自動車学校がスタートアップを支援? ミナミインキュベート代表・藤井氏。若きキャピタリストの挑戦

大久保敬太

ミナミインキュベート株式会社は、南福岡自動車学校などを運営するミナミホールディングス株式会社のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)だ。福岡内外のスタートアップへの出資および支援活動を行っている。なぜ、自動車学校を運営する企業がCVCを設立することになったのか。代表取締役の藤井結氏に話を聞いた。 本記事は、福岡に拠点を構えるラジオ放送局CROSS FMの番組『Real World, Real Impact』と『Ambitions FUKUOKA』による共同コンテンツ。福岡を中心に日本全国、世界で活躍する経営者やビジネスパーソンをゲストに迎えてインタビューを行う。


ゲスト:藤井結 ミナミインキュベート株式会社 代表取締役

聞き手:大久保敬太 Ambitions FUKUOKA編集長 大出整 株式会社CROSS FM代表取締役社長


自動車学校がCVCを設立した理由とは?

大久保 自動車学校とCVCの組み合わせ、大変ユニークですね。まずは、ミナミインキュベートさんの事業についてお聞かせください。

藤井 主な事業は、出資・投資活動と事業提携の2つです。一般的なCVCは事業会社とのシナジー(相乗効果)を前提に投資を行います。ですが、当社の場合はそこに限定せず、純投資としてシード期のスタートアップに500万円から1000万円程度の投資を行っています。

事業提携については実証実験に自動車学校の敷地を提供するなど、投資以外の全てのコラボレーションを含みます。

大出 ミナミホールディングス全体では、どのような事業を展開しているのですか。

藤井 自動車学校事業を中心に、その周辺事業を子会社化しています。教習所のコンサルティング事業、留学生の就職支援事業、海外事業のほか、AI教習システムを教習所に提供する事業にも取り組んでいます。また、昨年末に福岡市中央区にサウナ施設「SHIAGARU SAUNA」をオープンしました。

AI教習システムとは、ミナミホールディングスの子会社であるAI教習所株式会社の事業で、教官に代わってAIが運転指導をするシステムを提供しています。同社は、自動運転の技術を持っている株式会社ティアフォーとの合弁会社です。

この技術は、国が指定する自動車学校では、教習車に教官の同乗が義務付けられているので使用できないのですが、未指定の自動車学校では仮免までの教習やペーパードライバー講習などで、すでに実用化が進んでいます。

大久保 自動車学校そのものが自社の従業員(教官)の置き換えを図っているのですね。

藤井 いえ、教官の仕事をAIに置き換えるというよりは、人手不足の解消を目的としています。繰り返し練習が必要な部分をAIが担い、安全運転の大切さなどは人が教えるような世界をイメージしています。

福岡から世界へ。縦横無尽に新規事業を創出

大久保 福岡で60年以上活動してきた南福岡自動車学校さんが、CVCを設立された背景をお聞かせください。

藤井 現代表が社長に就任したタイミングでホールディングス化され、南福岡自動車学校がその子会社となりました。自動車学校の国内市場は縮小傾向にあるため海外展開を進めていくなど、新しい事業をつくっていこうとするグループの背景があったのです。自動車学校以外の事業をつくっていく方針が明確化され、その足がかりとしてミナミインキュベートが設立されました。

大久保 ミナミインキュベートさんのCVCとしての特徴を教えてください。

藤井 検討期間の短さです。通常半年以上かかるところを、当社では約1カ月で判断しています。ファミリービジネスですので、意志決定のスピードや投資スキームの考え方に、フレキシブルさがあるのが特徴です。投資をするうえでは、前提としてその事業が成長していくかという議論はありますが、社会にどのような変化が生まれるかを注視しています。

入社2年目で代表に就任


大久保 藤井さんは2021年大学を卒業しミナミホールディングスに入社されています。そして翌年には代表に。その経緯とご活動についてお教えください。

藤井 実は、もともと投資に関係する職に就きたかったわけではなく、就職活動は領域や職種を絞らずに行っていました。そんな中でたまたまミナミホールディングスに出会い、自動車学校を母体としつつも新しい事業をつくろうとしているところに魅力を感じたのです。選考でCVCを立ち上げる構想があると知り、魅力を感じて入社を決めました。

大久保 入社1年目から投資をご担当されたそうですね。

藤井 ええ、ミナミインキュベートは立ち上がったばかりで、フルタイムスタッフが私だけだったので、やらざるを得なかったというのが本当のところです。チームに投資経験が長いメンバーがいましたので、助けてもらいながら進めました。当時は、とにかくスタートアップコミュニティーや起業家さんとの接点づくりに注力していましたね。

当時はコロナ禍でリアルイベントが開催されていなかったため、主な手法はSNSでした。投資家や起業家の方をフォローしてどのような会話がされているのかを見たり、オンラインセミナーに参加したり。外に出られるようになってからは、県外にも足を運ぶようになりました。

SNSでスタートアップイベントのスタッフ募集を見つけて応募し、茨城まで行ったこともあります。そこで知り合った方から別のイベントの情報を聞くなどして、少しずつ見える範囲を広げていきました。

大出 自動車学校といった既存事業に対して、どのようなシナジーをイメージしていますか。

藤井 ミナミインキュベートの立ち上げ当初は、自動車学校の敷地や生徒さんとの接点といったアセットを活用した投資で、スタートアップが持つ最先端の技術と接点をつくり、既存事業にイノベーションを起こしたいと考えていました。しかし、今は周辺事業だけにとどまらず、フェアに投資先を探して市場のトレンドや最先端の技術情報をキャッチアップして、親会社にシェアすることで長期的な事業開発に繋げています。

大久保 藤井さんは2021年に入社されて、翌2022年にはミナミインキュベートの代表に就任されています。

藤井 ミナミインキュベートは私が入社する前に設立されており、親会社の代表がミナミインキュベートの代表も兼任していました。当時は紹介案件が中心でしたが、私が入社してからは当社側から動いてスタートアップコミュニティーとのつながりをつくっていくようになりました。そこで得た情報を代表やメンバーと共有しながら投資の方向性について議論を交わす中で、意志決定を早くするために子会社の代表を立てることになったのです。

また、当社グループの文化では、個人の可能性を広げることを大事にしています。そういった意味で、挑戦の機会をいただいたと思っています。

大久保 ひとりのキャピタリストとして、藤井さんが大切にされていることは何でしょうか?

スタートアップの時間感覚やコミュニケーションの取り方を理解し、スタートアップの視点に立って物事を考えるようにしています。また、私の考え方や思いを伝え、個人として関係性を築くことも心がけています。

新しいビジネスをつくる人と、共に歩む挑戦者でありたい

大久保 スタートアップに支援をされた具体例をお聞かせいただけますでしょうか。

藤井 沖縄で運転代行の配車アプリ事業を行っている株式会社アルパカラボさんに投資をさせていただいています。飲食店などで運転代行を依頼すると、待ち時間が1時間かかる場合もあります。それが本アプリを利用すれば、平均12分ほどの待ち時間で運転代行が利用できるのです。私たちは自動車学校を運営していることから、新規の免許取得者との接点を常に持ち続けています。そこで、生徒さんにサービスの案内をさせていただいているほか、将来的には、運転代行ドライバーの評価やスキルのスコアリングなどもお手伝いできるのではないかと考えています。

現在10社に投資をさせていただいておりまして、その半分がモビリティー関連の事業領域になります。本業とは異なる事業領域では、サンフランシスコにAnyplaceという会社があります。同社はノマドワーカー向けのAirbnbのような宿泊サービスを提供しており、エンジニアのみなさんにも快適に利用していただけるように、機材が充実したリモートワーク環境を整えています。

大久保 今後の展望についてお聞かせください。

藤井 今はスタートアップへのエクイティ投資を行っていますが、それだけではないと考えています。投資、事業提携、ジョイントベンチャーなど、最適な手段を用いてさまざまな業界とのコラボレーションをつくっていきたいです。

大久保 最後に藤井さんのアンビション(野心)をお聞かせください。

藤井 私自身が3年間投資活動をする中で、ベンチャーキャピタリストとして仕事の本質を探し続けてきました。そこで考えたのは、投資だけでなく、事業をつくる視点や経験を自分の中に持ちたいということでした。

地域か都市か、中小企業か大企業か、スタートアップか伝統産業かといったカテゴリーを問わず、新しいビジネスをつくろうとしている挑戦者と一緒に、私も挑戦し続ける人でありたいです。

大出 本業とは別の事業領域に投資をすることで、投資リターンだけではなく、ポジティブな変化を起こそうとする姿勢が伝わってきました。これからどのような相乗効果が生まれるのか楽しみですね。

text & photographs  by Satoshi Kokubu  / edit by Keita Okubo

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