トッププロデューサーが考える、「福岡×エンタメ」の可能性

長浜優奈

「人々をもてなし楽しませること」を意味する、エンターテインメント。食・レジャー・ショッピング・イベントなど、あらゆる娯楽に事欠かない福岡、ひいては九州は、エンタメ力の高いエリアだといえるだろう。 では、エンターテインメント業界の最前線で戦うトッププロデューサーたちは、「福岡×エンタメ」のポテンシャルをどう感じているのか。 クリエイターのエージェント業を通して、インターネット時代のエンターテインメントのモデル構築を目指す、コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏と、福岡の都市部を中心に「クリスマスアドベント」や「はかた夏まつり」などのイベントを企画・運営しているサエキジャパン代表取締役の佐伯岳大氏に話を聞いた。

佐渡島庸平

株式会社コルク 代表取締役社長

2002年、株式会社講談社入社。モーニング編集部で、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。講談社退社後、2012年にクリエイターのエージェント、株式会社コルクを創業。作家とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理などを行う。2021年春に東京から福岡に移住。

佐伯岳大

株式会社サエキジャパン 代表取締役

福岡県出身。九州産業大学在学中の2001年に起業。卒業後の2007年に株式会社サエキジャパンを設立。2013年に「福岡クリスマスマーケット」(現 クリスマスアドベント)を初開催し、2019年には店舗数と動員数で日本一を達成する。現在2030年までのビジョンを見据え、「世界一のクリスマス」を目指して挑戦中。

福岡は“個”のレベルが高い

佐渡島氏 2023年12月からCROSS FMの『マンガ編集者 佐渡島庸平の福岡を味わう』という番組で、福岡ならではのゲストをお呼びして話を伺うラジオ番組を始めたのですが、皆さんのレベルの高さに驚きました。どなたも専門領域への知識が深く、解像度が高い方ばかりなんです。文化の面でも同様に、僕は最近、曼荼羅や彫刻などの古美術が気になっていて、Instagramで全国のギャラリーをフォローしては作品を購入しているんですが、地方のギャラリーのほうが取り扱う作品のレベルが高いことが多い。営業日は月に2回で、アクセスが難しい立地でも作品はすべてソールドアウトというギャラリーもあります。

個人や中小企業などに目を向けた場合、東京よりも地方のほうがレベルが高いこともあるんだと感じました。一方で東京は、値段を上げる仕組みづくりや認知度を上げる方法にたけている企業が多い印象です。

佐伯氏 イベントプロデュースの視点から見ると、地方と東京の売り上げ規模を比べた場合、東京のほうがはるかに高いことは事実です。しかし、イベント事業に必 要なものは収益だけではありません。

以前サエキジャパンでも、利益を狙って福岡で実施したイベントを東京で開催したんですが、まず場所の許可取りに悪戦苦闘。利益や労力すべてを踏まえたうえで、改めて福岡はチャレンジしやすいまちだと実感しました。

JR博多駅前広場から切り開いたクリスマスアドベント

佐渡島氏 サエキジャパンさんのように、地場の企業がゼロから企画してイベントを立ち上げるというのは、東京ではハードルが高いですよね。クリスマスアドベントは今や、福岡の風物詩となり、いろいろな場所で見かけるようになりました。

佐伯氏 今は、JR博多駅前広場や福岡市役所西側ふれあい広場、福博であい橋、旧福岡県公会堂貴賓館など、博多〜中洲〜天神間で幅広く展開させていただいています。

佐渡島氏 最初はどの場所からスタートしたのですか。

佐伯氏 JR博多駅前広場です。私がクリスマスマーケット開催のために動き出したのはJR博多駅前広場ができたばかり の2013年でした。当時は広場の使用要項が厳しく、イベントなどほとんど開催されていない状態。当然私も、企画書を持ってJR博多シティへ営業しに行ったんですが、なかなか縦に首を振っていただくことができず、約8カ月間粘って、ついに許諾をいただき、実施に至りました。

初回はわずか8店舗での開催。そこから毎年開催を重ね、150店舗に拡大し、2019年には店舗数と動員数で日本一を達成することができました。世界最大のクリスマスマーケットといわれるドイツ・シュツットガルトの280店舗を超える、300店舗を目指しています。

佐渡島氏 イベント業を福岡で成功することができた、決め手はなんだと思われますか。

佐伯氏 私がイベント初心者だったからだと思います。福岡でクリスマスマーケットをやりたいと思ったのは、とある方からお誘いを受けて、ドイツで世界一のクリスマスマーケットを見たことがきっかけでした。でもイベントは資金がかかるので、サエキジャパン起業後、初めて見に行った時から6年目にして、赤字覚悟で思い切って動き出しました。おそらく私がイベント業界の人間だったら、日本によくあるごく普通なイベントになっていたでしょう。

クリスマスアドベントの名物となっているヒュッテ(木の小屋)やサンタクロースのオブジェは、海外から購入したこだわりのものですし、参加店舗には、ただ利益を優先するのではなく、相応の設備投資や満足度の高いメニュー提供をお願いしています。世界一のクリスマスマーケットに憧れて始めたからこそ、日本一の規模のクリスマスマーケットにまで成長できたんだと思っています。

福岡にあって、東京にないものとは

佐渡島氏 福岡というまちのサイズもちょうどいいですよね。僕は2021年の春に東京から福岡に移住してきましたが、地方ならではのゆるさと、ビジネスにしたときに大きくなるスピードとのバランスがいいと感じています。福岡は人と人とのつながりも強いから、僕がたとえば佐伯さんに「漫画フェスをやりたい」と相談したら、実現につながるかもしれない。東京では、まず難しいスピード感です。

佐伯氏 スポンサー企業もそうだと思います。クリスマスアドベントは現在300社以上のスポンサードをいただいているんですが、イベント開催初期からご支援いただいている企業は特に、私の「世界一のクリスマスマーケットを福岡でやりたい」という夢を応援してくださっている方々です。首都圏など他の大都市では、大手企業の一社がスポンサードを単独で担う場合が多く、そうなるとイベント内容も企業の思惑に左右される、利益を重視せざるを得なくなることもあるでしょう。福岡はみんなで何かをつくろうという機運が常にあるように感じます。

佐渡島氏 とはいえ、ここまで規模が大きくなると、スポンサー企業から圧力みたいなものはかかりませんか。

佐伯氏 全然ないですね。むしろ皆さん「もっとやれ!」と背中を押してくださいます。前述した通り、ヒュッテやサンタのオブジェを購入するなど、私たちも莫大な予算をクリスマスアドベントに投資していることを、皆さん理解してくださっているんですよね。やはりスポンサー企業も参加店舗も、同じ目標に向かって一緒になって走ってくれる人であるかどうかが大事だと思います。

佐渡島氏 レベルの高い方が福岡にいるという、冒頭の話につながるかもしれませんが、福岡は個人が動きやすい環境が整っているから、実力がある人も福岡に残り、独自で進化を続けることができるのかもしれませんね。実力があるからといって、必ずしも東京を目指すわけではないんだなと、改めて思いました。

九州はプロデューサーが少ない

佐伯氏 佐渡島さんは、クリエイターの発掘や育成もされていますが、福岡そして九州は、クリエイターが育つ環境に適した場所だと感じますか。

佐渡島氏 すでに活動をしている漫画家のなかで、九州を拠点にしている方は多い印象です。しかし大学を卒業し、これからクリエイターとして活動を始めようとしている方の多くは、編集者などクリエイターの作品をビジネスにつなげられる人、いわゆるプロデューサーとの出会いを求めて、東京へ行っちゃいますね。九州にプロデューサーを増やすには、そもそもプロデューサーが食べていける場所が必要で、つまりクリエイターが地域にとどまっていられる環境をつくることが重要です。クリエイターが増えれば、おのずとプロデューサーも増えますから。

佐伯氏 私もそう思います。やはりビジネスとして成り立たない限り、地方にプロデューサーは増えませんよね。とはいえ、私も最初そうだったように、プロデューサーも最初の一歩はリスクを取ってやる必要があると思います。福岡はそういう意味では、一歩踏み出しやすいまちです。私は常々思っていますが、皆さんもっと自由でいいと思います。もっと自由に自分が思うことを発言して行動に移す。そういった一人ひとりの行動がまちの魅力につながるんじゃないかと思います。

佐渡島氏 加えて福岡は、東京ではなく、アジアに向けたビジネスへの展開により注力したほうがよいと考えています。今、福岡で人が集まるお店は、東京へのマーケティングがうまい店が多いんですよね。これからは韓国や上海、北京、東南アジアの方たちに、日本といえば福岡に来たほうがいいよねという気持ちになってもらうにはどうしたらいいのかを考えたほうがいい。そうすることで、福岡はより豊かになっていくのではないでしょうか。

text & edit by Yuna Nagahama / photographs by Shogo Higashino

Ambitions FUKUOKA Vol.2

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100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。

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