
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「増井め、調子に乗るんじゃないわよ。」
飯島は、高級レストランの個室で、運ばれてきたばかりのフォアグラにナイフを入れながら冷たく呟いた。向かいの席には、ネットワーカーズのメンバー、森本樹理の姿があった。飯島は、森本から増井がクロスロード・テクノロジーという企業と接触し、画期的なセンサー技術を手に入れたらしいという話を聞かされたのだ。
「でも、その技術って、確か五十嵐さんがもう何年も前に開発したお蔵入りの技術だって…」
森本は、増井から聞いた話を思い出しながらそう言った。
「だから、なおさら面白くないのよ。増井ったら、ゴミの山からお宝を見つけたつもりでいるんでしょうけど。そんなもので私たちに勝てると思っているのかしら。」
飯島の言葉には、怒りと共に焦りが滲んでいた。彼女はこれまで、自らの能力と政治力で順風満帆なキャリアを築き上げてきた。しかし、増井たちのチームが、予想外のスピードで開発を進めているという事実は、彼女を不安にさせつつあった。
「森本、そのクロスロード・テクノロジーって会社の何か怪しい噂を聞いたことはないの?」
飯島は、ワイングラスを傾けながら意味深に言った。
「怪しい噂、ですか?」
「ええ。個人情報の不正入手とか、違法な技術提供とか。何か裏の顔を持っているというような。」
飯島の言葉に、森本は顔色を変えた。
「そんな噂、聞いたことありません。それに、そんな事実が本当にあるんだったら、増井さんたちは…」
「なんでもいいから彼らのアキレス腱にあたるような情報を探りなさい。」
飯島の瞳の奥に、冷たい光が宿った。彼女は、目的のためには手段を選ばない女だった。
「そうだ、森本さん。あなた、増井さんと仲が良いんでしょう? 個人的な事情を含めて彼のことをもっとよく調べておいてちょうだい。何か、弱みになるようなことがあれば…」
飯島はそう言うと、意味深な笑みを浮かべて森本に近づいた。

「私たちが勝つためには、どんな犠牲も厭わないわ。」
その言葉は、氷のような冷たさと鋼のような意志を感じさせた。森本は、飯島の言葉に恐怖と、そして、言いようのない不安を覚えた。彼女は、自分が巨大な陰謀に巻き込まれようとしていることにまだ気づいていなかった。