「イノベーション」を単独の企業だけで起こす時代は過ぎ、官民や企業同士など異なる立場の共創の必要性が増している。共創から事業を生み、地域を動かす。言うは易し行うは難し。どうすればうまくいくのか? どのような視座で連携すべきなのか? 今、全国から「産学官民の連携が成功しているまち」として注目を集める福岡で、その立役者になっているのが、福岡地域戦略推進協議会(以下、FDC)だ。企業、行政、大学など200を超える会員ネットワークを生かして事業創出を次々と実現させ、福岡都市圏の持続可能な成長を推進している。その現場で奮闘する5人の事務局スタッフに、産学官民連携によるイノベーションの秘訣を聞いた。
持ち寄れるストーリー
SDGs、ESG投資、パーパス経営……現代の企業は、単に利益を追い求めるだけでは許されず、地域や社会に対する貢献も求められる。「地域」の中で「企業」はどのような役割を担うのか。「行政」とどう向き合うべきか。FDCで公共政策と連動した事業化支援や長期戦略の策定を多く手がけてきた片田江氏は、産学官民連携の鍵として「持ち寄れるストーリー」を挙げた。
片田江由佳
FDC事務局 ディレクター(部会統括・総合調整)
福岡市出身。株式会社産学連携機構九州、公益財団法人福岡アジア都市研究所を経て、2020年に独立。一貫して産学官民連携組織に従事し、特に市民を起点とした地域づくりの実践や研究を進める。2017年度よりFDCへ参画。
スピード感を持って事業にコミットすることを求める「民」に対し、「官」は公平性を確保するために一定の手続きを要する。官は初動に時間を要する一方で、事業実施時の推進力は強い。
このように、官民で異なるロジックや時間軸を理解せずに連携を拙速に進めようとすると、ミスマッチが起きかねません。私が意識しているのは、産学官民が一緒に取り組める環境をつくること。行政と企業それぞれ目的設定の違いを理解した上で、それぞれなりにリソースやアクションを持ち寄れて乗っかれるストーリーを描くことです。
「福岡の課題を解決するために何をすべきか?」「福岡がイノベーションを生む街になるためには、どのようなアクションが必要か?」「今後10年、福岡はどんなまちづくりをすべきか?」官でも民でもない独立した存在であるFDCから地域を主語にした議論を投げかけて、官民それぞれのリソースを生かした役割分担や共同で取り組むべき領域を浮かび上がらせていきます。
そうした合意形成のプロセスを通じて、公共は新たなチャレンジのための担い手を得る、企業も従来は参入が難しかったような公共領域など新たなビジネスチャンスを得るというwin-winのもとに、福岡の成長を促せるのではないかと考えています。
人口減少、つまりユーザーや人手の減少で、これまでの事業活動が成り立たなくなっていくことも想定される中、例えば小売であれば、お客様の健康寿命延伸に取り組むことは、社会貢献だけではなく、顧客の生涯来店機会を増やすことにつながりますよね。このように企業の新たな活路でありつつ地域に便益をもたらす取り組みがもっとあると思っています。
もう一つ、セクターだけでなく分野を横断することも重要だと思います。リビングラボといわれる、市民との共創による事業創出に多く取り組んできましたが、「市民」と一口に言っても、父親、○○地区出身、自転車乗り、広告会社勤務、唐揚げマニア……など一人ひとりが多面性を持っていますよね。このように統合的な存在である「市民」の気づきを起点にして、地域や暮らしの未来を描くことで、行政や企業の事業分野を超えた発想やイノベーションを得ることができると思います。今後もFDCで、さまざまな主体が持ち寄り合える場づくりができるよう尽力していきたいです。
福岡らしく社会課題解決
構想を描いても、絵に描いた餅に終わっては、地域や社会は何も変わらない。議論や提言にとどまらず事業化や社会実装につなげるための連携には何が鍵となるのか。事業化支援を担当する渡辺氏は、「社会課題の解決の仕方も福岡らしく」考えることが連携の鍵と話す。
渡辺彰悟
FDC事務局 事務局長補佐 (FDC Launch Program/事業化支援担当)
熊本県出身。株式会社アステムへ入社後、医薬品営業を経て心不全・糖尿病における地域支援を担当。その後、厚生労働省のシンクタンクである医療経済研究機構へ出向。2023年度よりFDCへ参画。
民間企業が新しいビジネスを起こし行政と連携したいとき、どこが所管なのか見えにくいですよね。中立的な立場であるFDCは「リエゾン(橋渡し役)」としてつなぐ役割を担い、事業化や社会実装のための支援を行っています。
民間企業からFDCへ出向している者として印象的なのは、企業と行政でプロジェクトの進め方や意思決定のポイントが驚くほど違うということです。一方で、官民が違いを超えて連携することで企業単独ではできない大きなチャレンジができることも実感しています。
また、FDCのリエゾンを通じた「座組」の形成や連携は他地域には簡単に真似のできない福岡の強みです。私自身いくつかの官民連携プロジェクトを担当していますが、例えば、福岡市が進める「福岡100」は、人生100年時代に向けたまちづくりを産学官民オール福岡で取り組むものです。2017年からさまざまなアクションを重ね、2022年には、健康寿命の延伸に加え、市民一人ひとりのウェルビーイングの向上に向けたチャレンジを開始しました。
市民一人ひとりが性別や年齢、生まれ育った環境、障がいの有無などに関わらず、自分にとっての「幸せ」や自己実現に向けた行動ができる、持続可能な社会を目指すというものです。こうした誰にとっても未知の領域は、行政の政策だけあるいは民間の事業だけで解決することはできません。
FDCは市とともに、この福岡100が目指すまちづくりの実現のために「福岡100ラボ」という共創の場を運営しています。買い物難民やフレイル予防、エイジングリテラシーの向上など、官民それぞれのリソースを活かして、人生100年時代の課題を見つけ、解決のための事業を展開し、社会実装につなげるべく活動しています。
他にも例えば、官のデジタル基盤への民間参入の活性化を図る部会では、特定健診受診率アップという社会課題をユースケースに、官民が持つデータの活用を通じた共助のビジネスモデルの確立について議論しています。
個人情報の取り扱いなどの課題は民間単独では動けませんが、行政と連携すれば国家戦略特区を活用した規制緩和で突破できるかもしれません。多様な関係者を巻き込んで試行錯誤することによって、社会課題の解決の仕方にも福岡らしさを出せるように考えています。
信頼の積み重ね
産学官民連携には新たなビジネスチャンスが秘められているといっても、異なるプレーヤーによる「共創」は難易度も高そうに思える。官民はもちろん、民間同士であっても業界が違えば慣習も異なる。どのように対話していくべきなのか。FDCで会員間のマッチングを担当する武内氏は、福岡の特徴を踏まえて、連携の鍵は「信頼の積み重ね」だと話す。
武内由佳
FDC事務局 事務局長補佐(会員リレーション担当)
福岡県大野城市出身。商社系IT企業にて広報・マーケティングに従事した後、2009年福岡へUターン。建築・不動産業等を経て、2018年より社会人向けリカレント教育機関の福岡校立ち上げに携わり、企画広報・営業に従事。2022年度よりFDCに参画。
私は、大企業からスタートアップ、行政から大学まで、さまざまなプレーヤーを日々おつなぎしていますが、そのとき重要視するのが「人」です。事業を進めようという強い想いがある「人」が中心にいることで、初めてプロジェクトが前に進みます。
従来の企業は、取引先とは接点があっても、直接的な事業関係のない業種・業界の人と会話する機会が多くありませんでした。しかし、それではダイバーシティやSDGsなど時代の変化についていけません。例えば製造業であれば、従来は受注生産でよかったのが、自社で製品開発もしないといけないなど、コロナ禍を経て、企業のミッションが変化しているのを感じます。
日本全体として体力が衰えている中、DXの推進や人材不足の課題など、自社だけで社会変化に合わせていくのは難しく、他者との共創を幅広い視野で考えることが大事だと思います。
福岡でそうした他者との接点を持とうとするとき、重要なのは「信頼の積み重ね」です。福岡は、人間力でつながる温かく強固なネットワークを持つ街です。単に価格の高低だけで判断するのではなく、組織として、また個々の人間としても福岡を良くし、発展させたいと考え、中長期的なお付き合いを重視する企業や人が多くいます。
仮に短期的には採算性の低い案件であっても、前向きで温度感が同じ方同士であれば、互いのニーズを細かくすり合わせて、将来的な実現の道を見つけることができます。そうした福岡特有のネットワークを理解し、時間をかけて関係を醸成することが大事です。
この二人が出会えば将来的なシナジーやイノベーションが生まれそうだと感じれば、お声がけして紹介する“おせっかい”な存在でありたいと思っています。福岡で新しいビジネスを仕掛けたいと考えている熱い方は、ぜひ私をはじめFDC事務局に気軽に相談してください。
ビジネスを超えた社会づくりの視座で
全国的にも珍しい産学官民連携組織であるFDC。その見本は、日本ではなく海外の都市にあるという。福岡と海外都市との連携、海外への事業進出支援に尽力する今井氏は、海外から学ぶべき産学官民連携の秘訣は「ビジネスを超えた社会づくりの視座」だと話す。
今井真奈美
FDC事務局 事務局長補佐(海外連携担当)
大分県出身。人材会社にて福岡・東京で人材コンサルティングに従事したのち、インドネシアに約2年駐在し日系企業の進出支援に携わる。2016年福岡にUターン。自治体にてスタートアップ支援における海外連携事業立ち上げに携わり、20カ国以上の国々の政府機関等との関係構築に従事。2017年度よりFDCに参画。
FDCは設立時から海外の都市をベンチマークに、福岡のまちづくりを考えてきました。具体的にはバンクーバー、バルセロナ、ミュンヘンなど。東京・NYのようなメガシティではなく、福岡と同様にコンパクトで住みやすい都市です。これらの都市が持続的に発展し、イノベーションを起こし続けている理由こそ、強い「産学官民連携」の取り組み。現在の私たちの活動そのものです。
なかでもFDCとMoU(経済連携協定)を結んでいるヘルシンキとは、互いがアジア・ヨーロッパの玄関口として、情報交換や相互の企業連携促進など精力的な活動を通して関係を深めています。数は多くないですが福岡のスタートアップ企業が現地に事業を展開するなど、具体的な動きが出てきています。事業会社と比べてスタートアップは、最初からグローバルを見据えて起業し、海外を飛び回って協業を進めている印象です。今後、こうした視座のスタートアップと体力のある事業会社が協業することで、福岡から海外進出する企業がもっと増えればと思っています。
一方、私は前職から海外への事業進出支援などを手掛けてきたのですが、海外との連携を進める意義は、グローバルなビジネス展開という経済の観点だけではないと考えています。先ほど述べたように福岡の連携都市は、市場としての可能性よりも、同じ都市像を一緒に目指していけるような都市を選んでいます。
例えば、ヘルシンキでは個人の人権やウェルビーイングが当たり前という価値観が浸透しており、ビジネスを超えて、よりよい社会のために官民で連携する文化があります。DXや脱炭素の取り組みがヘルシンキでは進んでいますが、そういったビジネスはあくまで個人の生活をより良くするための社会づくりの「手段」だという考え方です。国民性の違いはあるにせよ、こうした価値観はグローバルのスタンダートになりつつあります。一人ひとりが住み暮らしやすい、自己実現しやすいまち、多様な人が住みやすい社会になるために、福岡がヘルシンキをはじめ海外から学ぶべきポイントはとても多いと思います。
海外と日本では仕事や社会への考え方が根本的に異なり、単に言語の通訳ではだめで、互いの価値観や意図をすり合わせる意訳を双方にしないと連携が成り立ちません。情報交換にとどまらず、海外機関との共同の実証実験や海外VCとのマッチングなど、福岡のプレーヤーがより関係を深められるための取り組みをさらに仕掛けていきたいと思います。
What’s FDC?
「産学官民連携による事業創出プラットフォーム」を標榜する組織・FDCの会員数は242社。(2024年7月10日現在)「七社会」といわれる地元の大手企業をはじめ、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。マーケティングを担当する梅岡氏が、FDCのプラットフォームとしての特徴を解説する。
梅岡貴子
FDC事務局 事務局長補佐(マーケティング担当)
福岡市出身。印刷会社にて企画販促・編集業務に従事。2020年4月より公益財団法人福岡アジア都市研究所に入所、FDCに参画。
FDCは、多様なジャンルの産学官民のプレーヤーが集うことで、新しい共創を推進し、着実な実装に結びつけるエコシステムです。その構成員を見ていくと、本社所在地、従業員数からうかがえる事業者の規模感、事業領域のいずれも多様性に富んでいます。
会員数が年々増加傾向にあることは、地域からFDCへ向けられる期待の広がりと高まりを示唆していると考えています。また、部会登録者数も年々増加し、延べ900名を超える参加を得ています。これだけの規模で業種・業態のさまざまな人が集う会議体は他にないのではないでしょうか。
※1 2024年7月時点。以外のデータは2023年3月時点
特に意外だと言われるのは、FDC会員のうち、約半数が福岡県外に本社を置く域外企業であることです。東京本社の企業は、FDCへの入会を通じて、福岡のビジネスの情報収集や福岡で活躍するさまざまな企業との関係性構築、福岡での事業開発などを円滑に進められるという期待をお持ちの印象ですが、いずれにしても福岡という地域の成長性への期待の高さの表れだと感じています。
FDCとしても、域外企業が入会することによって福岡になかったリソースがもたらされることで事業創出が円滑に進むという意義を感じています。スピード感のあるスタートアップ、調整力のある地場企業、リソースのある域外大手企業など、それぞれが異なる強みを持っていますので、力を合わせながら成長していく。日本・福岡ならではの成長の仕方になるのではと思います。
福岡地域戦略推進協議会
photoglaphs by Shogo Higashino / edit by Keita Okubo
Ambitions FUKUOKA Vol.2
「Scrap & Build 福岡未来会議」
100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。