次の時代、既存の業界地図を塗り替えるゲームチェンジャーはどのエリアの、どのプレーヤーか。福岡に本拠地を構える「ふくおかフィナンシャルグループ(以下、FFG)」の新規事業「みんなの銀行」は、九州からその座を狙う。日本初の“デジタルバンク”を掲げる同行の目指す未来を、取締役頭取の永吉健一氏に聞く。
永吉健一
株式会社みんなの銀行取締役頭取
九州大学法学部卒。1995年、株式会社福岡銀行入行。経営企画部門に在籍し、経営統合によるふくおかフィナンシャルグループ設立、その後のPMI業務に従事。2016年、企業内ベンチャーとして、新しい金融プラットフォームを提供するiBankマーケティング株式会社を起業。2021年、立ち上げをリードしてきた日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」がサービス提供開始。2022年4月より現職。ふくおかフィナンシャルグループ執行役員。
競合プレーヤーは、銀行の外にいる地銀グループを突き動かす危機感
2021年、スマートフォンで完結する日本初のデジタルバンクとして、みんなの銀行は誕生した。日本最大の地銀グループが、既存地盤の外に攻める。その背景には、急速な社会の変化があったという。
「銀行はお客様の資産をお預かりし、運用することで成り立つビジネスです。しかし、少子高齢化で人口が減少している日本、特に地域では、銀行の規模縮小は免れません。加えて、若者の都心一極集中は今も進んでおり、FFGのような地銀が預かっていたシニア世代の資産も、いずれは相続という形で都心に流れるでしょう。地銀の枠を超えて全国を攻める戦略は不可欠な状況にありました。
また、世の中の変化や技術革新のスピードは速く、銀行も新しいアプローチを取らないと、あっという間に社会から置いていかれるという危機感もありました。もはや銀行の競合は銀行ではなく、何千万ユーザーを持つメガプラットフォーマーです。彼らが金融機能を持つようになると、日本の多くの銀行にとっては大きな脅威となるでしょう。『従来の延長線上にない新たな成長戦略』のために構想したのが、デジタル起点の発想でつくる新しい銀行でした。
みんなの銀行は、基幹システムもサービスもクラウドで構築した、日本では前例のないサービスです。不確実で変化のスピードが速い世界だからこそ、FFGは、強固な基盤を持つ既存の地銀と、新しいチャレンジによる“両利きの経営”を目指しました」
「デジタルネイティブ」「BaaS」新たな銀行が取り組む2つの戦略
FFGの既存銀行の顧客は、40代以上が7割を占めるとされる。一方、みんなの銀行の顧客は10代から30代のデジタルネイティブが7割を占める。資産額の少ない若年層の獲得は短期的には大きな収益にはなりづらい。その狙いは、10年後、20年後に資産形成やローン、投資などを始める未来のメイン顧客を、“今”獲得することだ。
「2030年には日本の生産年齢人口の3分の2をデジタルネイティブが占めると予測されています。私たちのターゲットは、未来の顧客。ユーザーインタビューやマーケティングを重ね、銀行の体験で面倒なプロセスを徹底して省き、UIUXを磨きました。『みんなの銀行』はスマートフォンのアプリだけで口座開設から預金、決済、少額ローン、現金引き出しなどができ、カードも通帳もありません。開業3周年を前に100万口座目前まできたのは、ひとつの成果だと捉えています」
B2C事業で未来への投資を進める一方で、みんなの銀行は「BaaS(BankingasaService)」事業を推し進めている。「BaaSとは、デジタルバンクの金融機能を事業者に提供するサービスです。事業者は自社サービスと金融機能をAPI連携させることで、購買から決済までのシームレスな体験を顧客に提供できます。中間にプラットフォームを挟まないため、事業者は決済コストを抑えられますし、即日現金化されるためメリットは大きいと考えています。2024年3月時点で、10社との提携を発表しています」
デジタルネイティブの開拓とBaaS、この2つがみんなの銀行の戦略だ。
もはや「お金」にも縛られない再定義する未来の銀行ビジネス
みんなの銀行の誕生から間もなく3年。当初10名程度だったチームは約300名へと急拡大している。特徴的なのは、人材の多様性だ。
「従来の銀行員は、職種の違いはあれど銀行でキャリアを重ねた人が大多数でした。しかしみんなの銀行には、エンジニアやデータサイエンティストといった、非・銀行人材が多く、今や組織の7割を占めます。異なるキャリアの人材が集まると当然、マネジメントの工数は増えます。さまざまな人材が共に働けるよう、勤務地も福岡・東京の2拠点を構え、リモートワークにも対応するなど環境の整備にも力を入れています。なぜなら、多様な人材によるカルチャーミックスこそ、私たちの強みだからです」
みんなの銀行は大手銀行グループの新規事業でありながら、従来の銀行の延長線上にはない、新たな企業カルチャーを築いている。このユニークな組織が目指すのは、銀行を再設計「Re-Design」し、銀行そのものを再定義「Re-Define」することだ。
「これからの銀行は、日本円に縛られる必要もなくなるかもしれません。世の中のヒト、モノ、カネ、情報をつなぐ存在として、銀行というビジネスドメインの先にある新しい価値の創造を目指しています。社会が変わり、ユーザーが変われば、銀行業界の地図が塗り替わるゲームチェンジはいつか訪れるでしょう。次の世代に支持される銀行の追求を続けることで、その役割を担う存在になりたい。福岡から生まれた新しい銀行の挑戦に期待してください」
みんなの銀行の次世代戦略デジタルネイティブ世代の獲得
- デジタルネイティブ世代の獲得
2030年に生産年齢人口の2/3を占めるデジタルネイティブに狙いを定め、次世代銀行として口座数を増やしている。 - データ分析による金融体験の再構築
膨大な金融データこそ、プラットフォーマーと戦う最大の武器。既存の銀行の延長線上にはないユーザー体験を提供する。 - BaaSによる、銀行機能の開放
銀行機能を、社会のさまざまなシーンに開放する新たなビジネススキーム。事業者にとっても“みんなの”銀行として拡張していく。
text by Tomomi Tamura / photograph by Yasunori Hidaka / edit by Keita Okubo