スタートアップ産業が活発化し、新たなビジネスが続々と生まれている日本。しかし、イノベーションを創出するのは、スタートアップだけではない。歴史ある大企業・中小企業からも、革新的なアイデアと起業家精神を備え、社会課題を解決する挑戦者たちが活躍している。 未来を変える可能性を秘める彼らの活動と、優れた新規事業にスポットライトをあてるのが、「日本新規事業大賞」だ。 2024年5月15日、スタートアップ業界の展示イベント「Startup JAPAN」の中で、「日本新規事業大賞」のピッチコンテストが開催された。本シリーズでは最終審査に勝ち残った5つの企業内新規事業を、連載形式で紹介する。 第1弾は、大賞を受賞した東レグループ発の新規事業「MOONRAKERS」。アパレル領域において、先端素材に特化した受注生産型のオーダーメイドアパレルブランドだ。 東レの新規事業からスピンアウトしたグループ会社、MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社代表取締役社長・西田誠氏のピッチをお届けする。
先端素材開発者が挑む、ファッションビジネスの変革
1990年代のフリース素材、2000年代の発熱保温素材などに代表される繊維の先端素材は、私たちの生活を支えてきた。さらに近年は、宇宙など極限環境でも快適性を提供する素材、過酷な夏の暑さに対応する素材など、世界を変える力を持つ先端素材も登場している。
そんな先端素材のポテンシャルに惹きつけられた西田誠氏は、東レで長年にわたり先端素材の開発に従事してきた。
先端素材領域における新規事業創出は一度だけではない。最初に挑んだ新規事業では、先端フリース素材を使用した製品販売事業を企画し、ユニクロとの大規模連携を導く大きな成果を上げた。
さらに2度目の新事業では、先端素材をベースにOEM事業に挑み、7年間で50億円規模に事業を拡大。素材の提供だけでなく、縫製まで事業の領域を広げることに成功した。
日本の先端素材は世界最高レベルの性能を持つ。しかし、長きにわたるデフレ環境により、国内のファッション産業は疲弊。アパレルや小売りの事業者は価格重視の姿勢を強め、結果として最新の先端素材は需要が激減した。
「日本発の素晴らしい先端素材が埋もれていいのか?」「ファッションビジネスは本当にこのままでいいのか?」。この危機感こそが、西田氏を先端素材の新規事業に向かわせる原動力となっている。
「MOONRAKERS」は、西田氏が東レで立ち上げた3度目の新規事業となる。
「『MOONRAKERS』とは、『届かぬかもしれぬ理想を追いかける馬鹿者たち』という意味。『先端素材によるミライの生活』をコンセプトに、先端素材を日常生活に“ダイレクト”につなぐことを目指しています」
アパレルに対するユーザーの声を、製品開発へと直接反映する
「MOONRAKERS」は、クラウドファンディングの受注販売システムを活用した、D2CとBtoBのハイブリッド型アパレル事業。コンセプトや機能性に対するユーザーの要望を、先端素材の技術力で実現する仕組みが特徴だ。受注生産をベースに、在庫リスクの無い形で、新商品のローンチを持続。また、ユーザーからのフィードバックを元に次の製品を開発している点が特徴となる。
さらにこの仕組みをファッション業界のメーカー、アパレル、小売事業者と共有しながら、コラボレーション商品の開発などで事業を拡大することで、BtoBにも裾野を広げている。
「MOONRAKERS」の商品は大きな反響を呼び、初年度で8,000万円、2年目に1億5,000万円の売上を記録。現在は毎月のように新製品の開発を行い、1カ月で数千万円の売上を出すことも珍しくないという。
人気が出た理由のひとつは、ユーザーボイスを開発に反映した点だ。ユーザーボイスとして際立っていたのは、「服をもっと快適にしてほしい」「服をもっと便利にしてほしい」「服がもっとタフであってほしい」「服を簡単に捨てたくない」などの声だった。こうしたニーズにダイレクトに応えることで、ユーザーの期待に沿う商品を開発している。
例えば、ユーザーボイスを反映して開発した「MOON-TECH®」は、吸汗、速乾、防汚、ストレッチ、高耐久など12の機能を備えるフルパワーの先端素材で、これを使用したシャツやTシャツは急速に支持を拡大した。台湾でのクラウドファンディングも成功し、越境ECやインバウンド購入にも及んでいる。
「他にも、アクティブスーツの『Ultimaflex®』、白シャツを革新する『カミフ®シャツ』など、ユーザーの声をもとに開発した商品がヒットしています。今後も新素材の高速開発、ブランドとのコラボレーション、海外展開を推進し、無限に広がるポテンシャルを最大限発揮していきたいです」
なお、西田氏が以前手掛けた2つの新規事業は、素材から縫製品までのサプライチェーンを一貫で手掛けるというもの。今や約1兆円規模に成長した東レ繊維事業を支えるコンセプトの先駆けともいえる事業だった。3度目の新規事業も、さらなる飛躍が期待される。ピッチの最後には、西田氏から来場者へとメッセージが送られた。
「東レとMOONRAKERSは、特別な事例ではありません。日本の企業には素晴らしい宝の山があります。それは技術。もう一つが人、皆さんです。これから、素晴らしき日本の宝の山を再発見していきましょう。そして共に、日本を、世界を変えていきましょう」
審査員との質疑応答
Q:スピーディーな生産は魅力的である一方、素材は時間をかけ開発するプロセスも重要だと感じます。そのバランスをどのように考えますか。
A:プロジェクト関係者で一番喜んでくれたのは、東レの技術者たちでした。彼らに私が伝えているのは、「素材の開発は、シーズ志向でいい」ということです。新たな素材をユーザーに合わせていくことは、その後の工程であり、MOONRAKERS側の役割です。開発現場には時間をかけ品質を追求してもらっています。
Q:MOONRAKERSをカーブアウトで独立させ、素材の販売機能を分離させていることについて、東レさんの狙いはどこにあるのでしょうか。
A:一番の理由は、東レが純然たるBtoB企業であり、社内にブンディングやマーケティングのノウハウがないことです。そうした知見を持つ方に、新会社の出資者として参画していただくことで、リソースの最適化を図りました。
text by Yuta Aizawa / photographs by kota Nunokawa / edit by Yoko Sueyoshi