【チャリチャリ家本賢太郎】人と街をつなぐ赤い自転車チャリチャリの地域密着型成長戦略

長浜優奈

飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第6回は、シェアサイクル「チャリチャリ」を展開する、チャリチャリ株式会社の代表取締役家本賢太郎氏。サービスローンチから6年を迎えた2024年時点で、会員登録者数は100万人を達成。九州を中心に全国9エリアで展開しており、約7,900台の自転車と1,600か所以上の駐輪ポートを有するなど、福岡市ではチャリチャリ利用者を見ない日はないほど、生活に浸透しているサービスだ。 15歳でクララオンライン(現クララ)を起業し、若き起業家として注目を集めた家本氏が、これまでのすべてを注ぎ込んでいるシェアサイクル事業。その目的と原動力について伺った。

家本賢太郎

チャリチャリ株式会社 代表取締役

1981年12月2日生まれ。愛知県出身。幼少期より株式市場や経済、パソコン、IPネットワークに興味を持ち、15歳でクララオンラインを設立。2001年9月に慶應義塾大学環境情報学部に入学、2006年3月同中退。2007年3月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。14歳のころに受けた脳腫瘍の摘出手術をきっかけに車いす生活になるが、奇跡的に両足の運動神経が回復。車椅子無しでの生活が可能に。1999年1月に米Newsweek誌にて「21世紀のリーダー100人」、2000年9月に新潮社Foresight(フォーサイト)誌にて「次の10年を動かす注目の80人」、2012年3月に世界経済フォーラム主催「Young Global Leaders 2012」に選ばれている。


Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズではHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。

High Growth Program採択企業(2024年度

eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社


チャリチャリを通じて交通課題を解決したい

2018年2月に福岡市でサービスを開始し、現在は名古屋市・東京都・熊本市・久留米市・桑名市・佐賀市・天草市・菊陽町と展開エリアを拡大。2024年10月には、台湾全土でシェアサイクル事業を展開する「YouBike」と戦略的提携に関する覚書を締結。双方の地域における自転車を活かした街づくりのさらなる発展を目指すことを発表した。

国内外問わず存在感を強めているチャリチャリだが、彼らが目指すのは事業拡大だけではない。「まちの移動の、つぎの習慣をつくる」をミッションに、地域の移動課題の解決に取り組んでいる。

「人口減少と少子高齢化による地域の移動課題はとても深刻です。たとえば福岡市の人口は約160万人で増加傾向にあり、高齢化率も全国平均より低い水準です。しかし、福岡の都市インフラを支えている西日本鉄道は、現時点で運転手が足りていませんし、博多・天神など中心部のバスも減便が始まっています。

特に福岡市は、全国の都市と比べてもバスの利用者数が多く、細かな交通ネットワークがバスによって担われてきました。しかしすでに一定の距離に駅やバス停などがない公共交通空白地域が拡大していますし、今後何も手を打たなければ、さらに問題は深刻化するでしょう」

地域交通の担い手不足や公共交通空白地域の拡大といった課題は、全国で見受けられる。今後、電車やバスの運転手が減り続ければ、減便は免れずに利用者は減少。自家用車の利用者数が増加することで交通渋滞の悪化といったさらなる問題へと発展する。

「その移動課題のHOWのひとつとして、チャリチャリが一端を担いたいと考えています。私の理想はいろいろな乗り物が組み合わさっている世界なんです。それはオンデマンドタクシーかもしれないし、グリーンスローモビリティかもしれません。いろいろな乗り物が街中にあって、いろいろな移動の形が選べるよねというしあわせを提供する、その一員にチャリチャリがなれたらいいなと思っています。

現時点でチャリチャリは、10代から60代と幅広い世代の方にご利用いただいています。運転免許証を返納したから、チャリチャリを使っているといった高齢者の声も寄せられているんですよ」

地域からの信頼と愛で成り立っている

チャリチャリが地域の足となったのは、駐輪ポートの密集度がポイントとなっている。福岡市には750カ所以上の駐輪ポートがあり、街を歩けばすぐにチャリチャリの赤い自転車を見つけることができる。場所は駅やコンビニ、マンション、公園などさまざまだ。なぜここまで数を増やすことができたのだろうか。

「チャリチャリはみなさんの土地をお借りして事業をしていて、福岡市は90%以上が民間企業から場所をお借りしています。でも最初は、地域に根ざしたサービスを行います! といったって、僕のように福岡の外から来た人間には、話を聞いていただけるチャンスもネットワークもありません。

信じてもらうためには、やはり伝える力が必要。そこで九州朝日放送さんや名古屋テレビ放送さん、東海テレビ放送さん、中京テレビ放送さんといった、放送局のみなさんに協力を仰ぎました。長年その地域に密着してきた放送局から『みんなで一緒になって街づくりを行いませんか?』と発信を行うことで、地元のみなさんの信頼を得ることができました」

家本氏はもうひとつ重要なポイントに、「愛すること」を挙げた。

「愛は一方通行ではなくて、双方向でなければならないと思います。たとえばチャリチャリは福岡市を愛して、事業に取り組んでいます。その結果、地域の方たちから『チャリチャリがあってよかった』『助かった』『便利になった」という言葉をいただくところまでがんばりたい。双方向の愛情のやりとりが生まれるかどうかに、僕は常に意識を払っています。

なので全国100都市での展開を目指します! などそんなことは全く思っていないんです。愛を確認し合える数は限られてると思うので。人や街への愛というのが、僕のベースになっているのかもしれませんね」

好奇心と探究心、そして事業とのバランスが重要

もともと古地図を見るのが好きだという家本氏。国会図書館で古地図をコピーし、現在の地図や歴史本と照らし合わせ、街へ繰り出していく。街を知り、街の魅力を感じることを、街に根ざした事業を展開する上で最も大切にしている。

「僕は仕事をする上で、好奇心と探究心の深さはすごく大切だなと思っています。好奇心と探究心は、好きなものなど特定のジャンルにだけ発揮されるものではなくて、目の前で何かが広がったときに、そこに食らいつきに行こうとか、深掘りしに行こうと思えるかどうかにつながると思うんですよね。

でも好奇心と探究心だけで仕事をしていたら会社がつぶれちゃうので(笑)、やはりバランスを取ることが重要。僕もこれまでたくさんの失敗をしてきて、僕の事業の年表から消えていることはたくさんあるんですけど(笑)、そういった経験があるからこそ、今チャリチャリに自分のすべてを投入できるのかもしれません」

「街を散策するときは、趣味のカメラを持ち歩いています。今日も福岡市を走るチャリチャリを撮影してました(笑)」

取材当日は、博多駅からFGNがある天神まで、チャリチャリの駐輪ポートを周り、そこで働くスタッフに声をかけながら歩いてきたという。その時間を家本氏は「しあわせだ」と語る。

「僕たちがこの仕事をしていてしあわせを感じる瞬間って、街の中でチャリチャリに乗っている方たちを見かけることなんですよね。お酒を飲むとかおいしいものを食べること以上に、ずっと心が充実します。僕は15歳で起業をして、さまざまな事業を行ってきましたけど、僕の人生の中で今までこういう経験ってあまりなくて。

だから街の中で、地元の人たちがチャリチャリに乗っているのを見るとうれしくて。自転車のタイヤの空気抜けてないかな? 大丈夫かな? あの人元気かな? って気になっちゃうんです(笑)。ひとつひとつは些細なよろこびかもしれませんが、それが積み重なって大きなしあわせにつながっています」

チャリチャリがあるから街も人も好きになる。そんな未来をつくりたい

「街の外に人がたくさん歩いている社会が見たい」と家本氏。

「僕は街の外に人が出て、人がすれ違うことが、街の活気につながると思っているんです。特に自転車はどこでも走れるし、停まれるから、人々が街を発見する機会につながるじゃないですか。

だからチャリチャリがあることで、住む場所の選択肢が広がったとか、違う道を通って新たな発見があったとか、ちょっと落ち込んでるときにチャリチャリに乗ると気分が変わるとか、チャリチャリに乗ると身体が元気になるとか、そういう小さな発見があれば、その街が好きになって、その街に住んでいる人との関係性も大事にできるんじゃないかなと。チャリチャリがそんなところにも、影響を与えられたらいいなと思います」


【FGN事務局コメント】

「福岡市民に最も馴染みがあるスタートアップ」といえばチャリチャリでしょう。チャリチャリの赤い自転車は福岡市民の交通手段として定着したと感じます。しかしインタビューの中にもあるように、チャリチャリが見ているのはシェアサイクル事業を通じたまちづくり。お話を伺っていくなかで聞ける家本さんの交通やまちづくりのあるべき姿に共感を感じます。「愛が重要」とインタビューのなかでおっしゃっていましたが、家本さんのチャリチャリへの愛を感じる瞬間がたくさんあります。ユーザーが雑多にポートに戻してしまった自転車を黙々と並べる姿。街なかでチャリチャリのスタッフを見かけて笑顔で声をかけている姿。福岡市を「マザーシティ」と愛を込めて呼んでくれるチャリチャリ。せっかくならFGNは「マザー」になれるように頑張ります。ちょっと気恥ずかしいですが。

photographs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama

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