コロナ禍はビジネスパーソンを物理的なオフィスから解放し、大都市から地域に移動しやすい前提を整えた。ビジネスの文脈で、地域の可能性を高めるチャンスが到来しているといえる。企業や働く人々が、距離と文化の壁をのりこえ、地域で未来志向のビジネスを実現するには、何が必要だろう。博報堂ケトルのチーフプロデューサーで、地域のプロジェクトを多数手掛けてきた日野昌暢氏に話を聞いた。
日野昌暢
博報堂ケトル チーフプロデューサー
「本質的な地域活性」をマイテーマに、“外から目線”で地域資産を再編集し、地域のプレーヤーの“関わりしろ”をつくりながら、事業・プロジェクト・プロダクトを共創したうえでの情報発信を得意とする。九州を取材テリトリーにしたローカル発Webメディア『クオリティーズ』編集長。
企業の地域進出は収奪の危険性をはらむ
民間企業の立地や進出が地域産業の活性化に重要な役割を果たすことは、周知の事実です。特に資本の多い大企業が地域に拠点を設立することは、雇用創出や地域資源活用などの面から大きな経済効果をもたらします。
しかし、大企業の進出はときに「収奪」と皮肉めいて表現されることがあります。それは、地域の資源や価値を大企業の利益のためだけに利用する、言わば「持つものと持たざるもの」の図式が生まれてしまい、長期的に見ると地域の経済や文化に負の影響を及ぼす可能性があるからです。
企業である以上、自社のビジネスの目標達成が本分ではありますが、地域社会側の視点を失っていないか、気をつけないといけない。
地域に進出する企業には、収奪ではなく地域経済や文化の向上や共創を目指している企業も少なくないと思います。では、大都市圏と地域、異なる立場を超えて共創を実現するには、どうするべきか。
僕は、企業側が「地域社会の構造」に目を向けることが重要だと考えます。企業は「地域に雇用を生み出す装置」としての役割にとどまるのではなく、地域経済や文化への貢献に対しても視点を持つべきです。各地域が経済的にも文化的にも豊かであることが、日本全体の強さをつくるからです。
自社のミッションを地域の発展とリンクさせることは、企業が地域で成功する鍵でもあります。地域に進出する企業には、地域のコミュニティを尊重し、社会構造を構想しながら、「自社の取り組みは、地域にどのようなメリットをもたらすのか」というパブリックマインドを常に意識することを大事にしてもらいたいです。
「打ち上げ花火」的な地域活性はNG
行政、民間の継続的な関係を
2014年頃から国策としての「地方創生」が始まったことにより、全国津々浦々で民間企業へ委託されたさまざまな施策が行われました。
それはゆるキャラだったり、B級グルメだったり、エッジの利いた動画がYouTubeでバズったり、TVで取り上げられて話題になったりしました。地域にとって意味があったものもあったでしょうし、似たような施策の焼き直しで短期的な広告効果を追求しただけの「打ち上げ花火」で終わってしまったケースもかなりみられました。
地域の資産を活かし、未来につながる収益を生み出すには「継続性が重要」です。行政は民間企業が事業としてどう稼げるのかを共に考え、それに地域資産を活かすために、行政しかできないことをバックアップすること。一方、民間企業は自らの事業が地域をどう良くするのかを考える“パブリックマインド”を持つことが大切です。仮に打ち上げ花火的なプロモーションをやるにしても、そういった未来につながる契機となることが見据えられていれば、まだいいのかもしれません。
ここで一つ、僕がプロデューサーとして関わった、広島の観光プロモーション「牡蠣食う研」の事例を紹介します。
広島県は牡蠣の生産・消費で全国ナンバーワンですが、全国の量販店の需要や、加工食品向けのボリュームが多く、県内での消費も家庭内にとどまり「家で食べるもの」の意識が強いため、広島の飲食店には牡蠣を看板にして人を呼びこむ意識はあまりありませんでした。一方、「広島=牡蠣」を連想する外部の人には、「広島に行ったら牡蠣を食べたい」という期待値があります。期待値と実態にギャップがあったのです。
そこで、「広島を世界一おいしく牡蠣が食べられる街へ」をスローガンに立てて、それに賛同する広島の生産者や飲食店、料理プロデューサー、地元メディアを巻き込み、牡蠣を最高に美味しく食べられるための研究を行う組織「牡蠣食う研」を発足。オウンドメディアで広島の牡蠣のアップデートに関する楽しい研究を発信し、内外に向けたPR活動を継続しています。
観光客の呼び込みに単年度で影響をもたらす取り組みではありませんが、時間の経過とともに広島の人々の意識や行動に変化をもたらし、成果を出しています。
こうした取り組みで大事なのは、地域での仲間づくりです。
パブリックマインドを持った民間のプレーヤーのいい意味での“欲望”を見つけて一緒に走る。また、行政の枠を超えて、地域のためにやる気をたぎらせ、自主的に活動する公務員──私はいい意味で“狂った公務員”と表現していますが、そんな影響力のある存在を見つけ、関わる人々がお互いに少しづつ“越境”しながら、地域の価値をあげるために共にプロジェクトを推進する。これが私の考える公民連携の大切な視点です。
若者の“地元愛”を実現できる時代地域のアップデートも欠かせない
地域でのプロモーション活動を重ねる間に、いつしか僕は「ローカルおじさん」と呼ばれるようになりました。
最近は「地元に関わりたいのですが、どうしたらいいですか?」と博報堂の若手に相談されることも増えています。地元を盛り上げるために東京で鍛えたビジネスの“筋肉”で貢献したいと思っている若者は多いと思います。
僕の高校の後輩にも、東京の大手電機メーカーを辞めて、福岡のIT企業にUターン転職した人がいます。あるいは移住していなくても、地域と関わりを持つ「関係人口」として地域に貢献できるケースもあります。いずれにしても、若い人材と地域社会は、これから一層シナジーを生み出していかないといけない。
一方、地域側には古いビジネス文化がまだ残っていて、せっかく若い人材がやってきて新しいことをはじめようとしても、思うように進まなかったり反発を受けたりというケースが見られるのも事実です。
都市部から地域を目指す若者はいても、彼ら・彼女が活躍するための受け皿が整っていない現状があります。しかし逆に言うと、地域の企業の意識がアップデートされると、都心部の人材をこれまで以上に惹きつけられるということです。そうなると、若い人材はこれまで以上に地域に移りやすくなります。
企業側の歩み寄りだけではなく、大都市圏の大企業とは違うロジックが地域企業にはあるので、それに対してのリスペクトもまた必要です。若者と地域のいいマッチングこそが、これからの地域ビジネスを活性化させていくと考えています。
text by Yoko Sueyoshi / edit by Keita Okubo
Ambitions Vol.4
「ビジネス「以外」の話をしよう。」
生成AIの著しい進化を目の当たりにした2023年を経て、2024年。ビジネスの新境地を切り拓くヒントと原動力は、実はビジネス「以外」にあるのではないでしょうか──。すべてのビジネスパーソンに捧げる、「越境」のススメ。