赤字が続いても諦めない、売れるまでやってみる。サントリーの「やってみなはれ」の文化を体現しているのが、同社のビール事業だ。同事業のトップは、苦境に立たされたとき何を考え、いかに事業を成長に導いたのか。サントリーが挑戦し続けてきた歴史の背景には、グループ全体で挑戦を後押しするポジティブな組織風土があった。
西田英一郎
サントリー取締役常務執行役員 ビールカンパニー社長
1965年生まれ、京都府出身。1988年4月サントリー(現サントリーホールディングス)入社。2009年4月首都圏流通営業部 部長。2015年9月サントリービール執行役員 ビールマーケティング本部副本部長兼プレミアム戦略部長。2020年1月サントリービール代表取締役社長。2022年7月サントリー取締役常務執行役員 ビールカンパニー社長に就任し、現在に至る。
「はちゃめちゃなくらいに」挑戦を鼓舞する文化
サントリーのビール事業は、挑戦の歴史そのものです。そもそも創業者が一度諦めた事業に2代目が再挑戦し、45年間の赤字を覆して今も成長し続けています。まさに「やってみなはれ」を体現しているようなカンパニーですが、私自身が意識的に「やってみなはれ」と社員に言い続けているわけではありません。気づいたら染み付いている、気づいたら皆がやっている。そんな、DNAに近いものだと感じています。
例えば、「この件はどうしましょう」と部下から相談されることはほとんどありません。多くの部下は「こうしますが、いいですか」「こうさせてください」と相談してくるので、「やってみなはれ」と言うしかありません。サントリーには、やって責められるのではなく、やらずに責められる「やらずの罪」という言葉があります。何も挑戦せず失敗もしないことより、挑戦することに大きい意味があり、失敗しても「もう1回やってみなはれ」と鼓舞する文化があると感じます。
挑戦の組織文化が120年以上受け継がれているのは、創業家が常に経営に関わっているからだと思います。最近の経営層の会議でも、経営トップが「もっとやってみなはれ。はちゃめちゃなくらいに」と言うのです。そう言われると、もっと挑戦しなければと思いますし、私たちの挑戦が後押しされている気持ちがしてうれしくなるのです。
コロナ禍も“チャンス”。新しい「ビールの楽しみ方」を生む機会
挑戦やポジティブな社風があるといっても、私が社長に就任して以降、ほとんどの期間がコロナ禍に見舞われました。そもそもの需要が落ちていたこともあり、2021年までのビール市場は17年連続で前年を下回る状況でした。
このコロナ禍を、あえてじっくり腰を据えて考えるチャンスだ、と捉え直しました。グループの経営幹部とも話し合い、今のうちに挑戦の種を仕込んで、そもそものビールの需要を増やすことから市場を再活性化しようと考えたのです。
そこで2021年にイノベーション部を立ち上げ、新商品の開発をスタートしました。ビール事業だけでなく、清涼飲料など他の事業、ビール醸造部門や経理部門など幅広い職種の人材を集めて、これまでの固定観念や開発手法に捉われずアイデアを募りました。そこから検討し具体化したものは、まさに「やってみなはれ」の気持ちで商品化していきました。
イノベーション部からは、ビールを炭酸水で割って飲む「ビアボール」が最初の商品として発売されました。このような炭酸水で割る商品をビールメーカーがつくるのは普通ではありません。ビール自体の売り上げが落ちてしまうと考えるからです。しかし、好みの濃さで楽しめるという新しいビールの文化を広めれば、きっとビール市場の再活性化につながるはずだと信じて開発を進めました。
イノベーション部は他にも、徹底的なお客様の飲用実態やマインド調査の末に開発した「サントリー生ビール」を2023年4月に新発売。この商品の好調もあり、ビール事業の実績はこの上半期で前年比114%と大きく伸長しています。
120年以上前から続いてきた挑戦の連続が、ポジティブな組織風土につながっているのかもしれません。私たちは、「やってみなはれ」精神のもと、新しい挑戦をする人を評価します。そして、挑戦する人々が、さらなる挑戦の文化を形作っていくのです。
(2023年9月29日発売の『Ambitions Vol.03』より転載)
text & edit by Mao Takamura / photograph by Yota Akamatsu