2024年3月7日。広島市はひときわ熱を帯びていた。中区・紙屋町の「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」を舞台に、県内企業8社の新規事業担当者たちが、経営陣や観客を前に熱のこもった新規事業プレゼンテーションをくり広げていたからだ。AlphaDriveが運営する中小企業向け商品企画・新規事業開発プログラムの集大成となった、成果発表会の様子をレポートする。
Presented by AlphaDrive
「わかる」「うごく」「できる」で 新商品や新規事業企画を
「中小企業向け商品企画・新規事業開発プログラム」、通称「さんまる会議」は、広島県が主催しAlphaDrive高知が運営する、ビジネス創造プログラムだ。新商品の企画や新規事業開発に取り組みたい県内企業を迎え、約5カ月間にわたり計5回のセミナーを開催。さらにセミナーの合間には、AlphaDrive担当者が各企業に対して「伴走型メンタリング」を行い、きめ細かいフォローを実施。新規事業開発のスキルとノウハウを、県内の企業に余すところなく伝える取り組みだ。
この「さんまる会議」という通称は、「『わかる』『うごく』『できる』の体現」から名付けられている。
①顧客と課題の発見
②顧客インサイトにたどり着くヒアリング
③アイデアの仮説検証の方法としてのプロトタイピング
④ビジネスモデル・マネタイズ
⑤予算決裁や外部資金を獲得するためのプレゼンテーション
5段階の開発ステージごとに、「わかる」「うごく」「できる」を参加者が自ら体験。さらに、他の参加企業参加と成果や悩みを共有しながら、継続的に改善を進められるのが特徴だ。
ものづくりからコミュニティの創成まで 独自のビジネスプランを披露
この日発表された、参加企業による新規事業のプレゼンテーションは白熱したものとなった。
介護や福祉の領域において「発見した顧客課題を解決したい」という思いをストレートに表現したのは、石田プラスチックと福祉の美容室nanaの2社。「車いす介助者の負担を軽減したい」「訪問介護の現場をより衛生的にしたい」というそれぞれの切実な課題を、ものづくりの力を使って解決する事業プランを考案した。
木工の街、府中市に拠点を置くフレンドアンドシップは、「フルリモートワーカー向けの椅子」というものづくりを出発点としながらも、顧客課題を掘り下げる中で「椅子をつくる」から「椅子から立たせる」という仕組みづくりへと事業方針をシフト。発表会の講評を担当したAlphaDrive CEOの麻生要一は、その事業化までのプロセスを「新規事業の実践論的に素晴らしい」と高く評価した。
また、地域コミュニティへの思いを事業のコアに据えたのは、瀬戸内で宿泊施設を運営するSETOUCHI-HAMAYA-VILLAと、交通運輸業などで地域を支える広交本社だ。前者は宿泊施設の利用客と周辺に暮らす住民、双方へのヒアリングを実施。観光客と地域住民に共通するニーズを満たす商品を自販機で提供する、という事業展開を目論む。
総務部門の若手が多く参加した広交は、地域交通の市場性を分析し、タクシードライバーと利用客を結びつけ、そこからさらに利用客同士へとつながりを拡張させる新たな事業プランを発表。これには「タクシー会社という業態そのものを変えるほどのポテンシャルがある」と、麻生からも絶賛を受けた。
人材派遣会社トライアローが目指すのは、競馬ファンと引退馬、関係者がつながる新しいコミュニティづくりだ。“ウマ娘ブーム”以降、新たなファンを取り込みながら拡大を続ける競馬市場に着目し、さらに市場を活性化させ得る事業アイデアに、聴衆からも期待の声が数多く寄せられた。
「まずはモノをつくる」からの脱却 女性社員が挑んだ2つの新規事業
今回の「さんまる会議」から、何を学び、何を得たのか。参加企業2社から話を聞いた。
中四国地方で唯一の雨樋取り付け金具メーカーである広島金具製作所。本プログラムに女性社員3名を派遣し、2つの事業開発に取り組んだ。
まずは「猫の糞害対策アイテム」の改良。同社は2022年より、製造工程で生じる端材を材料とする『ポップなネコよけバリア バリにゃんeco』を発売している。今回のプログラムでは既存製品の更なるバージョンアップを図り、個別のニーズに応えるセミオーダー型の商品展開へと進化した案を発表した。
もう一つの事業は、農産物の獣害対策だ。当初はメーカーとしての技術力をベースにした解決策を模索するも、イノシシ被害の現場を巡り、顧客の声に耳を傾けるうちに、コンサルティングやリース、加工サービスなどを組み合わせた複合的なビジネスモデルへと方針転換。行政も巻き込んだ事業展開を目論む。
「『バリにゃんeco』では、LINEやGoogleフォームを利用して既存ユーザーにヒアリングすることができました。一方で、新たに取り組む獣害対策については、農産物の生産者や猟師の方にアポを取り、獣害に悩まされる現場に足を運んで直接ヒアリングを行いました。普段は社内で総務や製造に従事しているので、まさか自分たちが現場に向かうとは思ってもみませんでしたね」と、3名は当時を振り返る。
ヒアリングの結果、製品の改良という当初想定していた課題が当てはまらないことがわかると、大幅な方向転換=ピボットを余儀なくされる。しかし、「だからこそ、製品の設置やカスタマイズも含めたコンサルティングサービスなど、『ものづくり』の枠に当てはまらない事業プランが見えてきました」と、「課題発見」の意義を強調する。
「私たちのような製造技術をもつ事業者は、「まずはモノをつくる」いう前提で、自分たちの強みを活かした解決策を提案しがちです。今回のプログラムでも、当初はメンバー3人だけで考え、企画書も完成しかけていました。しかし、メンターの強い勧めもありヒアリングを行うことに。実際に生産者の方々から話を聞くことで、やはり現場に行かなければ見えてこない課題があると実感しましたね。顧客課題を起点にした開発思考は、今後の事業展開においても大いに参考になりますし、できることならば自社のすべての社員に学んでほしいです」。
ともに学び、ともに支え合う プログラム起点に地域の未来を
木材の精密加工を得意とする松葉製作所は「デスク空間のトータルプロデュース事業」に取り組んだ。
鋳造用木型の製造を主業とする同社は、本業の低迷を受け、その打開策として木製iPhoneケースやApple Watch充電台、無垢材のスピーカーといったオリジナルプロダクトを展開。2020年に発売した「高級キーボード専用のパームレスト」は、ニッチ市場を的確にとらえ、大ヒットを記録した。
「顧客と課題が明確なら、高くても売れる」というセオリーを自ら証明するように、3万円以上という高価格帯で商品をヒットさせた同社。さらなる挑戦として、パームレストと同じクオリティを持つ製品をデスク周りへ水平展開するため、「さんまる会議」に参加したと話す。
国内外にファンを抱える同社であるが、「その陰には多くの失敗作がある」と松葉氏は語る。
「特に自社ブランドを始めた頃は『自分が欲しいかどうか』を基準として、とりあえず作ってみては知人に試してもらうようなやり方でした。顧客の検証を重視する今回のプログラムに参加したことで、ユーザー目線に立つことの重要さを再確認できました」
松葉氏はさらに、価格設定の基準を見直せたことも、さんまる会議の成果だと喜ぶ。
「これまでは原価の積み上げや市場のバランスを考慮して価格を設定していましたが、販売してみると採算が合わず、徐々に値上げしていくというパターンが多くありました。しかし需要にもっとフォーカスすれば、強気にみえる価格設定でも購入してもらえる、という意識をもてるようになったのは衝撃的な発見でしたね」
そして最後に、他の事業者とともに学び合えたことの意義を強調してくれた。
「県内事業者の皆さんとともに5カ月近く学び、多くの刺激をもらいました。当初は『本当に発表が間に合うの?』と思った事業者さんもあるのですが、しっかりまとめてこられたあたりは、さすがだなと。今後、何らかの形で連携できそうな事業者さんも見つかりましたね。うちもイノシシの被害に困っているので、広島金具製作所さんの獣害対策事業のヒアリングにもぜひ協力したいです」。
思い悩んでいたものづくりへの情熱が燃え上がり、自らが思い描くビジネスへの確かな手応えを感じている広島の事業者たち。「さんまる会議」1期生の飛躍と、芽生えた息吹のさらなる広がりが期待される。
text & edit by Kazunari Kunimoto / photographs by Shogo Sonoda(RockHearts, Inc.) / edit by Tatsuto Muro