波紋を広げて社会をより良くしたい。一度辞めた大企業に「戻った」理由

Ambitions編集部

いつか人生を終えるとき、遠回りだったとしても自分で決めた道ならそれは正しいし、失敗なんて存在しない──。パナソニックで採用ブランディングを担当している河野安里沙氏が、自ら手掛ける採用ホームページで発信した言葉だ。パナソニックで働くことの魅力を、主に学生や求職者に向けて発信している河野氏。社員の思いや、やりがいを生の声で伝えるインタビュー記事を新たに企画し、自ら取材や執筆を手掛けることもある。パナソニックで働く魅力を「人の思い」という切り口から伝えるパイオニアだ。 そんな河野氏だが、一度パナソニックを退社し、また中途入社で戻ってきた経歴を持つ。なぜ戻ったのか、退社したときにどのような景色が見えたのか。河野氏のインタビューから明らかになったのは、大企業が持つ社会への影響力の大きさ、そして自分の可能性を最後まで信じ切る強さだった。

河野安里沙

パナソニック

滋賀県出身。新卒でパナソニックに入社し、経理を担当。その後、株式会社リクルートキャリアへ転職。営業として3年間従事した後、人事としてパナソニックに戻る。現在はリクルート&キャリアクリエイトセンター採用部にて、ブランディングユニットのユニットリーダーを務める。

パナソニックに「2回入社」した私

パナソニックの製品を家電量販店などで見かけることはあっても、それを誰がどんな思いで作っているのか、想像できる人は少ないのではないかと思います。

私は今、パナソニックで働く人たちの思いに焦点を当てて、学生や求職者に自社で働く魅力を伝える仕事をしています。採用ホームページやメディアプラットフォームの「note」を使った情報発信、イベント企画などが主な仕事です。単発の情報発信ではなく、伝えたい相手が接する媒体や情報の流れをイメージしながら、さまざまな方法で継続的に発信していくこと。そして、伝える相手の価値観や背景を想像して発信することを心掛けています。約1年半前からは所属センターで最年少のユニットリーダーに就任し、採用ブランディングを担当するチームをまとめています。

この会社に2回入社しています。新卒では経理として入社しましたが、もっと広い世界をみてみたいと感じて4年目の春に退社。その3年後に人事として再び入社しました。私のようなキャリアは、新卒一括採用のイメージがある大企業の中ではまだ珍しいかもしれません。

バレエから学んだ「努力だけで越えられないもの」

私は3歳から15歳までバレエを習っていました。踊ることが好きで、小学生のときにはもっと上手くなるために教室を変え、週3でレッスンに通っていた時期もありました。バレエをやっていると、私よりも手や足が長く、体形から敵わない人たちがたくさんいました。そのとき、「弱み」は「強み」にはならないということに気づきました。表現力を磨いたり、体形を変えたりする努力の余地はありますが、それを強みにしている人を超えることは難しかったのです。

決して、努力をしても無駄という訳ではありません。ひとりひとり、結果につながりやすい努力の方向性は違うのだということに気付いた経験でした。自分に合った努力の方向性を見極めて、自分だけの「強み」を作っていくことの重要性を感じたのです。

人生をかけられる仕事がわからない

大学時代は商学部で、マーケティングや財務諸表の読み方、簿記などを学びました。塾講師や家庭教師のアルバイトをしていましたが、人生を通して目指したいもの、やりたいことは、就職活動を始めるまで考えたこともありませんでした。そのまま大学3年生になり、リーマンショックの真っただ中に就職活動が始まりました。

当時、インターンシップを実施する企業は少なく、会社について知ることができる機会は限られていました。それでも必死に自己分析や企業研究を行い、セミナーやOB、OG訪問のため、滋賀から東京に通う日々が続きました。

しかし、「人生をかけてこの仕事がしたい」というものは見つかりません。1年ほどの就職活動を通して、私はこんな考えを抱くようになりました。「やりたいことが見つかる時期なんて、人それぞれのはず。大学3年生の今、無理に見つける必要もない。だから、私は働きながら人生をかけてやりたいことを探すんだ」と。

就活で決めた3つの「軸」。大企業なら思いが叶う

そこで暫定的に、企業を選ぶ3つの軸を決めました。

1つ目は、社会的な影響力が大きい会社であること。自分ひとりでできることは限られていると思います。それでも、水面の波紋のように、自分の関わったことが社会に広がっていくような仕事をやりたくて。自分ひとりのカは小さくても、社会により良い波紋を広げて影響を及ぼすことができるのは大企業だと思いました。

2つ目は、教育体制が整っている会社であること。バレエで学んだ「基礎を大切に」という姿勢を守りたかったですし、しっかり学んでから挑戦できる会社の方が性格的に合っていると考えたからです。

3つ目は、数字を扱う力を身につけられること。営業、広報、人事……あらゆる仕事で数字を使いますよね。だから数字のスキルを身につけておけば、本当にやりたいことが見つかったときに役に立つのではと考えました。

この話をすると、よく「なぜ金融機関に行かなかったの?」と言われますが、それはパナソニックの会社説明会で聞いた言葉に感銘を受けたからです。

「経営の羅針盤」に憧れ1度目の入社

パナソニックの会社説明会に参加したときのことです。創業者の松下幸之助の「経理は経営の羅針盤」という言葉を知りました。その言葉に感銘を受け、パナソニックで経理の仕事をしてみたいと思い、応募。2010年4月にパナソニック(当時は松下電器産業)に新卒入社し、経理として働き始めました。数字を通してさまざまな部署の人と関わる仕事は、とても新鮮で魅力的でした。新入社員のころ担当していた金額は、数百億円規模。大企業の社会的な影響力の大きさを痛感しました。

しかし、入社して3年目の頃、もっと新しいことにチャレンジしたいと思うようになりました。パナソニックで一緒に働く人も、仕事も好きでした。しかし、経理の仕事は私の「強み」を生かせる仕事ではないのかもしれないと思ったのです。私が何時間もかけて取り組む仕事を、先輩たちは数分で、いとも簡単にこなしていました。それを見て「数年後、私が先輩たちのようになることはできないだろう」と思ってしまいました。仕事で成果を出し、輝いている同期たちと自分を比べて、羨ましく思ったこともありました。

小さい頃にやっていたバレエと同じです。弱みは、いくら努力しても強みにならない。それなら興味があった人の可能性を信じて応援する仕事に挑戦したいと思い、人材業界に転職を決めました。

得意なことを磨いて見えた、新たな世界

転職したのは、株式会社リクルートキャリア(当時)という会社です。リクナビという就職活動用のウェブサイトや、適性検査のサーベイを企業へ提案する営業の仕事をしていました。この仕事がすごく楽しかった。成果が努力以上についてきて、「強み」を見つけた、という感覚を得ました。成果が数字で出る営業の仕事にやりがいを感じたこと、そしてなによりも私の「強み」を見つけ、伸ばしてくれた上司や同僚のおかげだと思います。

当時とても印象に残っているのが、パナソニックのグループ会社で介護事業をやっている会社を担当したことです。その会社は事業拡大の真っ只中で、それまで年間20人くらいだった新卒の採用人数を、数百人単位に増やす採用戦略を一緒に立てました。毎日、電話やメールで何時間も打ち合わせをして顧客の課題を洗い出し、採用だけではなく教育や育成までトータルで任せてもらったときには、とても嬉しかったことを覚えています。そして、顧客と二人三脚で成し遂げたこの挑戦を多くの人に知ってもらいたいと思い、社内のコンテストで発表。準グランプリを受賞しました。

「強み」を磨いていけば成果はついてくるということを初めて実感し、自分の仕事に自信が持てるようになりました。

私の目指す姿は。「提案者」から「実行者」へ

リクルートキャリアで、「この仕事が向いている」という初めての感覚を得ました。自分で営業先について調べて、どうすれば課題を解決できるのか仮説を立てて、自分がその企業の担当者だったらどうしたいのかを考える。リクルートではお客様の立場で本気で考えることを「圧倒的当事者意識」と呼んでいるのですが、この考え方が好きだし、得意でした。

でも、お客様に向き合えば向き合うほど、自分が提案していることが本当にお客様のためになっているのか、信じられなくなってしまいました。圧倒的当事者意識を持っていたとしても、自分はあくまでも提案者であり、当事者にはなれないことに気づきました。

採用というのは、社員が入って終わりではありません。採用した人が仕事で成果を残し、やりがいを感じて、「この会社で働けて良かった」と感じることがゴールなんです。いくら素晴らしい提案をしても、それを実行するのは私ではなくお客様。私は外野で「頑張れ」と言っているだけの、評論家みたいだなと。私は、評論家ではなく実行者でありたいと強く思うようになりました。しかし、今の立場ではそれが叶わない。だから再び転職することを決めました。転職先としてまず考えたのが、パナソニックでした。

社内のコンテストでも発表した、パナソニックのグループ会社。その常務の言葉を思い出しました。「命が終わるときに幸せを感じられたら、その人の人生は幸せだったと言えるかもしれない。その幸せに寄り添うのがパナソニックの介護事業。人のくらしをより良くできる、こんな仕事は他にない」という話です。多くの社員の根底に、「世界をより良くしたい、くらしをより良くしたい」という考えがある会社。そんなパナソニックに戻って、また仕事をしたいと考えました。

そして、一度退職したことで「パナソニックのこうした魅力を、社外に十分に伝えきれてない。もっと伝えられるはず」と課題を感じていました。こう考えている私だからこそ、パナソニックの採用領域で貢献できることがあるかもしれないと思いました。

2回目の入社。強みを生かして「働く魅力」を伝える

パナソニックに戻り、まず取り組んだこと。それは、採用の課題をマーケティングの視点で分析し、情報発信の内容や方法、ターゲットについて、採用の責任者と徹底的に議論したことです。もちろん、マーケティングやブランディングの考え方を新しく取り入れ、採用ブランディング戦略を生み出すことは簡単ではありませんでした。他社事例を集め、トライアル期間を設けるなどして実績を少しずつ積み上げ、周囲の理解を得ていきました。

実際には、学生へ大規模なアンケート調査をしたり、スマートフォンで採用サイトを見ることができるようにサーバーを変えたりと、さまざまな挑戦をしました。なかでも力を入れたのが、情報発信の内容を変えたことです。これまで事業を中心に伝えていたところを、事業に携わる「人」の志に着目して組み立て直しました。

そして生まれたのが、「パナソニックの人」と、「パナソニックの#はたらくってなんだろう」というコンテンツです。採用ホームページに連載している社員インタビューで、パナソニックで働く理由や仕事にかける思いなどを伝えています。今では、「パナソニックの人」は約100記事、「パナソニックの#はたらくってなんだろう」は約200記事になり、多様な価値観や思いを伝えられるまでにコンテンツが充実しました。

また、学生と関わる中で、「就職活動のイメージって何色?」と学生に聞いたことがあります。すると、グレーや黒と答える人がほとんどだったんです。そんな印象を持たせてしまっていることが、採用に関わる大人として申し訳なく、なんとかしたいと思いました。そこで、文章や写真などを発信するメディアプラットフォーム「note」で、「ソウゾウノート」というアカウントの運営を開始。そこで「#はたらくってなんだろう」「#あの失敗があったから」など、働くことについて考える投稿コンテストを開催しました。取り組みを通して、「働く魅力」が伝われば良いと思っています。

こうした私たちの活動をきっかけにして、それに賛同する仲間が増えれば、日本中の人が働くことによりポジティブなイメージを持てるんじゃないかと思います。

強みを伸ばし、弱みをフォローするチームづくり

ユニットリーダーになって約1年半。はじめはとても苦労しました。私の性格上、メンバーに仕事を任せることが苦手で、1人で抱え込んでしまっていました。1人ではなく、メンバーの「強み」を生かしてチームで仕事をすることが、より大きな波紋を生むことは分かっています。しかし、メンバーに任せたはずが、つい口を挟んだり手を加えたりしてしまう。そんな自分にとって、メンバーを信じて任せていくというのは大きなチャレンジでした。

自分に合った努力の方向性を見極めて「強み」に変えた私の経験。これをチームづくりに生かそうと思っています。生まれ持った個性は十人十色です。メンバーそれぞれの強みを伸ばし、弱みを互いにフォローするのが、チームのあるべき姿だと思います。そのために日頃から心掛けているのは、「ありがとう」と言葉で伝えることです。単に感謝を伝えるのではなく、「◯◯してくれてありがとう」と具体的に伝えるようにしています。

また、チームで毎週「Good JOB賞」を発表する機会を設け、ひとりひとり感謝を伝えたいメンバーと、その理由を共有しています。そうすることで、リモートワークでもメンバー同士の関係性が希薄にならず、お互いの強みを理解して伸ばしながら仕事し、とても良いチームを維持できています。

パナソニックから、社会に波紋を広げたい

社員にインタビューをしていると、取材した社員や、その同僚が本当に喜んでくれます。「自分の事業を発信してくれてありがとう。もっと頑張ろうと思った」という声が届きます。インタビューを通じて社員がさらにやる気になってくれて、新しい製品や技術が生まれたら、社会により良い影響を与えることができる。そんな循環を生み出していきたいと考えています。

また大企業というと、堅くて古いイメージを持たれているかもしれません。でも、誰も挑戦していないだけで、声に出し、行動してみたら意外とできることってたくさんあると思います。私みたいに一度退社して戻ってくるというキャリアもそう。大企業に対する固定観念を、良い意味で壊していければと思います。

私自身の志は、今の社会をより良くして次の世代に引き継ぐことです。そのためにできることは、私と同じ思いで働く人たちの「志の灯」が消えないように守り、灯し続けていくことだと思っています。この志を胸に、パナソニックから社会により良い波紋を広げていければと考えています。

Q. 大企業で見つけた「夢」は?

A. 今の社会をより良くして次の世代に引き継ぎたい。だから、私はそのために働くひとりひとりの思いが消えないように、「志」の灯を守り、灯していく存在でありたい。

Q. 印象に残った仕事は?

A. 採用メッセージを刷新し、WEB記事と連動した駅貼り広告を実施しました。広告に登場した2年目の社員から「駅貼りされている駅に全部行くほど祖母が喜んでくれて。おばあちゃん孝行できました」という言葉をもらいました。この仕事の意義を感じた瞬間でした。

(2022年5月20日発売の『Ambitions Vol.01』より転載)

text by Mao Takamura / pbotographs by Yota Akamatsu

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