
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「本当にその機能で人の健康に貢献できるんですか? そんな机上の空論で、お母様を救うことはできますか?」
本条の鋭い言葉が、増井の心を射抜く。
「そんなこと、分かってます!」
増井の反論は、虚しく会議室に響く。
新規事業コンテスト一次審査通過後、有田と増井は、本条を交えて連日議論を重ねていた。しかし、電子部品と健康という異分野を繋ぐアイデアは、そう簡単に見つかるものではなかった。
「例えば、高齢者の転倒を検知して、自動で家族や病院に連絡するシステムなんてどうでしょうか?」
有田が提案するも、増井は首を横に振る。
「転倒検知センサーは既に市場に多く出回っている。後発で参入しても勝ち目は薄いと思う。」
議論は堂々巡り。ホワイトボードには、アイデアらしきものが書かれては消され、会議室の空気は重苦しいものになっていく。
「さんざん議論を重ねているけれど、結局、私たちは何も生み出せないのかもしれない…」
有田の言葉に、増井も無力感を覚える。そんな二人の沈痛な様子を見て、本条は静かに立ち上がった。
「二人とも、少し疲れているようね。少し、外に出ましょう。」
本条の提案に、有田と増井は顔を見合わせる。
「外ですか?」
「ええ。素晴らしいアイデアは、いつも会議室で生まれるとは限りません。顧客の生の声を聞き、顧客現場の課題を捉えることが新規事業には最も大切なのです」
本条は、強い口調で二人に訴えかける。
「顧客の声…?」
「そうです。頭で考えるだけでなく、実際に課題の当事者に会い、五感を研ぎ澄まし、顧客の潜在的なニーズを肌で感じること。それが、革新的な事業を生み出すための第一歩です。」

本条の言葉に、有田と増井は、はっと目を見開いた。これまで彼らは、市場調査やデータ分析にばかり囚われ、顧客という「生きた存在」に目を向けることを忘れていたのだ。
「たしかに、本条さんの言うとおりかもしれない。私たちは、机上の空論に囚われすぎていました。」
増井は、心の底から納得したように呟いた。有田も、力強く頷く。
「そうですね! 顧客の声を聞きに行きましょう! そこには私たちが求めている答えがあるかもしれません!」