地域経済の発展には、地元企業の繁栄が欠かせない。そのためには若い働き手に選ばれる、魅力的な環境づくりが必須だ。賃金や福利厚生、労働時間といった待遇面だけでなく「働きがい」も重要な要素となる。では「働きがい」とは何を指すのか? 福岡という経済都市が「働きがい」のある街になるには、何が必要なのか? 3人のキーパーソンに話を聞いた。
荒川陽子
Great Place To Work® Institute Japan 代表
株式会社リクルートマネジメントソリューションズにて営業職のキャリアを歩みつつ、女性活躍推進テーマの研究も行う。2020年より現職。現在は神奈川県小田原市に移住し、自然豊かな環境で子育てを楽しみつつ、日本に働きがいのある会社を増やす活動を行っている。
楠本賢司
福岡市 経済観光文化局 創業・立地推進部 企業誘致課 企業誘致係長
民間企業を経て福岡市へ入庁。主にゲームや映像などのクリエイティブ企業の産業振興、国際イベントの運営やスタートアップ支援などを担当。2022年より企業誘致課(国内担当)の業務に従事。
西口昌宏
株式会社新日本エネックス 代表取締役
2015年に株式会社新日本エネックスを設立。High-Growth Companies Asia-Pacific(アジア急成長企業ランキング)の日本の小売部門において2021、2022年の2年連続で1位を獲得。福岡市こども未来基金への寄付や保育施設への寄贈など、地域貢献につながる活動も積極的に行っている。
働きがい=働きやすさ×やりがい 従業員がいきいきと働くために
──Great Place To Work®︎(以下GPTW)では「働きがいのある会社」を認定し、そのランキングを発表しています。まずは「働きがい」についてお教えください。
荒川氏 私たちは、世界約150カ国で毎年1万社以上を調査する中で、従業員がいきいきと働く会社と、やる気をなくして生産性が下がる会社を研究しています。両者の違いを分ける重要な要素が「働きがい」です。これは労働環境が影響する「①働きやすさ」と、業務の中でチャレンジしたり、成長を実感したりすることで感じる「②やりがい」を組み合わせた概念です。
調査は会社・従業員それぞれに対して行いますが、①の調査指標には「ワークライフバランス」「働きに見合った報酬」などに関する項目、②の指標には「仕事への誇り」「仲間との連帯感」などに関する項目があります。
荒川氏 特に重要な点は、マネジメント側と従業員との「信頼」です。これを満たす会社は、従業員の能力を最大化していると考えられます。そして、管理職だけ、男性だけ、正社員だけではなく、すべての従業員が働きがいを持ち、自分らしく、楽しく働けることも必要です。こうした会社を全員型「働きがいのある会社」モデルとして提唱しています。
「働きがいのある会社」とは?
「働きがいのある会社」とは「働きやすさ」と「やりがい」の両方を備えた組織。また「働きがいのある会社」ランキング選出企業の株価のリターンは、その他の主要な株価指数と比べて高い傾向にあり、「働きがい」と経済成長には相関性があると考えられる。
働き手に選ばれる都市 福岡の優位性とは
──福岡市企業誘致課の楠本さんにお伺いします。福岡市では近年、10年連続で年間50社以上が福岡に進出。市内からも多くのスタートアップが誕生するなど「働きやすい都市」として大きな注目を集めています。要因は何だとお考えでしょうか。
楠本氏 福岡市の魅力はまず「コンパクトな街」であることです。空港から都心部までの距離が非常に近く、都市機能が近接しています。以前、Googleマップで福岡と東京を重ね合わせてみたことがあるのですが、東京の芝公園あたりに福岡空港があると仮定すると、市内の2大都心である博多は西麻布近辺、天神は渋谷近辺、皇居までいくともう郊外になります。
荒川氏 今回、久しぶりに福岡を訪れたのですが、改めて空港から市街地までの近さに驚きました。私の周囲でも、転勤先が福岡だと喜ぶ人は多いです。中にはそのまま定住する人もいるくらいですので(笑)、よっぽど環境がいいのだと思います。
楠本氏 さらに都市部と住居エリアが近く、通勤も便利です。総務省の統計データによれば、7大都市圏で福岡だけが通勤時間30分台です。しかも、バスやシェアサイクルも充実していて、移動の選択肢が多いのも特徴です。
荒川氏 環境のよさに関しては、福岡はとてもレベルが高いですよね。働く場所として多くの人や企業に支持されていることもうなずけます。
数字で見る、福岡の「働きやすさ」
福岡市は政令指定都市の中で人口増加数・増加率が1位を誇る※1。企業誘致も盛んで、多くのビジネスパーソンに選ばれる街として知られている。要因は住環境の良さと、コンパクトさ。都市部と住宅地の距離が近く、仕事と暮らしの両方を高い質で求めることができる。 ※1 2010〜2020年の国勢調査比
働きがいのある福岡の会社の秘密は「チャレンジできる仕組み」
──ここからは、地元・福岡の成長企業であり、GPTWが認定する「働きがい認定企業」である新日本エネックス代表の西口さんにお伺いします。どのような点が「働きがいがある」として評価されたとお考えでしょうか?
西口氏 当社は太陽光発電システムや蓄電池システム、スマート電化などの住宅エネルギーコンサルティングを行う会社で、スタッフ数は約120人、そのうち6割ほどが営業職です。実は私自身、17歳で訪問販売の世界に飛び込み、営業一筋で身を立ててきました。営業の仕事には感謝しているものの、当時は営業職がまるで「会社の駒」のように扱われるといった、古い文化や偏見に出合うこともありました。
そうした経験もあり「営業として幸せになれるような会社をつくりたい」という思いから起業しました。社として「社員ファースト」を掲げており、働きやすい労働環境づくりに取り組んでいます。
──具体的には、どのような取り組みを行っていますか?
西口氏 一つは「スタッフに能力開発やスキルアップの機会を提供すること」です。年齢や入社年次に関係なく、意欲と能力のあるメンバーにはどんどんプロジェクトを任せています。多少背伸びしてでも、責任を持ってプロジェクトを遂行することで急激に成長できるものです。そして結果を残せば、成果に応じた報酬を得られる仕組みになっています。
一方、当社はスタッフの7割が20代というとても若い会社ですので、意欲があっても経験が浅くて知識やスキルが不足しているケースもあります。そこで社内研修などを整え、就業時間の中で能力を伸ばしていけるようにサポートしています。
株式会社 新日本エネックス
2015年創業。住宅用太陽光発電システム・蓄電池システム・スマート電化などの創・蓄・省エネをテーマとした住宅エネルギーコンサルティングを行う。2021年に福岡市のIPO(新規上場)成長支援プログラムに採択された、注目の成長企業だ。2023年版「働きがいのある会社」に認定。
──主に、報酬設計や研修などで成長を促進されているのですね。
西口氏 もう一つは、スタッフが「主体的に働き、仕事を通じて人生の目標をかなえる」ためのサポートです。主体性の根幹には「やりたい!」という本人の思いがあると考えています。そのため、入社から一貫して「何をやりたいか」についてスタッフと対話を続け、本人の内面に眠るWillや、もっと言えば「人生の目的」を掘り下げるように心がけています。それが明確になれば、実現するためにやるべきことが見えて、主体的に働けるようになります。
もちろん対話だけでなく、実現のために社として投資を行います。スタッフの目標を実現できる環境を用意することが重要だと考えています。
荒川氏 西口社長のお話を伺っていると、経営者の思いとサポートがつながっており、「ストーリー」がある会社なんだと感じました。実はこれ、働きがいのある会社の大きな特徴なんです。実現したいビジョンが明確で、それに沿って会社の風土や制度、従業員一人ひとりの行動規範が形作られている。筋が通っている会社は働く人にとっても心地よく、幸せに働けるのだと思います。
福岡の会社はアピール下手? 働き手に選ばれる発信方法とは
──福岡が、若い働き手に選ばれる街になるために何が必要だとお考えでしょうか。
楠本氏 新日本エネックスさんのように、素晴らしい取り組みをされている企業が福岡にはたくさんあるんですね。ただ、福岡人の特性なのか、それを積極的に出さない人が多い。そこは課題です。
西口氏 また、いくら自社の取り組みに自信があっても、自分たちだけで「うちは働きがいのある会社です!」と言っても、外の人にはなかなか聞いてもらえません。GPTWの「働きがい認定企業」のように、第三者のフラットな制度と評価があることで、信頼性のある情報としてしっかりと発信できるようになりました。
楠本氏 福岡市としても、地域の企業の発信を何らかの形でサポートしていきたいと考えています。情報発信の手法で言えば、例えば数社が集まり「業界」という枠組みで自社の取り組みをシェアするイベントをやるのも一つの手だと思います。若いビジネスパーソンも、入社後にどのような「やりがい」を持てるのか、具体的なイメージが膨らむのではないでしょうか。
「働きがい」の鍵は地域への貢献にあり
──今後、人材の確保はますます困難になっていくことが予想されます。福岡をはじめとする地域の企業が働き手に選ばれていくためには、何が必要でしょうか?
荒川氏 GPTW Japanの調査データによれば、地域の働きがいの高い企業は、東京よりも「この会社は、地域や社会に貢献していると思う」という設問のスコアが高く(※2)、特に福岡は突出しています。これこそが地域企業の強みではないでしょうか。
自分の会社が地域の役に立っていると感じられることは、大きなやりがいにつながります。地元愛が強い人にとっては、なおさらでしょう。地域企業は地元の発展や社会貢献につながる取り組みを強化し、その「貢献度」をいかに発信するか。これがIターン、Uターンを中心に、若い働き手たちに関心を持ってもらう鍵になると思います。 ※2 「働きがい認定企業」のうち、東京と地域のスコアを比較したデータより
──新日本エネックスは地元のスポーツチームを応援したり、「こども未来基金」への寄付を行ったりと、様々な形で地域貢献活動に取り組まれていますね。
西口氏 私個人としては、やはり福岡が好きで、少しでも地域の力になりたいという思いがあります。また、当社はスタッフの7割以上が九州出身のメンバーですので、私と同じように地元愛が強く、地域への貢献を誇りに感じてもらえていると思います。
また、こうした地域貢献は、スタッフのご家族にも喜んでもらえると感じています。例えば、当社が保育園に太陽光発電システムを寄贈したとして、そのことが地元のニュースなどで報じられると、「夫(妻)の会社、なかなか良いことをやっているな」と思ってもらえますよね。そして、家族でそのことについて会話をすれば、より会社に誇りを感じるでしょう。そうした意味でも、地域への貢献は重要ですし、しっかり取り組んでいきたいです。
荒川氏 素敵な取り組みですね。家族にも誇れる仕事・会社であるかどうかということは、働きがいを考える上で大切な観点です。会社の知名度よりも、何を実現するためにどのような取り組みをしている会社なのか、ということが重要だと私は考えています。
今日お聞きしたような地域企業ならではの魅力をより知ってもらうことで、地域で働くことを選ぶ人はもっと増えていくと思います。
2023年版各地域における「働きがいのある会社」から見る 地域企業に求められる「働きがい」の要素
2023年5月にGPTW Japanが行った発表によれば、「働きがいのある会社」の認定企業の中でも、各地域内において特に働きがいの優れた企業(=優秀企業)と、東京の認定企業の調査結果を比較すると、地域の企業のほうが「地域・社会に貢献している」という「誇り」のスコアが高い結果が出た。
さらに個別事例を分析すると、ボランティアや地域の清掃といった「企業活動以外の地域貢献」に取り組んでいるという特徴が見られた。地域企業の「働きがい」に、地域への貢献は欠かせない。企業活動だけでなく、地域の一員として活動することが、従業員の「働きやすさ」につながっているようだ。
GPTWおよび「働きがいのある会社」調査・認定について、詳しくはこちら。
Presented by Great Place To Work® text by Noriyuki Enami / photographs by Shogo Higashino / edit by Keita Okubo