憧れ続けた会社で令和の「水道哲学」を体現していく

Ambitions編集部

2022年4月1日に事業会社制に移行したパナソニックグループ。実は売り上げ・利益ともに30~40年ほど成長ができておらず、今の日本経済を象徴するかのような存在に。“コンサルBIG4”のひとつ、デロイト トーマツ コンサルティングの執行役員から、30代半ばにしてこの悩める“日本産業界の巨人”に中途入社したのが棚橋智氏だ。あえて大企業の復活に身を捧げる決意をした理由とは。想い・働き方を貫くポジティビティの源、活かし方に迫る。

棚橋 智

パナソニック株式会社 CTROチーム 特命担当主幹

高校時代からパナソニックの創業者である松下幸之助に憧れ、商売人を志す。20歳で学生起業。大学卒業後、東京・上海でスタートアップを6年間経営。その後、2012年にデロイト トーマツ コンサルティングに入社。2020年から執行役員パートナーとしてイノベーション・新規事業領域の日本責任者を務める。2022年4月、パナソニックホールディングスに入社し、23年8月よりパナソニック株式会社 戦略本部CTRO(Chief Transformation Officer)チーム 特命担当主幹。

「100%アンラーニング」だからこそ誰よりも仕事に熱中

私が大切にしていることに「逆境も愉しむ楽観性」があります。逆境を自分の飛躍のための最高の「ギフト」と捉えられるか。困難な状況を「楽観的」に考えられるのは、イノベーターに共通する資質ではないでしょうか。

高校時代から憧れていたパナソニックの創業者の松下幸之助は、晩年「なぜ成功できたのか?」という質問に対して、貧乏で、学歴がなくて、体が弱かった。その3つのおかげで成功できた。逆境さらによし、と語っています。

私は大学発ベンチャーをやるために大学に進学し、学生起業。当時、松下電器産業(現パナソニック)の採用直結インターンシップを受けるも不採用。それで卒業後も起業を継続するも、なかなか会社を成長させられない悶々とした日々でした。そんな時、経営コンサルティング業に興味を持ち、デロイト トーマツ コンサルティングに入社。そこは「100%アンラーニング」の世界でした。

入社後数年間は、起業家としての経験を1%も活かせない様々なタイプのプロジェクトにアサインされるもパッとせず、クビにならないか冷や冷やしながら過ごしました。誰にも負けないくらいガムシャラに仕事に取り組み、慣れて自信もついた3年目の2015年頃。スタートアップやオープンイノベーションのブームが到来し、自分の経験を活かせる「戦略コンサルティング×起業家」という掛け合わせの強みで多くの仕事を獲得。中途入社から8年で執行役員になっていました。

いっぽうで、日本の大企業の国際競争力は年々低下していきました。私の大好きなパナソニックも長期低迷から抜け出せていない。自分とコンサル会社は成長しているけれど、このままキャリアを継続していくことは自分が本当に望んでいることなのだろうか? 答えはNoでした。

良いものを提供する信頼感。「水道哲学」のアップデートを

そもそも私がパナソニックに憧れていたのは、松下幸之助の存在だけでなく、製品への信頼です。「Let's note W2」という高校時代に買ったパナソニックのパソコン。今でも起動するんです、20年以上経つのに。その後もドライヤー、洗濯機、電動アシスト自転車など、いろいろパナソニックの製品を買いましたが、買った後に一度もがっかりしたことがない。

ここまで信頼感がある会社なのに30~40年も成長できていない、株価も低迷してしまっている。日本はもはや先進国ではないと言われていますが、この状況に最前線で対峙したいと思いました。

「水道の水のように安価で良質なものを豊富に供給することにより、富を増大させ、人々に幸福をもたらし、社会を豊かにするという哲学」──これが松下幸之助が1932年に説いたパナソニックの存在意義である「水道哲学」です。モノが溢れた現代においては水道哲学を大切にしつつも、時代に合わせてアップデートが必要なのではないかと思うようになりました。

これからの水道哲学。私の仮説は、パーソナライズした価値を多くの人に受け入れられるカタチで届けること。私が取り組んでいるのはパーソナルヘルスケアの事業構想。パナソニックが創業以来培ってきた安心・安全・品質への徹底的なこだわりを拠り所として、お客さまの特質を遺伝子レベルで理解することによるパーソナルケアのサービスです。誰よりもやさしく信頼感のあるやり方で、お客さま一人ひとりに驚き・喜びを提供したい。多くの社外スタートアップの皆さまとカタチにしていきたいと思っています。

入社1年半を振り返るとモットーとしてきたことがあります。

  1. ファーストペンギンになる(どんな取り組みでもまず、本気でやってみる)
  2. 提案魔になる(週1回は経営層に自ら提案する)
  3. 徹底的にオープンに付き合う(組織の壁を意識的に壊す)

これがサイロになりがちな大企業で働く人にとっての「ポジティビティの鍛え方」に通ずるかもしれません。

コングロマリットだからこそイノベーションを起こせる

大企業なんだから旧態依然としていると思ったら大間違い。パナソニックは社長を筆頭に幹部の多くは基本的に即レス。例えば、Teamsで社長やCxOに夜に提案をすると、明朝には想いのこもったレスが返ってくる。その上、MTGセットしようか? と逆提案も。一昔前は「上司を飛び越してコミュニケーションなんてできなかった」そうですが、パナソニックは大きく変わったのです。それを活かすも殺すも自分次第。

しかし依然としてチャレンジと感じるのは多様性の高さ。コンサル会社はパナソニックでいえば経営企画系の人ばかりの会社。いわば同じスポーツの選手同士が話をしている感じだったのですが、パナソニックにはあらゆるスポーツ選手がいる。例えばラグビー選手とテコンドー選手が話をしても、お互いのスポーツについて知らないのでつかみどころがなく協力しづらい。でも逆にいえば、能力の違いが大きいからこそ、その違いを力にできれば凄いものになる。私には到底及ばない得意技を持つ多くの方と触れ合うほどに大きな可能性を感じます。

立場がまったく異なる、けれど同志たちと切磋琢磨できることがパナソニックに来て一番幸せなコト。「令和の水道哲学」を体現すべく、世の中に広げていきます。

毎日着ているというパナソニックのTシャツは、自ら購入したり関係者から譲ってもらったりと、50着も持っているのだとか。
毎日着ているというパナソニックのTシャツは、自ら購入したり関係者から譲ってもらったりと、50着も持っているのだとか。

(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)

text by Hidefumi Odagiri / photographs by Yoko Ohata / edit by Shuko Naraoka

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ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?