
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「これが、私たちの構想しているシステムの概要です。」
クロスロード・テクノロジーの応接室。日を改め、有田を連れて訪問した増井は、ホワイトボードにシステムの構成図を描き、五十嵐に説明をしていた。

「この指先センサーで、指の細かい動きを検知し、脳波計測装置で、演奏者の意図を読み取ります。そして、AIがその情報を統合・解析し、アクチュエーターを制御することで、指の動きをアシストするという仕組みです。」
増井の説明を、五十嵐は真剣な眼差しで聞き入っていた。
「なるほど。非常に野心的なプロジェクトですね。しかし、実現するためにはいくつかの課題があります。」
五十嵐は、腕組みをしながら続けた。
「まず、脳波から演奏意図を正確に読み取る技術ですが。これはまだ発展途上の分野です。現状では、単音の認識すら難しいレベルだったはず。」
増井は、五十嵐の言葉に深くうなずいた。彼自身も、その点は技術調査の中で、痛感していた。
「その通りです。しかし、私たちは諦めていません。最新のAI技術を駆使すれば、必ず、突破口を開くことができると信じています。」
増井の言葉には、揺るぎない信念が宿っていた。
「そして、もうひとつ。アクチュエーターの小型化と、制御の精度が大きな課題となります。」
五十嵐は、テーブルの上にあった指先センサーを手に取ると、続けた。
「このセンサーは確かに高精度ですが、それを活かすためには、指の動きをより繊細に、そしてパワフルにアシストできるアクチュエーターが必要となります。」
「その点については、五十嵐さんの技術力に期待しています!」
有田が力強く声をかけたが、五十嵐は冷静に返答をした。
「私たちが知る限り、民間企業が手にできるレベルの技術では、今回必要となるレベルの小型化・動きの繊細さを伴ったアクチュエーターは存在しません。もちろん私たちでも実現は難しいと思います。どこかの大学の基礎研究段階まで戻って根を張り、ラボレベルの技術から開発を重ねるしかないと思います。」
五十嵐は、少し残念そうに、そう言った。

「わかりました。必ずみつけてみせます!」
有田は、そう断言した。当たりがついていたわけではなかった。しかし、宣言せずにはいられなかった。
「五十嵐さん、私たちは本気です。どうか、力を貸してください!」
増井の言葉に、五十嵐は、静かにうなずいた。
「わかりました。私も、もう一度、この技術で、人の心を動かしてみたい。一緒に、夢を実現させましょう!」