフィス・公共施設と幅広くプランニングを行う。図書館を得意とし、担当期間には年間3件の立ち上げに尽力。オフィスの構築についても1000人規模の新築・移転に数多く携わってきた。日経ニューオフィス賞やグローバルなデザインアワードであるShaw Contract Group2013 Design is…AwardでGlobal Winnerを獲得。直近では自社のXORK企画・設計に携わる。その後マーケティングを担当し、2023年1月より現職。

生産性でオフィスを捉える

アフターコロナのオフィスは混迷を極めている。GoogleやAppleが「オフィス回帰」を模索し、多くの企業がワークプレイスに再び注目しはじめた。一方で、現場社員はリモートでも十分働くことができると気づいた。週2日は出社し、残りを在宅で勤務するような「ハイブリッドワーク」が最適解だと感じる社員も増えつつある。

こうした状況に対し、長年オフィスデザインに携わってきたイトーキの二之湯弘章氏は「リアルかリモート、どちらが良いかではなく、その働き方がワーカーと組織の生産性を向上させるかにフォーカスした方が良いと思います」と話す。

「確かに、ハイブリッドワークは通勤時間や不動産コストの削減という大きな恩恵をもたらしました。しかし肝心なのは、新たに生まれた時間で果たして『生産量』そのものが増えているのかどうか。リモートワークの導入で働きやすくなっても、アウトプットが減ってしまっては本末転倒です」

ワークスペースは経営を映す鏡

「長年、オフィスのリニューアルが事業成長につながるのかという問いに蓋然性のある答えが出なかった。オフィスのROI(費用対効果)を高めるには、創出されたリソースを価値に変えていく『働き方の戦略』が必要で、それを実現するオフィス・働く場の設計が重要だと考えています」と二之湯氏は話す。

例えばコロナ前のオフィス設計は、日本特有の働き方と絶妙な相関関係で成り立っていた。部署ごとに机を並べる「島型対向式」のデスク配置によってチームの状況や上司の振る舞いが手に取るように分かり、疑問点があってもすぐコミュニケーションが可能だった。一括採用された新卒社員を育成するのに最適な環境だったのだ。まさに日本型オフィスの「潜在化された機能」といえる。

ところが昨今、急速に普及したフリーアドレスやABWでは「チームが集まらない以上、これらの機能が失われる」と二之湯氏は警鐘を鳴らす。

「リモートワークを主体とした新しいオフィスのあり方と企業のミッションや採用・育成方針が乖離してしまう可能性があります。企業が働き方を変え、オフィス設計を変えるなら、潜在化されたオフィス機能までデザインすることが重要です」

イトーキが掲げる「XORK Style(ゾーク・スタイル)」という働き方戦略も、オフィスと働き方、組織のあり方を根本的に捉え直すことで生まれた。WORKを一歩先へ進めるというメッセージを込め、Wの次となるXの字を取り「XORK Style」と名付けた。この働き方戦略は、ワーカーが最大のパフォーマンスを発揮できるよう自ら働き方をデザインするもの。ワーカーたちの幸福度が高まれば組織は変革し、個人も事業も成長するという考え方だ。

2018年に開設した本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK」はこのコンセプトを象徴する場としてABWに基づいて設計されている。

「ABWに基づいたオフィスなら、その日の業務内容によってオフィスの使い方を自律的にデザインできます。集中して設計作業に没頭したいときは個室スペースでじっくり作業し、チームで話し合って進めたいときは、コラボレーション用のスペースを選べます。人が集まらなくなったオフィスでは、このように企業にとって重要な活動を見定めて設計することが肝心です。目標を達成するために設計されたオフィス、それは『経営を映す鏡』ともいえます」

「ITOKI TOKYO XORK」の各所にはアーティストの作品が飾られ、オフィスワーカーのインスピレーションを刺激している。写真は11~13階内階段「ビオトープ」。アーティスト:山崎由紀子氏、キュレーション:アートプレイス株式会社
「ITOKI TOKYO XORK」の各所にはアーティストの作品が飾られ、オフィスワーカーのインスピレーションを刺激している。写真は11~13階内階段「ビオトープ」。アーティスト:山崎由紀子氏、キュレーション:アートプレイス株式会社
階段型のミーティングルーム。プレゼンターがチームに知識を共有するのに適した設計になっている
階段型のミーティングルーム。プレゼンターがチームに知識を共有するのに適した設計になっている
フロアマップ。一人で黙々と集中する「HIGH-FOCUS エリア」からチームで設計を行う「CREATE エリア」まで、用途に合わせて座席が指定されている
フロアマップ。一人で黙々と集中する「HIGH-FOCUS エリア」からチームで設計を行う「CREATE エリア」まで、用途に合わせて座席が指定されている

 「アナリティクス&デザイン」が幸せな働き方を実現する

重要な活動を見定めた設計によって「人を入れることを目的としたオフィス」と比べ、床単位あたりの生産性が向上しやすくなる。すなわちオフィスのROIが向上することにつながる。

このとき「データ」こそオフィスのROIを高める重要な指標になる。「ITOKI TOKYO XORK」では多数配置したビーコンで、ワーカーの移動データを収集している。

「ワーカーがオフィスをどのように移動し、どのエリアでどんなカテゴリーの業務を行っているのか測定しています。こうしたデータから、生産性の高いチームほどオフィス内を頻繁に移動し、休憩と集中を交互に繰り返しているという特徴も見えてきました」

このような人の動きを起点とした物理的なデータ取得に加え、イトーキ独自のパフォーマンスの発揮度合いを計測するサービスもリリース。データドリブンによる生産性の高いオフィスのデザインが可能になってきた。

「これからはオフィスのあり方が、企業の売り上げや事業成長そのものに寄与する時代が必ずやってきます」。二之湯氏はそう力を込めた。

ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)

従業員が自らの意思で働く場所や時間を選ぶことができる働き方。同じ個人作業でも、高い集中力が求められる業務と、周りに相談・共有しながら進める業務では、最適な働く場所は異なると定義される。イトーキは、ABWを考案したオランダのヴェルデホーエン社の協業パートナーとして顧客のABW導入支援を行う。

WELL認証(WELL Building Standard®️)

従業員が健康でかつ快適に勤務できるか判断する建物・室内環境評価システム。建物内の空気や光、食べ物などを含む7つのカテゴリー、100項目の基準で評価される。イトーキの本社オフィスは2019年にWELL認証「ゴールド」を獲得した。

(2022年5月20日発売の『Ambitions Vol.01』より転載) 

text by Reo Ikeda / photographs by Takuya Sogawa/ edit by Kanako Ishikawa

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