組織で働いていると、自分1人に一体何ができるんだろうと虚無感に襲われることがあるかもしれません。トヨタ自動車の入社9年目、土井雄介さんは会社員として働きながら、自ら興味のあるベンチャー企業を見つけてきて前例のない出向を実現したり、「特命担当」として新しい動きをしたりなど独自の試みを成し遂げてきました。 大企業のアセットを生かして、本気で課題解決に取り組めば社会は変わると信じ、ボトムアップで組織を変えていきたいという土井さん。その想いを形にするために日々何をしているのでしょうか。奔走の記録を、連載でお届けします。
「前例なし」の裏に、上司あり
こんにちは。僕はトヨタ自動車で新しい事業を作る仕組みである「BE Creation」の企画運営を担当している、土井雄介です。
これまで僕は、大企業の中で「社内初のベンチャー出向」など新しい取り組みに挑戦してきました。連載の1回目では、現場の一個人が組織を変えるために何から始めたらいいか、についてお伝えしました。
しかし新しいことに挑戦しようと思っても、1人で組織を動かすことはできません。同僚、上司、役員など周りの協力と助けが必要です。
一方、管理職の中には、新しい挑戦をしたいと訴えるメンバーを、どうマネジメントしたらいいかわからずお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで連載2回目の今回は、2人の上司にインタビュー。自分の新しいチャレンジに対して、前例のない判断をしてくれた当時の心境や、現場の想いを形にするため、どう行動したのか聞きました。
実例1・変革部門のグループ長・軸丸さん「15年間、変革人材を探していました」
軸丸 僕は「新しいことをしたいです」と土井くんから相談されたわけではありません。むしろ逆で、社外活動に取り組む土井くんを見て、「一緒に会社を変えていかないか」と誘いました。
15年くらい前から、デジタル化や組織変革を通じて自動車業界に大変革を起こさねばならないという強い危機感を覚えるようになりました。そこで社内外問わず、「会社を変革する人財を探しているんだ」と伝え、点在する社内の逸材を探し歩いていたんです。
その過程で、自力・他力でいろんな同志に出会いました。しかし、なかなか「これだ」と思える人に出会えなかった。そんな時、社外の人が「会社を変革する人財、意外と近くにいるみたいですよ!」と、土井くんの存在を教えてくれました。
よく聞いてみたら、当時の私と同じ本部に土井くんが所属していることがわかりました。
軸丸 探していた人財がこんなに近くにいたのかと驚き、彼が社外で主催しているハッカソン(超短期で議論や開発を行うイベント)をすぐ見に行きました。すると、約200人の社外の若者を前に堂々と司会をし、多くの人をつなぎながら、大きなイベントを成功させている土井くんがいたのです。
その姿を見て、彼はいろんな人と出会いを広げながら新しい取り組みにチャレンジしてくれる人だと確信。社外で得たスキルや知見を社内に還元してもらえたら、既存の自動車事業にも良い影響をもたらすはずだと思ったのです。
その後、すぐ行動を起こしました。翌日、ある社内研修でたまたま一緒になった土井くんに声をかけ、昼休みに彼を口説きました。「プライベートでやっている社外活動、仕事にしない?」と。ラーメン屋さんで一緒に麺をすすりながら、土井くんが「自分の活動が少しでも会社のためになるなら、ぜひお願いします」と即答してくれたことを覚えています。
変革人材の、社内の「見る目」をどう変える?
軸丸 ただ、彼の社外活動を業務にするには、社内の「見る目」を変える必要があります。
当時、彼の社外活動は社内でそれほど評価されていませんでした。「土井くんって、社外でいろいろやってるけれど一体何をしているの?」と、不思議がられることの方が多かったように思います。
そこで、土井くんの上司(当時)に「彼の社外活動を、会社変革を進める力の1つにしたい」と直談判。まずは3カ月間、僕の部署にフルタイムで貸してもらうことになりました。
するとすぐに、新しい構想を企画資料に表現する能力や、社外人脈の広さ、視座の高さなどを存分に発揮してくれるようになりました。1カ月ほどでそのスキルが役員の目にも留まり、部内で認められる存在になっていきました。
「これで堂々と相談できるぞ」と、あらためて役員に交渉。所属部署にかかわらず新しい取り組みに挑戦できる、役員直下の「特命担当」への任命が実現しました。これで公式に、土井くんが長期にわたって特命担当として動けるようになったのです。
「特命担当」に任命されてから、社内の「見る目」が変わりました。「凄い活動をしているんだね」「なんでそんなことができるの?」と、賞賛されるようになったのです。その結果、トヨタグループ全社が参加する大きな社内イベントの企画に携わることになり、持ち前の社外人脈や、企画力を発揮してくれるようになったのです。
前例のない動きをする変革人財には、社内でお墨付きを与えることが大事なんだと、あらためて痛感した出来事でした。
<軸丸さんの上司力>
1.ポジティブな鈍感力と胆力
2.役員直下の「特命担当」というポジションに任命
3.ともに汗をかき、社内プレゼンして回った
上司に必要な、ポジティブな鈍感力と胆力
軸丸 大企業で新しいことに挑戦したいと意気込む部下を見つけた時、上司に必要なのは「ポジティブシンキングと胆力」だと思います。トヨタ自動車は大きな組織体ですから、他部署に新しいことをお願いすると、断られることも多いものです。でも、それは当然のこと。上司たる者、一度断られたくらいで、現場メンバーの挑戦を諦めさせてはならないと思っています。
ある意味ポジティブな鈍感力を発揮して、「断られた理由がわかってよかったね!」「別の作戦で突破できるチャンスと捉えればいいじゃん!」と、めげないことが大事。いろんなハードシングスに直面する部下を、明るく力強くめげずに前進することが大切だと思います。
実例2・直属の上司 藤本さん「内向きだからできることがある」
藤本 土井くんがAlphaDriveへの出向からトヨタに戻ってくると聞いて、ぜひ私たちの組織(編注:先進技術開発カンパニー 先進プロジェクト推進部)で受け入れたいと考えました。出向後の帰任部署は元の部署となるケースが多いのですが、私たちの組織なら彼の持つ能力を最大限発揮でき、トヨタへの還元も最大化できるだろうと考えたのです。
私自身は比較的「内向き」な人間でして、社外とのコネクションや発信力といった点で彼の力を借りたいという想いもありました。それに、これから先、組織として未踏の領域でビジネスを推進するには、彼のような越境経験を持つ人財だからこそ成し得ることがあると信じていました。
藤本 いま、トヨタ自動車もビジネスモデルの大きなアップデートを求められ、大変革期の真っ只中にあります。そんな時代に、従来の視点にとらわれず新しい領域を開拓できる人材に活躍の場をつくるのは、マネジメントの責務です。
土井くんの応援者となり、変革に向けた挑戦を支えよう。そう決意しました。
彼の越境経験をスムーズに社内につなげるのが、長く会社組織の中で生きてきた自分の役割。社内事情も既存事業の大変さもよく理解している、自らの価値発揮のあり方だと考えました。それが間違いなくこれからの会社のためにも、世の中のためにもなるはずです。
新しい仕組みをつくり実行する際、社内の理解は必須ですが、社外での活動をそのまま持ち込んでもうまく機能しないことがほとんどです。いままでにない経験を積んできた人財を自分の受け入れるとき、戸惑いを覚えるマネージャーもいるかも知れません。
しかし、熱い想いを実現させる方法を考えること、それが会社の成長や変革、社員や社会の幸せに通じると信じています。
<藤本さんの上司力>
1.自分と異なる強みを持つメンバーを歓迎した
2.「内向き」であること =変革人財と掛け合わせられると考えた
3.変革人財の想いを実現することが、会社や社員・社会のためになると考えた
上司に「見つけて」もらうには?
最後に「新しいことに挑戦したい現場社員が、支えてくれる上司に見つけてもらうには?」と、聞いてみました。
軸丸 変革者を求めている人が社内のどこかに必ずいる筈なので、めげずに活動と情報発信を。途中で潰されてしまわないために、見つけてもらえるまでの間は緩急・硬軟を使い分けてうまく目立つのが得策かもしれません。
藤本 大切なのはスキルではなく、人間力だと思います。利他の精神や、会社のフィロソフィーへの深い想いなどがあり、そのぶれない軸に、周りは共感するのではないでしょうか。
変革の想いある人は時に1人で、しかも社外で行動しがちです。しかし1人で会社を変えることはできません。社外で得た実践知を会社に還元することが重要ですし、そこには必ず社内の協力者が必要です。
社内には必ず、志を同じくする仲間がいるはずです。新しいことをしたいのに、なかなか実現できないとモヤモヤしている方は、想いある仲間を探してみる、社内の同志に見つけてもらうということにトライしてはいかがでしょうか。
photographs by Yota Akamatsu / edit by Kanako Ishikawa