全国からユニコーンを探せ! 同時多発的に巻き起こる、 地域スタートアップの渦

大久保敬太

スタートアップの熱は列島各地に広がり、“ご当地色”を帯びながら猛スピードで進んでいる。東京のコピーではない各地のスタートアップ戦略と新潮流は何か。元フジテレビ経済部で、数多くのスタートアップシーンを取材してきた西村昌樹が、5つのトピックで解説する。

西村昌樹

フジテレビ報道局で経済記者やデスク、番組ディレクターなどを務め、約22年取材やニュース放送に携わる。在職中は民間企業取材を多く経験し、2018年からはスタートアップ取材に注力。

【01】地域起業の潮流
村の小さなスタートアップがグローバルスタンダードになる日

全国各地に目をやると、東京とは異なるスタートアップムーブメントの動きが起きている。そのひとつが、四国・香川県だ。帝国データバンクのビッグデータ分析レポートによると、都道府県別の全企業に占めるスタートアップの割合(※1)は、なんと香川県が1位。その後に沖縄県、東京都と続く。香川県は、四国4県の中でも突出して「県外出身の経営者が多い」ことが数字として表れた。

さらに詳しく見ると、大都市圏は第二・三次産業に取り組むスタートアップが中心なのに対して、香川県は農業・林業、ガス・電気などの領域での起業が多い。エリアごとの社会課題や産業構造に起因すると思われる“郊外型スタートアップ”といえる傾向は、東京一極集中の文脈だけでは測ることはできない(※2)。

ここ数年で急速に進んだオンラインシフトが、地域スタートアップの追い風になっている側面もあるだろう。

また、会計や バックオフィスなど、様々なシーンでSaaSなどの新サービスが浸透してきた。こうした事業は、サービスの提供側と受け手側の物理的な距離や、企業の歴史・規模などは運営上の障壁にならない。

例えば、郊外の村を拠点とする10人程度の従業員規模のスタートアップが、独自のサービスで世の中のスタンダードになる。そういうことが実際に起こる時代がすでにきているのだ。

※1 創業または設立から10年以内で、事業を継続している企業と定義
※2 県外出身者が起業率を引き上げる?~スタートアップ企業の占有率と地域性~(帝国データバンク)

【02】過熱する行政支援
行政による強力なスタートアップ支援が進む

政府は「スタートアップ育成5か年計画」を掲げているが、地域に目をやると、国をリードするような動きが多く見られる。

富山県はスタートアップ支援を最重要政策に定め、起業家育成プログラム「とやまスタートアッププログラムin東京」に取り組んでいる。

このプログラムの特徴は「東京で起業を学び、富山で起業する」という点にある。プログラムに参加したチームは、スタートアップ先進エリアである東京と富山を越境しながら数カ月かけてビジネスプランを磨き、その後は富山の手厚い支援を受けながら事業の成長を目指す。

広島県もスタートアップ支援に積極的なエリアのひとつだ。2022年に「ひろしまユニコーン10」プロジェクトを開始し、10年で時価総額10億ドル以上の企業10社創出を目指している。さらに広島県は同プロジェクトの予算額として1億4000万円余りを令和6年度の当初予算案で公表している。

「01.地域起業の潮流」でも記したが、スタートアップの事業は、エリアによる制限を受けない時代だ。「地元に貢献」という機運ももちろんあるだろうが、「自身の事業にとって、相性がよく支援が魅力的」という観点で起業の地を選ぶケースも増えると考えられる。

【03】ジャンル集積
「xxxxの町」のブランディング戦略

スタートアップの支援、あるいは誘致に取り組む地域は、圧倒的なビジネスの規模とスタートアップが集積する東京を相手に、独自性を打ち出す必要がある。そこで目立つのが「特定のジャンルに絞る」戦略だ。

例えば、IT産業の振興に取り組む島根県。島根県には世界的なプログラミング言語「Ruby」の開発者・まつもとゆきひろ氏が在住していることで知られている。島根県はRubyの普及と発展を後押しする一般財団法人Rubyアソシエーションの運営や、島根大学、松江工業高等専門学校とのIT人材育成、若手エンジニアコミュニティを中心とした勉強会・サロンの開催など、“Rubyの町”を軸に産学官連携を強化。IT人材やIT企業の誘致に取り組んでいる。

福岡県の久留米市はバイオ産業の振興を打ち出している。もともと医療機関が多く、人口当たりの医師数が中核市の中で1位という“医療の町”だった久留米市は、県とともにバイオ産業の振興と企業の拠点化を目指して、20年以上にわたり取り組んできた。ポイントは、すでにある地域資源(医療)のリソースを、バイオテクノロジーという次の時代の産業に向けて、さらに膨らませている点。久留米大学をはじめ、周囲に理系の研究・教育機関が多いのもそれを後押しする。

これらは一例だが「xxxxの町」のように打ち出すことができると、そのジャンルの第一線の人材が集まり、事業が生まれる。「ヒト・モノ・カネ」のヒトを呼び、行政と連携してカネを支援し、事業によりモノが集積し、さらにブランディングを強める。地域の特性を生かしたスタートアップ戦略だといえる。

【04】地場との共創
握るのは「地銀」の存在

地域で立ち上がるスタートアップとその支援を、地域側から見ると「地元を一緒に盛り上げてほしい」という思いも当然あるだろう。そのような地域での共創をリードする存在といえるのが「地銀」だ。

スタートアップ融資で有名なのは静岡銀行。ベンチャーデット(※3)というスキームを用いて、これまで金融機関として投資しづらかった赤字企業に対しても、成長の可能性を評価できれば融資を実施する。2027年度には残高を最大1000億円に増やす方針だ。このスキームには、きらぼし銀行や横浜銀行なども取り組んでいる(※4)。

地銀は長年にわたり、地場の企業を金融面で支えてきた存在だ。そんな地銀がスタートアップ支援を強めることで、歴史ある地場企業と新しいスタートアップとの共創などが加速し、地元経済への還元も期待できる。

※3 金融機関がスタートアップに融資を行い、スタートアップは新株予約権を発行・付与する仕組み。レイター期の企業の資金調達を加速させる手法として注目を集めている
※4 出典:日本経済新聞(2023年8月10日)

【05】大学発 スタートアップ
ディープテックに熱視線!課題はビジネス化

最後は、全国の大学。先端技術を起点に生まれる、大学発のディープテック・スタートアップに今、注目が集まっている。関西では特に京都大学が知られており、京都大学産官学連携本部で自らベンチャー支援の旗振りを行っている。VCも大学の動きに注目しており、2023年には独立系VCのグローバル・ブレインが、京都大学や大阪大学などで生まれる研究の成果に注目し、関西に拠点を立ち上げ、投資に本腰を入れ始めた。

大学発スタートアップの課題は、その素晴らしい技術を、ビジネスとして確立し、成長させるための仕組みがまだ十分ではないことだ。大学発スタートアップへの投資や支援の動きは、これから全国各地で加速することが予想される。

text & edit by Keita Okubo

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