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「よくこんな時代にガス会社に入ってきたな。これからはオール電化の全盛だぞ」。今長谷大助氏が2002年の入社当時、先輩にかけられた言葉だ。「あれから20年。エネルギーの自由化などの環境の変化が続いてきたがゆえに、僕らはチャレンジし続けなければならなかった」と語り、事業創出の先頭に立つ。福岡県宗像市の「団地再生」から始まる、伝統企業の挑戦とは。
逆風の中のタウンマネジメント
九州が誇るインフラ企業の一角・西部ガスグループは、これまでも地域の団地管理や住民の生活支援といったタウンマネジメント事業に取り組んできた。当初の目的は、本業の「ガスの導入」のためだ。今長谷氏は次のように語る。
「(事業の狙いは)ハウスメーカーさんの事業をお手伝いし、地域のサポート係として住民の生活を支えることで、団地の全戸にガスを導入してもらおうとしたんです。お客さまからの信頼を得て総合生活産業を目指していたのですが……地域が抱える課題というのはさまざまで、ガス会社だけの視点では解決することが難しいことに気づかされました」(今長谷氏)

ガス会社の機能を超えて、地域のために何ができるか──。模索が続くなか、次のチャレンジに選んだのが、宗像市の「日の里地区の団地再生プロジェクト」だった。
県内の2大都市である福岡市、北九州市の間に位置する宗像市。ベッドタウンとして発展してきたその象徴といえるのが、最盛期には約1.5万人が暮らした九州最大級の住宅団地「日の里団地」だ。しかし完成から約50年が過ぎ、住民は減少。建物の老朽化も進み始めていた。
団地の再生を目指すというが、都市部からは遠いためビジネスとしての利益は見込みにくい。事実、最終的な入札に応じたのは西部ガスが参画する共同企業体だけだったという。彼らはなぜ手を挙げたのか?
「日の里の現状を知ったとき、『こういうことをやれる会社って、僕らじゃない?』と思ったんですよ。
ガス会社は、これまでずっと地域の人とのつながりを守り、エネルギーの供給という約束を守り続けてきた存在であり、地域のことを大切に考える風土があると考えています。もちろん、天神や博多といった都市部でタウンマネジメントをするのも素晴らしい。
しかし、日の里エリアは、これまで住民たちのボランティアで自治が成り立っていた場所。事業性でのハードルが高く、事業会社がマネジメントを行うのは難しい条件です。だけど、だからこそ、体力のある地場企業が、地域への思いをベースに取り組まないと続かない。僕らにしかできないことだと思ったんです」(今長谷氏)
老いる団地の再生プロジェクト。利益が先か? 理想が先か?
団地再生のコンセプトは「Sustainable community」。50年続いてきた地域のコミュニティの、次の50年をデザインすることを掲げる。
2021年、解体予定だったマンション棟「48号棟」をリノベーションし、新たなコミュニティ施設「ひのさと48」をオープンした。
西部ガスと東邦レオが連携して運営するこの施設内には、宗像のクラフトビールを製造するブリュワリーや、地元野菜を中心としたランチを提供するカフェ、写真スタジオ、シェアキッチン、コワーキングスペース、さらには壁面を活用したクライミングなど、“ガス事業にとどまらない”ユニークなコンテンツが集まる。運営メンバーの馬場愛里氏は次のように語る。
「ひのさと48には、1階2階の自分たちで運営している部屋を含めて利用可能な部屋は30室あります。しかし、現在入居しているのは約半分。収益面を考えれば、積極的に入居を増やして稼働率を上げて……という話になるんでしょうけど、地域に対して同じ思いを持つ人たちと一緒に何かを起こしたいというのがメンバーの共通認識です。
現在入ってくださっているテナントさんたちは、ひのさと48の取り組みを知っていただき、その想いに共感をしてくださった方々です」(馬場氏)

「開始当初テナント誘致のために数社にヒアリングをしたところ、どうしても『集客はしてくれるのか、どのようなメリットがあるのか』という議論になりました。しかし『ひのさと48』は、ただの集客施設ではなく、半公共の場です。一緒に地域を盛り上げたいという想いを持ってくれる人と、やるべきことを実行すると決めました」(今長谷氏)
「私たち運営メンバーは、日々の会話を大切にしています。実際にブリュワリーやカフェで店頭に立って、地域の方々がぽろりとこぼしたつぶやきを聞き、なにか一緒にできることは無いだろうかと話し合うことが多いです」と馬場氏。これまでに、移動スーパー「とくし丸」の運行による買い物支援や、空室開放でコロナ禍の子どもの居場所をつくる「子どもカフェ」などを実現。小さな声を拾い上げて暮らしを支える試みは今も続いている。
コミュニティナースを広め、健康と安心のまちづくりに貢献
「ひのさと48」では現在、地域コミュニティのための活動「コミュニティナース」が行われている。これは、心と体の健康と安心に寄与する社会的役割を意味し、見守りや声かけ、イベントの実施などを通して健康的なまちづくりに貢献しようとするものだ。
西部ガスでこの事業を立ち上げたのが、成富倫子氏だ。
「この取り組みが生まれた島根県雲南市では、水道検針員がコミュニティナースの役割を担っていると知り、弊社との親和性を感じました。折しも、『さざんぴあ博多』(福岡市博多区)の指定管理者に西部ガスが手を挙げることになり、看護師・保健師の有資格者によるコミュニティナース活動を提案し、2020年から本格的な活動が始まりました。
『ひのさと48』での取り組みは、施設内のカフェにコミュニティナースに関する本をひっそり置いていたら、『私がやりたいと思っていたことはこういう活動だとピンときました!』と声をかけてくれた方がいて、そこからスタートしました。その方が知り合いに、コミュニティナースのことをたくさん広めていただき、今では看護師・保健師・助産師などの有資格者だけではなく、自分の得意なことで心身の健康に寄与したいというメンバー等も含めた20人ほどが定期的に集まり住民との関わりを軸に、さまざまな企画に取り組んでいます。
コミュニティナースは医療的資格の有無に関わらず、目の前の人の健康を願って、お互いを気遣いあう活動なので誰もが実践できることだと改めて感じました」(成富氏)

しかし、このような取り組みには課題もある。「コミュニティナースは、生活の導線上で、日常的にアプローチができることが理想なのですが、有志の活動だと、自分たちのお仕事や生活もあるため定着と持続が難しいのです。せっかく地域のためにと、自分の時間を使って参加をしてくださっているため、少しでも持続可能な仕組みを考えられたら……常々そう考えていました」(成富氏)
コミュニティナースをより持続可能な活動にしていきたい。そう考えた成富氏は、西部ガスホールディングスの「事業開発部」で新規事業開発に取り組んでいた同期社員に相談を持ちかけた。ここから、西部ガスグループが目指す「社会課題解決」と、「新規事業」の融合の兆しが見え始める。
地域とガス会社が交わる「接点」という可能性
西部ガスホールディングスの事業開発部で、新しい事業の柱をつくるミッションを担う小川周太郎氏は悩んでいた。
「1年前に着任した時から、大企業がボトムアップで新規事業をゼロから立ち上げて、何億円規模のビジネスに育て上げるのは相当難しいのではないかと考えていました。売上や利益を莫大に増やす手段はM&Aがある。地域に根ざす大企業には収益以外の軸も必要ではないか、と思っていました」(小川氏)

視界が開けたのは、2023年に参加したスタートアップが集まるイベントでのこと。社会課題を解決をするプレイヤーを応援する「株式会社taliki(タリキ)」と出会い、「社会起業家」やその応援をするエコシステムの存在を知った。
「社会課題の解決とビジネス、その両方を追っている人がいるのだと驚きました。NPOやボランティアだけでは解決できないところを、企業の強みや特色を出せるビジネスで解決する。それこそが我々の勝ち筋になるはず。そんなとき、成富さんから『ひのさと48』の『コミュニティナース』の話を聞き、これだ、と思いました。
私たちはこれまで、ガスの営業や検針などいろんな場面でお客さまと接してきました。そのフロントラインこそが強みです。コミュニティナースは、生活者の声を聞く活動であり、我々の活動を一歩進めたものだともいえます。
コミュニティナースを西部ガスグループの活動としてより推進することで、地域住民の声や困りごとといった生活者の声を得て、そこからその課題を解決する新しいサービスを考え、次の収益を目指す。地域貢献の活動で得られるお客さまとの深い関わりは、西部ガスグループの新規事業創出のために必要なものであり、投資する価値があると考えました」(小川氏)
西部ガスグループでは、「ひのさと48」や「さざんぴあ博多」におけるコミュニティナースの活動を強化。さらに福岡市の都市圏を新たな舞台に定め、子育て世代をターゲットとした実証を始めた。インフラ会社として抜群の知名度を持ち、「ひのさと48」というシンボリックな活動によって得た社会的信頼度は高い。
伝統企業が新規事業を行う意味
2030年に創立100周年を迎える西部ガスグループ。エネルギー供給のインフラ企業として始まった歴史に、まちづくりのページが増え、未来への事業創出ストーリーが加わろうとしている。
「ユニコーンを目指すスタートアップに対して、経済性と社会性の両立を目指す企業をゼブラ企業と呼ぶことがありますが、地場企業の新規事業のあり方もそれに近いと思っています」(小川氏)
地域貢献の先に、事業としての利益がある。今、その取り組みは実を結びつつある。西部ガスグループは、連携協定を結ぶ地元自治体と、地域の未利用バイオマスを活用した食の循環事業の検討を進めている。これも、地域貢献が先にあり自治体と会話を重ねた、その産物だ。
「我々はこれまで、顕在化している地域のニーズに寄り添った行動を取ることが得意な集団だったような気がします。これからは潜在化している地域のニーズを掘り起こし、さらに『地域のためにもっとこうしたい、ああしたい』という思いを実行に移せるようになりたい。
そのためには、これまでの会社の枠組みを飛び越えていくことが必要です。エネルギー会社がエネルギーだけで世の中を変えられるかというと、それは難しい。固定観念を飛び越えて、さまざまな人と手を取り、自由な枠組みで活動することが必要だと思います。社会に変化をもたらすのは、会社ではなく一人ひとりの思いですから」(今長谷氏)

「ひのさと48」のユニークな機能
「ひのさと48」では地域に開かれたコミュニティスペースを展開。

約20名の有志メンバーで取り組む「コミュニティナース」活動。

団地の壁面を活用した「団地 de クライミング」。

宗像産の麦芽を使用した地産地消型ブリュワリー「さとのBEER」。

「さとのひWONDER BASE」は、空間を共有するだけでなく、共に活動を起こすことを目的としたスペース。
text by Shoko Abe / photoglaphs by Shogo Higashino / edit by Keita Okubo

Ambitions FUKUOKA Vol.2
「Scrap & Build 福岡未来会議」
100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。