2050年のカーボンニュートラル実現に向け、国だけでなく、企業や消費者も再生可能エネルギー(以下、再エネ)に関心を寄せている。 しかし、要となる再エネ発電事業者に大きな壁が立ちはだかっていることを、知らない人も多いのではないだろうか。 福岡に拠点を構えるラジオ放送局CROSS FMと『Ambitions FUKUOKA』による共同コンテンツ。福岡を中心に日本全国、世界で活躍する経営者やビジネスパーソンをゲストに迎え、ビジネスモデルや起業の原点についてインタビューを行う。 本記事では「持続可能なエネルギーを必要な時に必要なところへ」をビジョンに掲げ、福岡市を拠点に活動する、Tensor Energy(テンサーエナジー)株式会社の創業者兼共同代表・堀ナナ氏をゲストに迎える。
ゲスト:堀ナナ Tensor Energy創業者/共同代表
聞き手:大久保敬太 Ambitions FUKUOKA編集長 大出 整 株式会社CROSS FM代表取締役社長
AIで再エネ発電事業を効率化する「Tensor Cloud」
大久保 2023年11月に資源エネルギー庁が発表した「令和4年度エネルギー需給実績」によれば、再生可能エネルギーの供給量は10年連続増加。中でも太陽光が前年度比7.6%の増加と、その伸びをけん引しています。
そんな中、Tensor Energyは太陽光発電事業者に特化したSaaS「Tensor Cloud」を提供されているわけですが、事業者の課題感について教えてください。
※「資源エネルギー庁 令和4年度(2022年度)エネルギー需給実績(速報)」より
堀 太陽光発電事業の内容は、土地の調査や購入から発電所の建設、電力の販売、安定供給に向けた需給調整、設備の保守など多岐にわたります。多額の初期投資や30年分の事業計画の策定、資産管理、投資家に対する透明性の高い情報開示なども必要です。
これらの業務は知識や経験が豊富なベテラン人材が、勘や経験を頼りにおこなっており、属人性が高い状況にあります。
大久保 市場が拡大する中で、発電所を運用できる専門人材は不足していくわけですね。
堀 また太陽光発電事業には、発電所の運用管理業者や需給調整業者、売電管理業者、デベロッパーなど複数のステークホルダーが存在し、コミュニケーションが複雑化しやすい傾向にあります。
さらに、気候変動や火力発電の燃料不足などの外的要因による電力価格の激しい変動などもあり、再エネ業界が発展するためには業務の効率化が不可欠です。
大久保 再エネ事業者の課題をどのように解決するのでしょうか?
堀 Tensor Energyは発電事業者の財務と電力の運用を、AIを活用しながら管理する「Tensor Cloud」を開発、提供しています。
まず、これまでExcelで作成するのが一般的だった30年分の事業計画を、発電に使用する技術や電力の売買価格などを入力するだけで、わずか数分で作成可能です。これにより事業開始に向けたスピーディーな資金調達ができるようになります。
また発電所の運営に関わる気象や市場価格、財務データなどを自動収集し、一元管理が可能です。さらに発電事業に関わる複数の ステークホルダーが、シームレスに情報を共有できるバーチャルワークスペース機能もあります。
2023年6月のサービス提供開始から現在までで128カ所の発電所で採用されています。2024年末までには発電所400カ所で採用されることを目指しています。
大出 福岡に拠点を置く意義はあるのでしょうか?
堀 九州は日照量が多く、太陽光発電事業を展開しやすい地域です。Tensor Energyが支援したい太陽光発電事業が集まりやすいことから、福岡に拠点を構えています。
メンバーの国籍は9カ国、創業時から世界を視野に
大出 御社ならではの強みやバリューを教えてください。
堀 Tensor Energyの強みは、大きく2つあります。1つ目は世界の優秀な人材を集結させたグローバルな技術開発チームです。14人のメンバーの国籍は9カ国に及び、アジア、ヨーロッパ、アメリカの3つのタイムゾーンで稼働しています。
共同創業者で再エネ関連技術に精通したフィルターはドイツ出身。私もアメリカで再エネ専門のコンサルティングファームで働いていました。
私たちのバックグラウンドを活かし、世界中の優秀な技術者や先進的なノウハウを集めたのです。
堀 また、ユーザー体験の向上にもこだわりを持っています。社内でほぼフルスクラッチの開発をしているため、お客様と密にコミュニケーションを取りながら、改善の要望があれば即座にシステムに反映できます。
大出 世界の再エネ市場を見る中で、日本市場の立ち位置をどのように捉えていますか?
堀 企業の再エネやサステナビリティへの意識の高まりを実感しています。2050年に向けたカーボンニュートラルの目標には、政府だけでなく、企業や顧客、投資家も関心を寄せています。
大出 企業がIRの観点から再エネに注目する動きは、今後もさらに加速しそうですね。
3.11の“輪番停電”で電気のありがたさを痛感
大久保 ここからは、堀さんご自身の想いや起業のストーリーについて伺っていきます。再エネ事業に関心を寄せたきっかけを教えてください。
堀 きっかけは2011年3月に発生した東日本大震災のときに目の当たりにした「輪番停電(計画停電)」です。津波被害による福島第一原子力発電所の稼働停止が原因で、関東地方を中心に所定地域で電力供給がストップしました。
当時住んでいた高円寺のマンションが、ぎりぎり輪番停電の対象外地域で。通りを挟んで向こう側の住宅街が真っ暗になり、地下鉄が大混乱している光景を目の当たりにしました。当たり前に電気を使える日常が、どれだけ恵まれているのかを痛感した出来事です。
大久保 その後、再エネ専門のコンサルティングファームに入社し、起業に至りました。
堀 きっかけは、2021年に電力の「固定買取制度(FIT)」が改正されたことです。私が再エネ業界に飛び込んだ翌年の2012年にFITが導入され、電力会社は再エネ発電事業者から、あらかじめ決められた価格で電力を買い取ることになりました。
しかし、2021年に再エネ発電事業者の自立を促す方針が盛り込まれたFITの改正が決定。「エネルギー産業に転換点が訪れた」と感じ、再エネ発電事業者の独立したビジネス展開をサポートするため、起業しました。
大出 再エネ業界に飛び込む2011年以前のキャリアについても伺いたいです。
堀 バブルまっただ中の80年代半ばに千葉県で生まれ、東京で育ちました。都会暮らしだったことで、自然豊かな場所が好きになりました。
その後、生物学の研究者を目指して国際基督教大学(ICU)に入学。生物学を専攻し、大学3年生のときに1年間、アメリカのオハイオ州に留学し、現地で研究をしていました。しかし留学先で、研究者としてのキャリアが思い描いていたものと違うことに気づいて。帰国して新卒で、大手人材紹介会社に就職しました。
その後、映画が好きだったことから配給宣伝会社に転職し、メディアの方に映画を取り上げてもらうパブリシティを担当。2011年、結婚を機に退職して3カ月ほどのキャリアブレイクを過ごしました。
そのときにアメリカから来日していた友人が経営する、再エネ専門のコンサルティングファームに誘われて。同時期に東日本大震災で輪番停電を経験したこともあり、再エネ業界でのキャリアをスタートさせる決意をしました。
大出 生物学から人材、映画、再エネとキャリアの幅が広いですね。自身のキャリア形成において意識していることはありますか?
堀 キャリア形成という意味で、特に意識していたことはありません。ただ振り返ってみると、新しい人との出会いや心が揺さぶられる出来事と、それまで培ってきたスキルや価値観が、点と点がつながるようにリンクし、次のキャリアへ導かれていたような気がします。
再エネ業界の発展を通じ「世界のエネルギー格差を解消する」
大出 Tensor Energyの今後の展望について、教えてください。
堀 2023年6月に発電量の予測機能をリリースし、2024年2月現在も間もなく新機能を実装予定です。今後は半年に1回のペースで、再エネ発電事業を加速する機能を実装していきたいと考えています。
さらに「持続可能な電力が必要なときに必要なところへ届けられる世界へ」というビジョンの実現に向け、電力の利用者側に提供するサービスも構想しているところです。
大久保 海外進出についても、ぜひ展望を聞かせてください。
堀 Tensor Energyは創業時から再エネ業界に特化した「グローバルバーティカルSaaS」を目指しているため、多国籍のメンバーをそろえています。グローバル展開で重要なのはタイミングです。各国がカーボンニュートラルの実現に向け、国を挙げて電力の自由化を推進するタイミングで進出しようと考えています。
大久保 ありがとうございます。最後に、堀さんのAmbitions(野心)を教えてください。
堀 現在、世界におけるエネルギー供給は不均等で、エネルギー不足の地域も存在していま。再エネ業界の発展を通じ、持続可能なエネルギーで、世界中の電力の供給格差をなくすことを目指していきます。
text & photographs by Ryoya Sonoda / edit by Keita Okubo