──日本をアップデートするのは、スタートアップだけじゃない。 スタートアップシーンが活況な中、特に2020年代から盛り上がりを見せているのが、企業内の「新規事業」だ。伝統的な日本企業の中から事業が続々と生まれ、自社のアセットを最大限に活用し、一気に社会実装を進める。そんなダイナミックな変革が起きつつあるのだ。 新規事業と社内起業家(イントラプレナー)を表彰するために誕生したイベントが、「日本新規事業大賞」だ。2025年5月8日「Startup JAPAN」の中で開催された第二回イベント最終審査7事業のピッチの模様を、集中連載で届ける。 シリーズ第三弾は、“薬局の未来を仕組みで支える”というミッションを掲げ、AIを活用した置き薬を展開する、キリンホールディングスの田中吉隆氏のピッチを紹介する。大企業発の斬新なビジネスに、これからの医薬品流通の姿があった。
表に出ない薬局の苦労を解消する「premedi」の “置き薬”
「処方箋を持って薬局に行ったけれど、在庫がなくてすぐに薬をもらえなかった、そんなご経験をされたことはありますか?」
そんな問いかけからスタートした田中氏のピッチ。
実は、調剤薬局ですぐに薬を受け取ることができるのは当たり前ではなく、裏には多くの人の努力や苦労がある。
調剤薬局では、約2万種類ある薬の中から処方箋通りに調剤を行う。薬局付近の病院の処方箋ならば必要な薬が予想できるが、それ以外から持ち込まれた処方箋はどんな薬が必要かわからないため、薬局の在庫管理は非常に難しい。
対応するには「広く浅く」薬を在庫する必要があるが、卸から薬を購入すると、ある程度まとまった量が届く。そうなると、販売数が少ないロングテールの薬は使用期限内に使いきれない可能性が高く、廃棄にもコストがかるため、在庫を諦める薬局も珍しくない。
しかし、いざロングテールの薬が必要になったとき、特に命に関わるような薬は「ありません」では済まされない。なんと現在でも、薬剤師が在庫のある近隣の薬局まで「走って」取りに行くのだ。こうした事態は、なんと年間に3000万回も発生している。
こうした調剤薬局の表からは見えない苦労を解決するのが、「premedi」だ。

「premedi」卸からまとまった単位でしか購入できないようなロングテールの薬約100種類を、キリンの独自技術で10〜20錠ごとに梱包し、小ロットで買えるようにして専用棚に配置するという、「置き薬」サービスだ。
同時に、キリンのマーケティングリサーチ技術を使い、約1万店舗の処方データを機械学習させた独自のAIを開発し、薬局ごとに置くべき薬の情報を提供している。

薬局側は、月額使用料と医薬品代金を支払う。大きなコストをかけずに、在庫管理の手間や廃棄が削減できるメリットから、SMB事業としては類をみないほど低い年間解約率(8%)を実現している。そして何より、薬を安定して届けることができるため、薬が必要な人に安心してもらえるというメリットがあるのだ。
「1つ事例を紹介させてください。私たちが『premedi』を導入するその場で、皮膚の強いかゆみを抑えるアトラックスという薬が必要になりました。ただ在庫がない可能性があり、患者さんは不安そうでした。でも、『premedi』にあったんです。事前のAI予測で、57%の確率で処方されると出ていたんですね。患者さんは今日から飲めるとわかり安心されていました。医薬品へのアクセスという重要な課題に対し、『premedi』なら解決できると確信した瞬間でした」
“医薬品業界の流通の仕組みを変革する”という大きな野望へ向けて

2025年現在、「premedi」は導入の問い合わせが相次いでおり、毎月約30件、月次成長率はなんと10%。国内最大手のドラッグストアにも採用され、店舗の調剤スペースにも置き薬が広がっている。
さらなる成長戦略として、ジェネリック医薬品大手の高田製薬と提携し、同社のMRが「premedi」を提案。2029年に20億のストックビジネスになること目指す。
さらに、その先は医薬品業界の流通の仕組みを変革するという野望を持ち、2兆円ほどの規模であるロングテール医薬品の流通市場において、“キリンのパッケージング技術を活用した小ロットでの販売”を工業化し、800億円の事業にすることを見据えている。
「医薬品がすぐに薬局でもらえるのは、多くの人の努力で支えられている、いわば奇跡なんです。でも、少子高齢化により当たり前じゃない未来が来るかもしれない。『premedi』は、仕組みによって医薬品の流通を支え、当たり前を守ることを支援していきます」
審査員との質疑応答
Q:医薬品卸の会社などが後追いで参入してきた場合でも、「premedi」が勝っているポイントなどはありますか? また、彼らが参入してこない力学などがあれば教えてください。
A:ロングテールの薬に特化していることかなと考えています。卸による医薬品の流通は温度管理などのクオリティが高く、我々には難しいんです。ただ、そこまで管理する必要のないロングテールの薬に限定し、AIデータを活用して流通しているというのは、「premedi」の独自性と強みです。力学という面では、卸の立場からすると大量に購入してもらったほうが旨みは大きいので、小ロットで販売するインセンティブがなく、参入しづらいという面はあると思います。
「premedi」は第二回新規事業大賞の大賞を受賞した。